バラスの洞窟に移動したピーターたちは、つぎのライフ・ラインの到来とともに、ようやくレドゥ大佐の宇宙船と連絡を取ることができた。

 『では、この電波障害は、おそらくトリアングロ・デ・ムエルタのためだと』

 「おそらくは」

 『そうですか……ならば、ライフ・ラインの時間しか、連絡は取れないということですな。こちらは、とくに異常ありません。先ほど、北地区の洞窟にいるアダムさんからも、異常なしとの報告を受けました』

 「そうか」

 『フライヤどのの隊からも、特別なことは。エリア25方面にまわった反乱軍は、徐々に軍事惑星に向けて移送がはじまっているようです』

 ピーターは念のため、聞いた。

 「L43から、DLが脱出しているという報告はないか」

 青蜥蜴の決起に応じてあつまった傭兵グループは多かった。つまり、DLが奪った宇宙船も相当数ある。それをつかって星外に脱出する可能性もあった。

 『いいえ。DLと思しき宇宙船は見当たりません。エリア25で、逃げてきた傭兵たちを全員確認したそうですから。そのなかに、DLがまぎれていることもないですし、あらたにL43から星外に出てくる宇宙船もありません』

 いま、L43はずいぶんな数の戦艦に囲まれている。星から宇宙船が飛び立ったら、すぐにわかるだろう。

「分かった。とにかく、トリアングロ・デ・ムエルタに関するあたらしい情報が手に入るまで、俺たちはしばらくバラスの洞窟に滞在する。さっき話したとおり、イルゼという女性からも話を聞いた方がよさそうだからね。次回のライフ・ラインまでは、宇宙船も地上に待機していてくれ」

 『承知しました。ピーター様、くれぐれもお気をつけて』

 「ああ」

 ピーターは通信を切った。

 ラック&ピニオン兄弟とソルテは、宇宙船に乗った。そして、北海域洞窟にのこったアダムとマックも、無事だ。

 

 あのあと――ケヴィン首長が、「われわれは助かる」と宣言したあと、話はつづくかと思われたが、彼の様子があまりにもつらそうなので、もう一度抗生物質を投与し、しばらく休んでもらうことになった。彼が目覚めるまで、次の展開はおとずれそうにない。

 だが、ひとつだけ幸いなことがあった。

 ピーターたちが連れてきたケヴィンとアルフレッド兄弟の名を、ラグバダ族が知ったとたん、ピーターたちは一気に不審人物から救世主になった。

彼らの言い伝えでは、「青銅の天秤」が役目を終えるときに現れる双子は「祖先」であるケヴィン博士とアルフレッド博士の生まれ変わりとされていて、彼らが来れば、世界が救われることの暗示だということだった。

双子は、「王宮に行ったときとおなじだ」とげんなりしていたが、おかげで警戒されつづけて見張られる、という事態は避けられた。さらにいえば、王宮と違ってここのラグバダ族は干渉してこない。おまけに破格の待遇だろう――洞窟の中でも居心地がよさそうな、ずいぶん広い部屋を与えてもらった。

 こちらの洞窟は北海域近くのほら穴とちがい、ひとが長期滞在できるよう、ずいぶん設備がととのっていた。奥のほうへ行けば、簡易トイレや風呂などもある。外と違ってずいぶん涼しいし、快適と言ってもいい環境だ。

 カナコはケヴィン首長のそばにいる。油断はできないが、もう勝手に逃げることはないだろう。ママレード博士は、アルフレッド首長についてまわっている。うるさいのが近くにいない。

ピーターはやっとひといきついたように、シュラフの上に寝そべった。

 (四時間寝たと、オルドは言っていたけど)

 岩壁の天井を見つめた。

 (ほんとうに、夢も見ずに眠りこけていた――のか?)

 自分のことながら、半信半疑だった。寝ていた記憶がない。いや、ふつうの睡眠は、記憶などないものなのか? ふつうの睡眠に縁がなくなってからだいぶ経つので、ふつうというものがよく分からなかった。

 どんなにつかれていても、一時間以上眠ることができたためしなどなかったのに。

 広い部屋を見渡せば、双子はすっかりつかれきって、シュラフにもぐりこんで寝ている。

(また、眠れるだろうか)

――あんなふうに、こんこんと?

 夢は見ないだろうか。うなされないだろうか。

 少なくとも、これだけは言える。

 あんな安らかな眠りは、ルナの懐で眠った以来だった。

ピーターが、ルナのことを思い出しながら、うつらうつらしかけたとき。

 

 「ピーター中尉」

 揺り起こされた。薄目を開けると、オルドとマヌエラ、ジンがのぞきこんでいた。

 「どうした」

 ピーターは身を起こし、ずいぶん深刻な顔をしている三人に尋ねた。

 「これを見てくれ」

 オルドが出したタブレット型レーダーを見たピーターは、思わず目を見張った。

 「――え?」

 レーダーは、L43の大陸全域を映していた。大陸に住むだいたいの人口が、右上に数字で表記され、DLは赤い点、ラグバダ族は青い点、ピーターたち軍人と傭兵は、白い点で表示されるようになっている。

 

 「これ……減ってないか」

 思わずピーターの声がこわばった。

 赤い点の集合体が、あきらかに減っていた。DLの人数を表示する数字もだ。それも、半端な数字ではない。見て一発で分かるほど――ごっそりと、減っていた。

 L22を出るときに確認してきた人数が、半分まで。

 DLが星外に逃げたという報告は、どこからも入ってこない。彼らが星の外に出たなら、いまは軍や傭兵の大きな宇宙船が宇宙に待機しているから、すぐに報告があるはずだ。さきほどのレドゥ大佐からの報告にも、「異常」はなかった。

 DLが、逃げたのでないとすれば。

 「まさか、いままでのトリアングロ・デ・ムエルタで?」

 マヌエラの顔が青ざめている。オルドもジンも、さほど変わらない顔をしていた。ピーターは立ち上がり、「アルフレッド首長は?」と怒鳴った。

 

 深夜はとっくに過ぎていたが、アルフレッドは、幾人かの戦士とともに、まだ起きていた。さすがにママレード博士は疲労がでたのか、シュラフにおさまって寝ていた。

血相を変えて集会場に飛び込んできたピーターたちに、アルフレッドと戦士たちは目を見張った。

 「どうしたのだ」

 「これを見てくれ」

 オルドが、タブレットを突き出す。この地のラグバダ族は、最先端機器にもくわしい。説明はいらないはずだった。

 「なんだこれは」

彼らも、ひと目見て事態が分かったのだろう。顔色を変えた。

オルドが聞いた。

 「いままで、南の洞窟も、ここの洞窟と同じ役割を果たしていたんだろう?」

 「……そうだ」

 アルフレッド首長は、今まで以上に顔をこわばらせ、うなずいた。

 

 南地区にひろがる洞窟も、トリアングロ・デ・ムエルタから民を守る働きを有していた。ところが、今回のトリアングロ・デ・ムエルタがはじまってから、DLの総人口が半分まで減っている。

 気味が悪いことに、最南端地区のほうから、ごっそりと赤点が消えているのだ。

 「青蜥蜴の挙兵であつまった奴らの宇宙船を、奪ったのだろう? それで星外に逃げたということは?」

 戦士のひとりが言い、「その可能性もまだ捨ててはいない」とジンがこたえた。

 「まだ、DLが星外で発見されたという報告は入ってきてない」

 先ほど、レドゥ大佐に確認したばかりだ。星外でつかまった反乱軍に、DLはまぎれていなかった。

 どちらにしろ、つぎのライフ・ラインの時刻にならなければ、どの宇宙船とも連絡が取れない。

 「そうでなければ――おそらくは」

 

 DLは、南からことごとく、トリアングロ・デ・ムエルタに飲み込まれていっている。

 

 アルフレッドが言外に込めた言葉を、だれもが分かって戦慄した。

 



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