ルナが屋敷にもどると、キッチンのテーブルにアンジェリカが座っていた。 「アンジェ! もう平気なの」 「うん、ルナも完全復活できたみたいだね」 アンジェリカの言葉は強がりではなく、本当に元気そうだった。顔色もすっかりバラ色、いつものアンジェリカにもどっていた。 キッチンのテーブルには、おいしそうなアルベリッヒ手製のご馳走がならんでいる。 数日ぶりのまともな食事だ。ただよういい匂いに、ルナのお腹がぐうと鳴った。 「ほげ! おにく!!」 「ルナ、力つけていかないと、へばるよ」 最近定番になった、おにぎりやパン、サラダやカットフルーツのほかに、オムライスやパスタまである。さらに、香ばしいにおいとともに、マッシュポテトが添えられた、ステーキまで出てきたのだった。 「さ、ルナちゃんも食べて」 「う、うん!」 アンジェリカはまたたく間にカツ丼を平らげ、エビ天ばかりの天丼に手を伸ばしていた。よく見れば、彼女の周りには、食べ終わった皿が山積みになっている。 「アンジェ、そんなに食べてだいじょうぶなの!?」 「問題ないよ」 アンジェリカは腹いっぱいなのか、子どもの体積なのか分からないお腹をさすって、呆れ声で言った。 「二人分か知らないけど、ぐいぐい入っていくんだ」 ルナもナイフとフォークを手にした。 「食べる!!」 「いま、ラグ・ヴァーダの武神が三人がかりで来ても倒せそうな気がする」 「たのもしいな」 アルベリッヒは威勢よくかき込む二人を見て、幸せそうに微笑んだ。 「アル、かつ丼おかわり!」 元気が有り余ったアンジェリカとルナは、おなかをぱんぱんにして集会場に向かった。 「来たか。待ってたぞ」 ペリドットは、ふたりの顔を見るなりそう言った。アンジェリカに休んでいなくていいのかと言わず、ルナに熱の具合を聞いてくることもなかった。集会場は、ひどくしずかだった。 「おふたりとも、元気そうですわね」 ふたりはカザマに両手でほっぺたを挟まれて、健康であることを確認された。 「よかった」 「じゃあ、俺たちは」 クラウドとカザマ、アントニオ、アズラエルが一階に降りていく。ルナは四人の背を見送りながら、首を傾げた。どうして、みんな行っちゃうのとルナが聞くまえに、ペリドットがルナに言った。 「座れ」 アンジェリカはすでに座っていた。座敷の中央に、四つの座布団が置かれている。互いに向かい合うように。そして、座布団のまえには、それぞれのZOOカードボックスがあった。気づけば、ムンドはいつしか消えていて、ルナのZOOカードボックスも、ルナの席にちょこんと置いてあったのだった。 ルナがペリドットの真向かい、アンジェリカが彼の左隣に座り、右隣は一席、空いていた。 「ルナ、いよいよ、黄金の天秤の儀式がはじまる」 ペリドットは言った。ルナは真剣な顔でうなずいた。 「そのまえに、しなければならんことがある。ひとつは、あらたな“真昼の神”支配下のZOOの支配者の任命と、おまえが“選んだ”、黄金の天秤の使用法を俺たちにおしえることだ」 ルナのうさ耳が、ピコン、と立った。 「ZOOの支配者の、任命?」 「アンジェ」 ペリドットが投げたので、アンジェリカが説明をはじめた。 「ルナ、あのね、真砂名の神が任命した、正規のZOOの支配者はペリドット様なんだけど、それを補佐する形で、ZOOの支配者は常に四人いることが定められているんだ」 「えっ」 真砂名の神を頂点にして、太陽の神のを守護神に持つペリドット、夜の神はアンジェリカ、月の女神はルナ、そして、昼の女神は――。 「いま、昼の女神を守護神に持って、ZOOの支配者をやっているのは、“盲目のハヤブサ”こと、真名は“ハヤブサの女王”――イルゼというひとなんだ」 「イルゼさん……」 「イルゼは、L43のラグバダ族の者だ」 「ええっ!」 ルナのうさ耳が、ふたたびピコーン! と伸びた。 イルゼは九十近い高齢であり、かつては、地球行き宇宙船の、真砂名神社の巫女をしていた。 ペリドットは言った。 「13年前、ZOOカードがはじめてこの地上に降ろされたとき、真砂名の神は、正規のZOOの支配者として、俺を命じた。それから夜の神を守護神にするZOOの支配者は、ネズミであるアンジェリカ、月の女神はウサギのマリアンヌ、昼の女神はハヤブサのイルゼを命じた」 ルナは、ZOOカードがたった13年前にできた占術だということが、どうにも信じられないのだった。だが、ルナと同い年のアンジェリカとマリアンヌがつくったものなら、それしか経っていないのももっともなのだ。 「イルゼは、ZOOの支配者に任じられてからは故郷にもどり、バラスの洞窟で暮らしている」 そして、マリアンヌの死後、月の女神が守護神のZOOの支配者は、ルナになった。 「イルゼの寿命が今、尽きようとしている」 ペリドットの言葉に、ルナははっと顔を上げた。 「黄金の天秤の儀式をまえに、つぎの、真昼の神を守護者にもつZOOの支配者を決めなければならん」 「で、でも、いったいだれを?」 「もう、決まっている」 ペリドットはルナのZOOカードをしめした。アンジェリカも微笑んでいた。 ルナは、自分のひざ元にあるZOOカードボックスが、銀色の光をこぼして開くのを見た。 そこからは、カードが一枚、浮かび上がっていた。 ――「盲目の子ザル」。 一席あいていた座布団に、真砂名神社の巫女の格好をした、美しい女性が座っている。長くつややかな白髪を、ふたつにわけて三つ編みにしていた。その気配はひどくうすく、まるで残像のようだった。彼女は目を閉じていた。カードがしめすとおり、彼女は盲目なのだった。 「イルゼさんですか……?」 ルナが聞くと、彼女は微笑んだ。そして、よくとおる、美しい声音で告げた。 「わたくしの後釜には、マクタバを」 |