二百二十四話 黄金の天秤 Ⅳ



 

 「ぴぎーっ!!! ぴぎ、ぴぎ、」

 「だっ……だめだ、まるで動かねえ」

 ぜいぜいと息をついたヤンが手を離したのをきっかけに、皆は一度、天秤から手を離した。力んでは力を抜いて休んで――何回繰り返したか、わからない。毎回、すこしは持ち上がる気はするのだが、階段の段差を越えて、次の段まで持ち上げることは難しかった。

 「人類の罪は、そんなに軽くねえってことかよ」

 ベクヨンも、したたり落ちる汗を、高級スーツの袖でかまわずぬぐった。

 「おい、もっぺんいくぞ」

 ラウがピシャリと自分のほっぺたを両手で叩いてから、天秤棒に手をかけた。座り込んで息を整えていたアニタやリサたちも、すぐに立って、鎖や天秤皿をつかんだ。

 「せーのっ!!」

 「せええええええいいいいいい!!!!!」

 「うがおおおおおおお」

 「ぐぬおおおおおおおおおおおおお」

 

 「ガンバレーっ!!」

 第一陣に乗り遅れたシシーやロイド、アルベリッヒたちが声をそろえて応援し、助けに行こうかいくまいか、何度も足踏みをするのだが、すでに十二人が天秤に群がっていて、彼らが潜り込むすき間はないのだ。

 「もう一度だ! せーのっ!」

 「せーの!!!!!」

 「うぐおおおおおおおおお」

 「ぴぎいいいいいいいいいい」

 

 「ぜんぜん、上がらねえな……」

 階下で様子を見守るほうからも、不安の声が出てきた。

 「なにか、いい方法はないか」

 「てこの原理でもつかうか?」

 「ジャッキで持ち上げるだけじゃなくて、次の段に乗せなきゃいけないのよ?」

 「そうだよな……」

 大のおとな十二人がかりで、ピクリとも動かないとは。しかも、持ち上げているのは全員がルナやリサのような非力な女性ではない。ペリドットやアズラエルにくわえ、冷蔵庫のような体格の男が五人、踏ん張っているのだ。

 「うっごおおおおおおお」

 「おごおおおおおおううううううう!!!!!」

 「むぎぎぎぎぎ」

 男たちは、血管が切れそうなくらいがんばっているが、まったく動かない。

 

 「あ! 上がってる!! 少し上がってる!!」

 シシーが地面に這いつくばって、下から覗き込んでいた。

 「マジか、おい、もうひと踏ん張り!!」

 「だ、ダメだ、一回おろしてくれ……!」

 ヤンが限界だったようで、悲鳴をあげた。天秤から、全員の手が離れた。

 「ああ……もう少しだったのに」

 「もう少しじゃなく、すこし上がっただけだろ」

 「じゃあ、テオが代わりに持ち上げなよっ!!」

 「君こそすこし恥じらいを持てよ! すごい格好だったぞ!?」

 シシーとテオのケンカをよそに、アントニオたちはZOOカードに向かい、力自慢のオルティスとフランシス、デレクが前へ出た。

 「なにか、べつの方法を――」

 「リサちゃん、キラちゃん、俺たちと交代しろ!」

 「待って、もう一回だけ……」

 

 何度目だったか分からない。

持ち上げては休み、休んでは持ち上げてをくりかえして。

 暑苦しい気合が響くなか、それは突然の絶叫だった。

 「ぴぎいいいいいい」

 ぴぎーしか言わなかったルナが、いきなり叫んだ。

 「イシュメルうううう助けてえええええ!!!」

 絶叫した。

 

 とたんに――二十五本目の手が。

 グローブほどもありそうな男の手が、アズラエルとペリドット、ルナの手にかぶさるようにして、天秤棒をつかんだ。

 

 「なんだ、ありゃ!?」

 オルティスは、いきなり階段に現れた、とてつもなくでかい大男を見て目を丸くした。自分よりでかい男にでくわす機会など、なかなかない。

 「だれ!?」

 ヤン達も叫んだ。だが、クラウドとペリドット、アズラエルは、強力な助っ人が来たことを悟り、笑みを浮かべた。

 「よし、もうひといきだ!」

 クラウドが叫ぶ。

 「せーのっ!!」

 ぴくりとも動かなかった天秤は、十三人目の助っ人のおかげか、ぐわっと宙に浮いた。

 「うおお! やったああ!!」

 そのまま、一気に二段目に乗せた。

 

 「離れろ!!」

 クラウドの叫びで、皆はいっせいに天秤から離れた。ルナが一段目にあげたときのように、太い光の柱が、石炭を直撃した。

 「きゃあっ!!」

 クラウドはリサたちを守って下がり、アズラエルはギリギリでルナを抱えて離れた。

 ヤンたちも、あわてて石炭皿から手を引いた。

 石炭は、飛び散ることもなく、いかづちにつつまれて消滅した。いかづちは人間を傷つけることはなかったが、さきほどルナが吹っ飛ばされたように、消滅時のエネルギーや衝撃はすさまじい。

 離れたアズラエルたちも、とっさに手が顔の前に出るほど、空気がたわんだ。

 「危なかった……」

まるで猶予もなく、つぎの石炭のかたまりが宇宙から降ってきて、ガラガラと音を立てて積み重なっていく。

 

「この調子でいくぞ!!」

 ふたたび天秤皿に手をかけたヤンたちだったが。

 「兄さんがた、交代じゃ!」

 ナキジンが叫んでいた。

 「先は長い。交代するんじゃ。この階段は百八段あるんじゃぞ!」

 ヤンたちは、思わず頂上を見上げた。まだ、たった二段目だ。寿命塔が立っている拝殿は、とてつもなく遠いもののように感じられた。

 皆は、ナキジンの指示に従って交代しようとしたが、ルナは座り込んだまま動かなかった。

 「あたしはだめ」

 ルナはすでにヘロヘロだったが、やっとのことで言った。

 「あたし、黄金の天秤でこうするって真砂名の神様と約束したの。だから、あたしはここから離れられないの」

 「ルゥ」

 「あたしがいなきゃ、天秤は上がらない」

 アズラエルもここに残ろうとしたが、セルゲイがアズラエルの肩をつかんでいた。

 「わたしが代わる」

 

 「よォし、第二陣、行くぞ!」

 一陣目と交代したのは、アントニオとセルゲイ、アルベリッヒ、セシルにネイシャ、ミシェルとロイド、シシーとテオ、カザマと――エマルだった。

 セルゲイがルナを抱くようにしてうしろから天秤棒に手を伸ばし、セシルとネイシャがともに天秤棒を持ち、このなかでは力がある方のアントニオ、ミシェルとアルベリッヒ、テオとエマルが石炭の皿と鎖に手をかけ、のこりは右の天秤皿を持った。

 「ちょ、さっきのメンバーにくらべたら、頼りなくないか」

 ミシェルが思わず言った。

 「だれが頼りないってえ!?」

 「エマルさん以外!! もうひとりくらい、怪力そうなヤツ、来てくれねえかな」

ミシェルは、ちかくにいたオルティスを呼ぼうとしたが。

 「オルティスたちは、この階段、あがったことないんだ」

 アントニオは残念そうな顔で言った。

 「のわ、のわを呼ぼうか」

 イシュメルはもういなかった。ルナは言ったが、アントニオが止めた。

 「待ってくれ、この人数で行く」

 

 天秤に手をつけることができる人数は、十二人で限界だった。

 さっきのチームにくらべると、小柄で細身の人間が多い今回のチームでは、もうひとりくらい加われそうな気がするのだが、配置についてみると、それ以上参加できる余裕はなさそうなのだ。さきほどは、おおきな体格のヤン達五人がそろって石炭皿のほうをつかんだ。ならば、もうひとりかふたり入れそうなのではとだれもが思ったが、余白は不思議とないのだった。

 アントニオは悟った。

天秤の大きさに対して限界だということもあるが、天秤の星守りの数も十二個。それ以上でも、それ以下の人数でも、持ち上がらないのかもしれない。

 

 「アズ、おまえ、もう一回入りな!」

 エマルは息子に怒鳴ったが、アズラエルが入り込むすき間はなさそうだった。彼はしかたなく、片手で鎖をにぎったが、

 「だめだ、密集しすぎて、力が込めにくい」

 ミシェルが首を振った。

 「十二人で行こう」

 アントニオは言い、

 「ちょっと試してみたいことがあるんだ」

 と言った。

言葉が終わるか終わらないかのうちに、彼の両手が炎をまとって燃え上がった。

 



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