「アントニオ! なんだそれ!!」

 ミシェルは悲鳴をあげたし、テオとロイドも驚いて一瞬、身を引いた。

 「怯えなくてもいい! 鍋つかみみたいなものだよ!」

 とっさのことで、彼はとんでもない言い訳をした。

「鍋つかみィ!?」

 

 アントニオは、燃える両手で石炭のかたまりをつかんだ。途端――マグマが湧き出るような、ゴボゴボという音を立てて、石炭が溶けはじめた。

 「ウソ……!?」

 「溶けてる――」

 シシーやセシルたちも、目を見張った。

 「うぐ……」

 アントニオの額には汗が浮かんでいる。石炭皿を持っていたエマルたちも、手を離して距離を取っていた。一メートル離れていても、汗が噴き出てくるような、すさまじい熱量なのだ。無理もない。太陽の熱である。

 「あんた! だいじょうぶかい!?」

 「だ――だいじょうぶ」

 アントニオの顔が苦悶に満ちているのを見て、エマルは思わず叫んだ。

彼の手がまとう炎で、石炭はみるみる燃えていく。皆は呆気にとられてそれを見つめていた。マグマのように溶け流れ、消えていく。積み重なっていたそれが、半分ほどになったところで――。

 

 「限界だ、みんな、上げてくれ!」

 アントニオのうめきに、皆は我に返って、それぞれの持ち場に着いた。アントニオも、炎が消えた手で、皿に手をかけた。

 「せーのでいくぞ!!」

 ミシェルの掛け声で、皆は力を振り絞った。

 「せーのっ!!!」

 十二人の掛け声が夜空に木霊し――天秤は、ぐっと持ち上がった。

 「そォれっ!!!」

 一気に、三段目に、天秤が乗った。

 「あぶない!!」

 間髪入れず落ちてきたいかづちとともに、半分まで溶けていた石炭は、ひとかけらも残ることなく消滅した。そして、ふたたび天空から、ザラザラと、残りの石炭が降ってきた。

 

 「重さが半分になったから、案外あっさり行けたのか?」

 テオがつぶやいた。

 「アントニオ、それ、もう一回いけるか――」

 期待を込めて聞いたミシェルだったが、アントニオの手を見て、だまった。カザマも思わず寄り添った。

 「アントニオ!」

 彼の両手は、見るも無残な大やけどを負っていた。黒焦げとまではいかないが――二度目がないのは、だれの目にもわかるほどの重傷だ。

いつもなら、彼自身が太陽の火につつまれても、火傷ひとつ負わないのに。

 「残念だが、今回はこれで終了か」

 痛みをこらえながら、アントニオは両手をにぎり込んだ。

 「平気だ。紅葉庵で、包帯巻いてもらおう」

 

 「次のチーム、頼む!!」

 ミシェルは叫んだ。アントニオのおかげであっさり上がったので、このチームに余力はありそうだったが、先は長い。ナキジンたちの言うとおり、一段ごとに交代することにした。

 三番目には、真砂名神社商店街の力自慢たちが、十一人、上がっていった。セルゲイはルナのそばに残っていたが、ひとまず交代して、天秤からは離れた。

 ルナと一緒に天秤棒を持った、カンタロウの孫が音頭を取った。

 「じゃあ、ルナちゃん、行くぞ!」

 「うん!!」

 「よし、せーのだ!」

 「せーのっ!!!」

 

 「ホントの鍋つかみになっちゃったよ」

 アントニオが、包帯でぐるぐる巻きにされた手を見て嘆息した。それを見て、ミシェルが笑った。

 「リズンのローストビーフ、もしかして、直火焼きか?」

 「ローストビーフは無理だけど、グラタンくらいなら焼けるよ」

 アントニオは真顔で答えた。

 

 野太い掛け声が大路に木霊するなか、紅葉庵まえも、おっさんで行き詰まりを起こしていた。

 「なあ! 俺たちは手伝えねえのか」

 「なんのためにここに来たか分からないよ――俺、ホント、そう見えないかもしれないけど、力だけはあるんだ」

 オルティスとデレクは、ナキジンに訴えた。ふたりは、腕まくりをして準備体操をし、参加する気マンマンだったのだが、一度もこの階段を上がったことがないという理由で、外されてしまったのだ。

 「デレクは、腕相撲でフランシスにも勝つぞ」

 「俺とオルティスを待機させておくのはきっともったいない」

 オルティスはアピールし、デレクも主張した。

 「そうそう。俺たちが上がれないって、なんだかもったいない気がしねえか。そのう――ほら、神様もきっとそう思うぜ」

 フランシスもうしろから言った。

 「いっぺん上まで上がって、降りてこればいいのか、ン?」

 ルシアンの店長、カブラギも、フランシスたちにはかなわないが、それなりに太い腕を見せつけながら聞いた。

 「ようするに、一回でも上がってりゃいいのか。そういうことか?」

 

 ナキジンは、きっぱりと告げた。

 「この階段は、前世の罪を浄化する階段じゃ。まずは、自分の罪を浄化してもらう方が先。ひとさまを助ける前にな。たいていの人間は、この階段を上がるのに、身体が重うなってしまう。自分の身体が重くて上がれないヤツが、さらに天秤を持ち上げるのは無理じゃ」

 四人は顔を見合わせた。もと軍人と傭兵と、素性不明な男しかいない。自慢にもならないが、「俺に罪はない」と平然と言ってのけるような人生は送ってきていないつもりである。

 「だから、階段を一度も上がったことがないヤツは、上がっちゃならん」

 「え」

 テオが、それを聞きつけて、絶句していた。

 「俺、参加してしまったんですが」

 「え」

 ナキジンとカンタロウは、思わず聞き返した。

 「おまえさん、一回も?」

 「あたしはお祭りのとき来たことがあるけど、テオは上がったことないです」

 シシーは言い、老人たちは口を開けた。

 それを見て、オルティスとデレクは、ニンマリと笑みを浮かべて腕を組みあった。フランシスも、怪獣のような顔に満面の笑みを浮かべ、ドスドス去って行った。

 カブラギは、「まあ、こういうこともあるさ」と言いたげな――すごく良い笑顔でじいさん二人の肩をたたき、四番目のチームに参入するため、三人のあとをついて行った。

 「今回は、特別というやつか?」

 ナキジンとカンタロウは顔を見合わせ、

 「なら、ワシらも行くわい!!」

 「二百六十歳なめんな!!」

 と鼻息を荒くした。

 

 しかし、呑気な会話ばかりしているわけにもいかなかった。真砂名神社商店街のメンバーが向かったはいいものの、なかなか成果は上げられない。ヤン達のような体格のいい男ばかり集まって、持ち上げているのである。なのに、むなしい雄叫びが響くばかりで、天秤はすこしも動いていなかった。

 「ぐぬおおおおおおおおおおおおお」

 「ぴぎーっ!!!!!」

 暑苦しい気合と間抜けな気合の輪唱がつづいている。

 「のわーっ! のわ、のわ、お願いしまーすっ!!」

 ルナの悲鳴が聞こえてくるが、ノワは現れないようだった。イシュメルの姿も見えない。

 

 「グレンがここにいてくれたら……」

 アルベリッヒのつぶやきをひろったミシェルが、慰めるように彼の肩に手を置いた。

 「アイツら――しょうがねえな、俺が代わってやる」

 オルティスが腕をまくって向かおうとしたのを、アントニオが止めた。

 「なんだよおまえ、けが人はおとなしくしてろ!」

 「頼むよオルティス、ちょっと待ってくれ」

 アントニオは包帯で丸くなった手で拝んだ。

 「俺の手はこんなになっちゃったけど、もう一個、ためしてみたいことがあるんだ」

 オルティスはしぶしぶ引き下がり、「それが終わったら、俺たちだぞ」と念を押した。

 「もちろんだ。君たちには期待してる」

 アントニオは心を込めてそう言い、次のメンバーを名指しした。

 アズラエルにクラウド、リサとキラ、カザマとアルベリッヒ、シシーを。ペリドットとアニタ、セシルをくわえて。

 「“12の預言詩”のメンバーか?」

 クラウドが気づいて言った。ここにグレンとレディ・ミシェル、ルシヤとララはいないし、アンジェリカは参加できないが。

「何人か足りないけど」

アントニオは苦笑し、すっかりくたびれはてて、座り込んでいる大男たちに言った。

 

 「すまない、いったん休憩してくれ」

 「いやあ、アントニオさま、なかなか動かねえよ、これは」

 商店街の男たちを一度下がらせたあと、それぞれ定位置に着くまえに、アントニオは言った。

 「回帰術をしてみようと思う」

 「えっ」

 ルナのうさ耳が、ピコンと揺れた。

 「用意はいいよ!」

アンジェリカが、紅葉庵のまえで、ZOOカードを展開していた。

 「ミーちゃんを千転回帰してみる。それで、もし天秤が持ち上がるなら、続けてみよう」

 「なるほど」

 クラウドが笑みをこぼした。カザマ、セルゲイ、ルナ、アントニオと千転回帰させ、それからセシルとペリドット、アズラエルを八転回帰してみる。さきほど、ルナの声にこたえてイシュメルが現れ、助けてくれた。神の力を現して、どこまで行けるかということだろう。

 



*|| BACK || TOP || NEXT ||*