「ルナちゃーん! 休憩せずいけるか?」 ミシェルの怒声。ルナの両手が振られた。だいじょうぶの合図だ。 「待って、ルナちゃんになにか食べさせてあげて。せめて、お水だけでも」 ルナはふたたび12時間ちかく、食べも飲みもせずがんばっている。セシルとネイシャはおにぎりと水を持って、階段を駆け上がった。 「ウォーミングアップをしていてくれ」 クラウドは、オルティスとフランシス、アズラエルが入ったチームに声をかけた。ルナをゆっくり休ませてやりたいのはやまやまだが、もう時間がない。ルナが倒れても、ルナを天秤棒にくっつけたまま、なんとか上がっていかなければ。 「よし! 今度は、女だけでいくか!」 大路に行き倒れている男たちが多い中で、エマルが発破をかけた。起きているカザマやヴィアンカ、メリッサ、セシル、ネイシャ、原住民の女たちを引きつれて上がろうとしたとき、ようやく最後の助っ人は来た。 「うおっ」 「なんだ!?」 クラウドは、背後にライトの強烈な光を感じてふりかえった。車のエンジン音――しかもずいぶん排気ガス臭い。待ち構えた応援がやっと着いた。 幌つきのポンコツトラックが、大路の真ん中に停車していた。 「クラウド!!」 助手席からぴょこんと飛び出て来たのはルシヤだ。 「ルシヤ! 待ってたぞ!」 「ようやく到着か」 アントニオがほっとした顔をした。 「すまん、なんとか間に合ったようだな」 彼女は飛び跳ねるようにしてかけつけ、階段のルナに向かって両手を振った。 「ルナーっ!! 助けに来たぞ!!」 「るーちゃあーんっ!!」 ルナにも、ルシヤたちの姿が見えた。大きく手を振り返した。 運転席からは、料理店ハンシックの店長シュナイクルが。うしろの幌からは、従業員であるオトガイとバンビが飛び降りてきた。 「シュンさん!」 「よォアニタ。がんばってンな」 シュナイクルは、飛びついてきたアニタとハイタッチを交わした。幌の中で、なにかがゴソゴソ動いている。アニタは反射的にあとずさった。 「なに入ってんの」 「また、とんでもないモノを持ってきたな?」 だいたい想像できるのか、アントニオは苦笑した。 ふたりに遅れるようにして、幌からゆっくりと降りてきた三人を――いや、三体を見て、いちばんに絶叫したのは、オルティスとフランシスだった。 「「俺!?」」 そう――幌から現れたのは、彼らそっくりの――まるで双子みたいな外見の人間――だった。 「オルティスとフランシスがふたりもいるわい!!」 カンタロウが叫んだ。分身たちは、見分けがつかないほどそっくりだった。服装も似たようなスーツ姿。巨躯の男たちは、鏡ではなく真正面にいる自分の顔を、しげしげと眺めた。身長も、体格も、まったく変わらない。ちがうのは、まったく動かない表情筋だけ。 そして、最後に幌から出てきたのは。 「グレン……」 アズラエルも、呆気にとられて、無表情でたたずむ男を見つめた。そして、叫んだ。 「バンビ、おまえ悪趣味だぞ!?」 「失礼ね! 芸術と言って!!」 坊主頭の、左のほっぺたにアニメキャラのシカ、右目の周りには星型のタトゥをつけた、キラと趣味の遺伝子がつながっていそうな男は、腰に手を当てて言い返した。 そして、キラを見つけてルンルンと寄っていった。 「いやあ~ン☆ キラちゃん、今日もオシャレ~!」 「バ、バンビさん、これなに? なんで、グレンがいるの?」 さすがにキラは、いつものノリで、彼に挨拶をすることはできなかった。 「う~ん、これはね……」 「ヒューマノイドは、違法ですよ」 三体の正体を当てたのは、チャンだ。龍の入れ墨を背負った男ににらまれた彼は、とくに怯えることもなく肩をすくめて説明した。 「違法じゃないわ。法律は守ってる。なにせ、こいつらには脳がない」 人形みたいにピクリとも動かないグレンにしなだれかかり、バンビは言った。 「中身もまるっと機械よ。知性も言語も持たない代わりに、」 「パワーだけはある」 元警察星のアサルト・チームにいたオトガイが、ニヤリと笑って、グレンの胸を、拳で叩いた。ごわん、とフライパンの底をたたいたような音がした。 「だったら、模写なんかするな」 嫌そうにアズラエルは言ったが、バンビは怒鳴った。 「芸術だって言ったでしょ!? 俺はいくら脳筋のパワータイプだって、好きな形のビスクドールしかつくりたくないのっ!!」 そう言いながら、グレンの腰をさわさわした。 「ああ~ん、グレン、いいオトコ、ステキ……すみずみまで完璧に作ったのよ。外見だけは」 アズラエルは鳥肌が立ったが、あれが自分じゃないだけよかったと思った。 「まァ、気に入らん奴はいるだろうが、今だけは、目くじら立てんでくれ」 ルシヤと同じ長い黒髪を束ね直して、シュナイクルはのんびりと言った。その場でウォーミングアップをはじめる。 チャンも、しかたないとばかりに肩をすくめて引き下がった。 「どうする? 俺たちが上がっていいか?」 「コイツの力量をためそうぜ」 オトガイが、三体のヒューマノイドの胸を叩いて歩く。この三体以外でも、ルシヤとバンビはともかく、シュナイクルとオトガイは体格もよく、じゅうぶん力がありそうだ。 シュナイクルは確認した。 「ルナと一緒に天秤をかついで、階段を上がっていく。それでいいんだな?」 「そういうこと」 クラウドは言った。 「じゃあ、頼む」 「よし行くぞ! オトガイ!」 「はいっ! ルシヤさん!!」 ルシヤの下僕であるオトガイは、ワントーン高い声で返事をして階段を駆け上がった。シュナイクルは、「張り切ってンなあ~」と呑気な声でいい、「よっこらせ」と両脇に、フランシスとオルティスのヒューマノイドを抱えた。 「え!?」 オルティスとフランシスは叫んだ。 「ン?」 「それ、自分で動くんじゃねえの!?」 「動くけど、反応は鈍いんだよ。歩くのおせーし」 困り顔でシュナイクルは言った。 「あ、じゃあ……」 「俺らで持つわ」 オルティスとフランシスは、いそいそと、自分の分身を抱えた。両手があいたシュナイクルは、たのまれたものの、グレンを担ごうかどうか迷っているアズラエルのまえから、さっさとグレンをかっさらっていった。 「じいちゃーんっ! 早く!!」 「ヘイヘーイ」 ルシヤに急かされた四十五歳の若いジジイは、グレン二号を真横に抱えながら、階段を上がった。 「おまえは、担がねえのか」 アズラエルはバンビに聞いたが、「俺は、ドライバーより重いものは持たないの」という返事が返ってきた。 「待て。ルナもアズラエルも、下に降りろ」 いつも通り、ルナを抱いて天秤棒をつかんだアズラエルに、シュナイクルは言った。彼は人間の代わりに、ヒューマノイド三体を上の段に置いた。そして、天秤棒と、左右の鎖をつかませた。 「こいつらは、リモコンで自動に動く。ルナたちは、支えるほうにまわる。OK?」 「うん!」 バンビの説明に、ルナはうなずいた。 「なんか、他人のような気がしねえなあ」 オルティスは、笑いもせず、しゃべりもせず、ただ真正面だけを向いて棒をひっつかんでいる分身を見つめた。 「そいつらは、ひとりで、4トントラックを持ち上げるぞ」 「い!?」 シュナイクルの笑みに、ふたりの大男は絶叫した。 皆は配置についた。天秤棒と鎖をヒューマノイド三体につかませ、本物のオルティスとフランシス、シュナイクルとオトガイ、アズラエルが石炭皿を。ルシヤとルナ、アニタとチャンがプリズムの皿をつかんだ。 「じゃあ、行きます!」 ルナが手をあげた。 「せーのっ!!」 バンビがリモコンのスイッチを押す。多少の誤差はあったが、ヒューマノイド三体は、ギシリと音をさせて、動き出した。 「うぬお……」 オルティスとフランシスのうめきは、中途で途絶えた。4トントラックを担ぎ上げると言ったのは、冗談ではなかった。ヒューマノイドの力で、あっけなく天秤は持ち上がったからだ。 |