「すげえっ!!」

 階下からも、歓声とざわめきが響いた。

 ヒューマノイドは、石炭を消す雷撃にも、ビクともしなかった。ひと休みすることもなく、自動的に天秤を引き上げつづける。

 「おお」

 オルティスたちの顔にも、笑みが広がった。人間は支えるだけで、ヒューマノイドが、勝手に運んでくれる。

 ギシギシと、不器用な動き方ではあるが、三体は足並みそろえて天秤を引きずった。

 

 「おい……もしかしてこのまま」

 ――頂上までいくのではないか。

 だれもが期待しかけたほどに、ヒューマノイドは、あまりにも軽々と天秤を引きずっていく。

 だが。

 三十七段目に到達したところで、ビキッと不吉な音がした。

 

 「ヤベ」

 バンビの焦り声とともに、石炭皿がわにいた、オルティス二号の左腕がちぎれた。機械の骨組みが、むき出しになる。

 「一回止めろ!」

 バンビがリモコンの停止ボタンを押したとたん、雷撃が石炭皿を直撃し――ついにオルティス二号が被害をこうむった。いままで雷撃に打たれても平気だったのに、ボコンッと大きな音を立てて、内側から燃えだしたのだ。

 

 「俺ェーっ!!!!!!!」

オルティス一号の、悲痛な悲鳴が響きわたった。

「ショートした! やべェ……!」

二号は、石炭皿とともに燃えた。メラメラと溶け崩れていく無残な様相に、オルティスは泣きながら、シュナイクルとオトガイは、あわてて軍服を脱いで火を消し止めた。

「おお、おまえ……よくがんばったよ、俺!!」

オルティスは、自分の分身を抱きしめて、咆哮した。

階下からも、オルティス二号の活躍を惜しむためいきが聞こえてくる。

「なァ、こりゃ、けっこうメゲそうになるぜ」

フランシスも、心なしかゲッソリした顔で言った。めのまえで自分と同じ姿が燃えていくのは、あまり気分のいいものではない。

 

 「しかたねえ。俺たちも担ぐぞ」

 アズラエルが、だんだん力の入らなくなってきた腕をさすりながら、上の段に上がった。そして、チャンの腕を見て、「おまえは交代しろ」と言った。

 チャンの腕は、真っ赤だった。入れ墨のせいではない。酷使しつづけた腕は、これ以上無理をしたら、オルティス二号のように千切れてしまうかもしれないところまできていた。

 彼は歯噛みしたが、自身も、限界を感じているようだ。

 「チャンさん、俺たちが代わります!」

 ラウとベクヨンが駆けつけた。彼らは、チャンと、オルティス二号の代わりに、天秤をつかんだ。

 

 「よし、行くぞ! せーのッ!!!!」

 かけ声とともに皆はふたたび踏ん張ったが、先ほどまでのように簡単にはいかなかった。

 「うぐ……」

 こんなに重いとは思わなかったのだろう。シュナイクルとオトガイのこめかみにも血管が浮き、歯は剥きだされた。ルシヤの鼻の穴も、最大限に膨らんだ。

 「もぎぎぎぎぎぎぎ」

 「うががががががが」

 「うっごごごごごおごごごごごごごg」

 「よォし! 一旦下ろせ」

 アズラエルの合図で、皆は一度力を抜いた。

 ぜえぜえと呼吸を荒げながら、オトガイは吠えた。

 「なんだこの重さ!?」

 「こりゃ、4トントラックが持てるからどうとかの意味合いじゃねえな……」

 シュナイクルも肩を上下させながら、不思議なきらめきを灯す、黒炭の塔を見上げた。

 

 「ちょっとどいてね!」

 そのあいだにも、バンビは自前のトランクを引きずってきて、フランシス二号のメンテナンスを始めた。フランシス二号の腕も、そろそろあぶない。彼は二号の両腕を、特殊なサポーターで補強したが、つぎに踏ん張ったときに、真っ先に千切れたのは、サポーターの部分だった。

 「いてえ!!」

 二号の代わりに、一号が叫んだ。フランシスは泣きそうな顔でわめいた。

 「交代だ、交代っ!!」

 だれにも異存はなかった。

 「もうスクラップかよ!?」

 バンビの嘆きとともに、コウタが駆けあがってくる。フランシス二号は、あわてて本物の手によって、チームから外された。

 「おまえは燃えねえでくれよ!?」

 フランシスは叫び、相棒を、オルティス二号の隣にならべた。のこるヒューマノイドはグレン二号だけだ。

 

 フランシス二号の代わりに加わったコウタの、「いいッス! 上げてください!」の言葉とともに、「せーのッ!!」とかけ声が上がった。

 「いげええええ」

 「ぐぬおおおおおおお」

 「ぴぎいいいいいいいいいいいいい」

 三回くりかえしたところで、限界が来た。

 「くそッ上がらねえ!!」

 コウタは、忌々しげに石炭を蹴飛ばしたが、コウタが足を押さえて悶絶しただけだった。ララのように、半分折れたりなんかは、しなかった。

皆は、天秤から手を離した。腕も手も――ガクガクする。

「チクショォ……」

ラウがうめいた。

 

「一度、休憩をはさもう」

シュナイクルが言った。腕をさすりながら。

さっき参加したばかりのシュナイクルたちはともかく、アズラエルたちは、ずっとこれを繰り返してきたのだ。

そしてルナは、気絶寸前だった。

「ルナ! しっかりしろ!!」

アズラエルも、ルナを腕で支えられなくて、ルシヤが代わりに支えた。

交代要員も、あまりいない。気絶同然で寝転がっている者もいるし、せっかく決めたローテーションのチームもあまり役には立たなかった。さっきから、動ける者が入るという状態だ。

 クラウドと、K33区の原住民が幾人か、駆けあがってきた。

 「交代しよう」

 ヤン達三人は、原住民と交代した。

「アズ、一回下がって」

クラウドがアズラエルと交代しようとした、そのときだった。

 

 「なにやってる。とっととつかめ。クソ傭兵野郎」

 

 「なんだと銀色ハゲ……!」

 アズラエルは反射で怒鳴り返し――はたと気づいた。そして、今の声が自分の幻聴でなかったことをたしかめるため、周囲を見回したが、だれもが、アズラエルと同じ顔をしていた。

 「グレン……」

 ルナも、すっかり目が覚めたように、ヒューマノイドのほうを見ていた。

 「あれ!?」

 シュナイクルが叫んだ。

 「言語機能つけたのか? おまえ」

 おもわず怒鳴ったが、バンビは猛然と首を振った。

 「時間がなかったから、とにかくパワータイプに重視して――強化加工だけはこれでもかとしたけど――言語機能なんかつけてる余裕なかったわよ!?」

 

 「とっととつかめ。イカレ顎ヒゲ野郎」

 

 無表情で、口元すら動かない、一定方向を見つめたまま身動きすらしない人形から、ふたたび声が聞こえた。

 「ヒエッ」

 アニタがおどろいて、尻もちをついて後ずさった。

 「いかれあごひげやろう!!」

 ルナは叫んだ。このあだ名は、ルナとアズラエル、グレンあたりしか知らない、滅多に出ないアズラエルへの暴言だ。

 

 「それとも、もう限界か? 情けねえな」

 

 皆は耳を疑ったが――たしかに、幻聴ではないのだった。電子音でもなく、声は、グレンのヒューマノイドから発せられていた。

まちがいなく、グレンの声だった。

 「グレン……!」

 クラウドが、赤くなった目もとをこすった。アズラエルは、クラウドと交代するのをやめて、ぐっと天秤棒をにぎりなおした。そして、不敵に笑った。

 「限界なわけねえだろ、銀色ハゲ少佐」

 棒をつかむ手が震えて、力が入らない。血豆はとうの昔につぶれている。だが、アズラエルは、銀色ハゲに負けるわけにはいかないのだ。

 



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