「俺のヒューマノイドに……生命が、やどっ……」 バンビは、感激のあまり、泣きながら倒れた。そして、そのまま失神した。 「この役立たずめ!!」 ルシヤは、バンビの頭を拳でゴツンとやって、リモコンを奪い取った。 「よし、じゃァ、せーので……」 クラウドが音頭を取ろうとして――急に口をパクパクと動かした。声が出なくなったのだ。ずっと叫び続けて、かすれがちになっていた声は、ここにきて、ついに出なくなってしまった。 「クラウド!」 「だいじょうぶか!?」 オトガイたちが口々に聞いたが、クラウドは喉を押さえ、苦い顔をした。本格的に声が枯れてしまったようだ。 目覚めたアルベリッヒとサルーン、ミシェルが駆けつけた。クラウドは喉を押さえ、口をパクパクさせながら、うながした。 「せーので行くぞ!」 ミシェルが代わりに叫んだ。 「せーのッ!!」 「うお――お――おおお!?」 天秤は――持ち上がった。 だが、天秤をつかんでいた者たちは、自分たちが持ち上げたのでないことを、すぐに悟った。なぜなら、天秤を引き上げるはずが、天秤につかまらざるを得ない格好になっていたからだ。 「うわっ!?」 転げ落ちそうになった彼らは、あわてて天秤にしがみついた。だが、すぐに足場を得た。それは、だれかの指の上だ。それも、とてつもなく大きな――。 「おっ? お、おおおお!?」 彼らは、大きな手のひらによってすくい上げられていた。天秤は、持ち上げられるというよりかは、宙に浮いていた。天秤をつかんでいる者は、ほとんど自分たちの置かれた状態が分からなかったが、階下にいる者は、目をこぼれ落ちんばかりに見開いて、その様子を見つめていた。 強大な軍神が二体、階段から半身だけを生やしている。そして、二体そろって、人間ごと、天秤をてのひらに包んで、つかみあげているのだった。 「ありゃァ――」 カブラギも、呆気にとられてそれを見つめ、ナキジンは、気絶しているカンタロウを叩き起こした。 「カンタ! カンタ起きろ!!」 二柱の巨大な武神が、天秤と、ルナたち十二人を持ち上げている。 「アストロスの兄弟神じゃ! アスラーエル将軍と、アルグレン将軍じゃーっ!!」 カンタロウは飛び起きた。 ナキジンの怒声に、セルゲイやアントニオ――ペリドットも、半分気絶しているアンジェリカを抱えて飛び出してきた。 「うぐおおおおおお」 風圧が交錯するなかで、天秤から吹き飛ばされそうなアズラエルたちは、必死で身を縮め、武神の手のひらの中で踏ん張った。 武神の半身を見上げているクラウドたちも、灯篭につかまり、風圧に耐えた。フランシスとオルティスは、分身を守った。バンビも守ったつもりだったが、彼はいつのまにか階下まで転げ落ちて、泡を吹いていた。 十二人は、なんとか必死で、天秤に身体の一部を当てた。 二柱の武神の力をもってしても、天秤の重さはいかんともしがたいようだった――武神は力を込めて、手のひらの中のものを、ぐぐっと持ち上げた。 ゴォ――――ン。 巨大な鉄柱が岩場に倒れ落ちたような、轟音がした。 「うおあっ!?」 階下にいたものは、鼓膜が破れそうなその音に、耳をふさいだ。 天秤は、ずいぶん上に上がっていた。アズラエルたちが、天秤の周りに倒れ伏している。 風圧が消え、視界が良好になったと同時に、ミシェルが数え上げた。 「……四十四段!」 武神は、七段を一気に上げてくれたのだ。 「ぴぎ、ぴぎい……ありがとう」 ルナは泣きながら礼を言った。 ありがとう――兄弟神さま、そして。 ――グレン。 グレンがかばってくれなかったら、ルナもアズラエルも、引き裂かれていたかもしれない。 武神の気配はすでに、あとかたもなかった。 「これはもうダメだ……」 シュナイクルは、苦々しい顔で、バラバラになったグレン二号の腕や足をかき集めた。ほんとうに生命でも宿ったかのように、グレン二号は、あの風圧から盾になって皆をかばって切り裂かれたのだ。 「一瞬のことだったがな」 オトガイは、階下ででんぐり返っているバンビを見ながらニッと笑った。 「科学者冥利に尽きるだろ」 「交代します! みんな、一度下に降りてください」 タケルが、メリッサとシグルス、そして商店街の生き残りと原住民を連れて駆けあがってきていた。 「タケル、クラウドの声が出なくなってる」 「なんですって――だいじょうぶですか」 クラウドは、心配ないと口パクで言い、あとを頼む、と言って降りた。 オルティスとオトガイにヒューマノイドを運ばせたフランシスは、この場に残った。 「フランシス、あなたも」 タケルは言ったが、「俺はここに残るよ」とつぶやいた。 「……正直、気が気じゃねえんだ」 休んでなどいられない――彼は、コワモテ顔を泣きそうにゆがめ、そう言った。 「女房が、L55にいるんだよ」 彼の妻であるソフィーは、エーリヒとジュリをL52まで送りとどけたあと、地球行き宇宙船までもどるのは間に合わないので、L55の本社待機になった。このまま天秤を上まで運べず、トリアングロ・デ・ムエルタがL系惑星群を飲み込むことになってしまったら。 フランシスは、それを考えると、いてもたってもいられない。 もう、ソフィーには会えない。 妻だけではない、故郷にいる両親や兄弟にも――。 「きっと、ソフィーがここにいてくれたら、百人力だったわね」 メリッサはそう言って、フランシスを励ました。フランシスはぐしっと一度鼻を鳴らし、目をこすってから、ドスドスと大股で、天秤に向かった。 「――ルナ」 ピエトは、ベッドから飛び起きた。 ここは病院の個室だった。ピエロが、すこし離れたベビーベッドに寝かされている。 「ピエトちゃん、起きたのね」 「エ、エルウィン……さん?」 病室にいたのは、キラの母であるエルウィンだった。 「心配ないわ。ピエロちゃんはだいじょうぶ。よく眠ってるわ」 エルウィンの言うとおり、ピエロはすやすやと眠っている。――生きている。 駆け寄ったピエトはほっとし、尋ねた。 「ツキヨばーちゃんは? リンばあちゃんは?」 「リンさんは、アンさんの部屋にいるわ。お医者様に呼ばれたの。それで、ツキヨさんはおトイレ――」 そう言っているあいだに、ツキヨがもどってきた。 「おやピエト、起きたかい」 「ばあちゃん!!」 ピエトは、ツキヨに飛びついた。 「俺、助けに行かなきゃ!」 「え?」 「ルナが呼んでる! 助けに行かなきゃ!!」 ツキヨは、エルウィンと顔を見合わせた。 「デレクも、真砂名神社に行ってるわ。キラも、ロイドちゃんも」 エルウィンはそうピエトに教え、はげました。 「いってらっしゃい。ここは、あたしとリンさんに任せて」 「うん!」 ピエトは一度ピエロを振りかえり、それからツキヨに向かって叫んだ。 「行こう! ばあちゃん!」 「ええ? ――はいはい、」 ツキヨは、ピエトに引きずられるようにして、病院内のシャイン・システムに走った。 |