「アンジェ、頼む!」

 「OK!」

 アンジェリカは、カザマのカード、「救済する金色の鹿」を呼び出した。

「千転回帰!」

彼女は威勢よく唱えたが、カードはそのままだった。

 通常であれば、星のきらめきに包まれ、カードが変化していくはずが――ピカリとも光らなかった。

 「あれ!?」

 「アンジェ、どうしたの!?」

 「ちょ、ちょっと待って……」

 アンジェリカは今度、セルゲイの「パンダのお医者さん」を呼び出し、千転回帰をした。だが、変わらない。月を眺める子ウサギも、高僧のトラも、一向に変化しなかった。

 「ま、待った……」

 千転回帰がダメなら、八転回帰。

 しかし、これもダメだった。アズラエルの「傭兵のライオン」のカードも変化しない。

 「ま、待てよ……じゃあ、ノワは? ノワはルナの、なん回帰まえの前世だっけ」

 わざわざパズルを起動し、数えたアンジェリカは、「六転回帰!」と叫んだが、ノワが現れることもなく、ルナの月を眺める子ウサギのカードも変化しなかった。

 「……」

 アンジェリカは頭を抱えた。そして、悟った。

 「ダメだ、無理だ」

 「無理だって?」

 なにをやってもダメだ。ZOOカードでは、神を呼び起こせない。

 

 「ダメか」

 アズラエルが、ルナを抱えたまま腰を落とした。

 「じゃあ、なんでさっき、イシュメルは現れたんだ」

 「……アズ、君がいっぺん、雷に打たれてみるとか」

 そうすれば、もう一度くらいイシュメルが来てくれるかも。

 クラウドが思案のすえ、そうつぶやき、アズラエルはこめかみに青筋を立たせて怒った。

 「だれかの犠牲はなしだ。そういう約束だろ」

 

 「わたし、思うのよね」

 美人は化粧がくずれても美人だと、シシーはあとで語るのだが、その、化粧が崩れても美しいリサは、化粧崩れした顔をかまわず袖でぬぐって、お気に入りの服を汚してしまい、にがい顔をしながら言った。

 「これって人類の罪なんでしょ。だったら、最初から神様が出てくんのは、ありえなくない?」

 リサは、砂とほこりだらけのスカートを払い、つづけた。

 「人類の罪なら、人類ががんばんなきゃ。あたしたちががんばるから、神様が応援してくれるのよ、そうでしょ?」

 

 リサの言葉に、ペリドットが「ハハッ」と笑った。

 「そのとおりだな」

 アントニオは苦笑した。「もっともですわ」カザマも、うなずいた。

 「よし、じゃァ、人間の根性見せてやろうじゃねェか」

 アズラエルは、ぐっと天秤棒をつかんだ。ルナも、歯をむき出しにして、両手でつかんだ。リサは叫んだ。

 「行くわよ、みんな!!!」

 「おーっ!!!」

 「気合入ってンな」

 ミネラルウォーターを補給しつつ、ミシェルが笑った。

 

 「ううううう~~~~~んっ!!!!!」

 「ぐぎぎぎぎぎぎぎぎ」

 強がってはみたものの、なかなか持ち上がらない重さではあった。

 ルナの歯茎も、だれの歯茎も剥きだされたが、やはり簡単には動かない。

 「み、みんな! がんばって!!」

 アンジェリカもZOOカードを放って駆け出してきたが、キラが歯をむき出しながら止めた。

 「これはダメ、アンジェ、これはヤバいよ、産まれるわ」

 「ぶほおっ!!」

 「笑わせないでキラ!!!」

 シシーとリサが、吹きだして手を離した。

 「見てるだけでこっちも産まれそうなんだよ!!」

 アンジェリカは半泣きだった。

 「せーのっ!!」

 「力むなアンジェリカ!!!」

 アンジェリカの顔も真っ赤なのを見て、ペリドットは真顔で焦っていた。

 「アンジェもペリドットさんも笑わせないでええ」

 「ぴぎいいいいいいいい」

 「持ち上がれえええ」

 「くっそぉ上がれェエエエエエエイイイイイ!!」

 「うぬぬぬぬぬぬぬ」

 

 「ああ、もう!!」

 いきなりブチ切れたのはカザマだった。

 「そろそろお手伝いしてくださりませーっ!!!!!」

 

 石炭に向かって金切り声で叫び――まさか、その金切り声が刃になったわけでもなかろうが――ズバッと音を立てて、石炭の山が、真ん中あたりから、まっぷたつになった。

 「ひえっ!!」

 石炭皿側にいたアントニオが悲鳴をあげて避け、ペリドットも腰を抜かした。

 ガッシャンと音を立てて、皿が地面に打ち付けられた。

 鋭い刃が切り込みを入れたように――石炭の上半分が、ゆっくり斜めに滑っていき、地面に落ちて、砕け、空色の結晶になって消滅した。

 「……」

 叫んだカザマ自身が呆気にとられてそれを見て――「い、今です! 上げましょう」と鎖に手をかけた。

 「いまだ!」

 「行くぞおーっ!!!!!」

 「そォれ!!!」

 「ぴぎーっ!!!!!!」

 天秤は、ひといきで持ち上がった。そのまま、倒れ込むように、四段目に乗った。

 

 「ミーちゃんを怒らせるモンじゃない」

 「そうだな」

 アントニオとペリドットは、恐怖に駆られて、ぼやいた。人体に影響のないいかづちが、石炭を消していくのを見ながら――そんな衝撃などささいなことだ。

腕が、真っ二つになるかと思った。

 

 「つぎ、次だ!!」

 「行くぞオルティス!」

 「おっしゃァアあああ」

 待ちきれなかったオルティスとデレクが、真っ先にかけつけた。ふたたびセルゲイが、アズラエルとチェンジしてルナを抱え、天秤棒をつかみ、オルティスとデレク、カブラギとフランシス、チャンが石炭皿と鎖をつかんだ。ナキジンとカンタロウ、ヴィアンカとユミコ、カルパナは、右の皿をつかみ、または天秤棒を支えた。

 「みなさん、行きますよ!!」

 チャンが叫んだ。

 「行くぞ!」

 「うおおおおおおお……」

 こめかみに青筋を立てて持ち上げようとした力自慢たちは、ルナの背後にいる――ルナを抱きかかえている男――つまり、セルゲイの顔を見て、一瞬固まった。

 

 「「「「「「ギャー!!!!!!」」」」」」

 

 気合ではなく、悲鳴が上がったので、階下にいた群集は、なにごとかと階段を見上げた。

 階下のみんなが見たのは、まだ次の段に持ち上げてもいないのに、火柱のような雷が石炭皿を直撃している様子だけだった。

 

 



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