レドゥ大佐の決断は早かった。
戦艦22S1091は、ライフ・ラインがはじまって十五分後、L43の地を離れた。
巨大戦艦が大空に撤退していくのを、茂みにかくれた状態で確認したアダムとマックは、蒼白だった顔色に、ようやく色をやどした。
「ど、どうなることかと思ったぜえ……」
「急いで、ピーター中尉がいる洞窟まで撤退するぞ」
ピーターやレドゥ大佐たちの予測は当たっていたのだ。小洞窟で待機していたアダムたちは、ライフ・ラインがおとずれて十分も経たないうちに、レーダーにDLの姿をとらえた。こちらへやってくる――あわてて荷物をたずさえて洞窟の外に出て、ちかくの茂みで様子を伺った。
洞窟に踏み込んできた人数は、とてもではないが、アダムとマックがふたりだけで対抗できる人数ではない。
だが、マックたちがここを離れれば、トリアングロ・ハルディンという幸運の結界がくずされることになる。そうなれば、待機している宇宙船がトリアングロ・デ・ムエルタの被害に遭う。
迷っているあいだに、戦艦は地上を離れた。彼らが星外にさえ出れば、マックたちも動ける。
「急げ! 大洞窟は、遠いぞ!!」
「アダムさんたちがこっちへ向かってる――間に合うかな」
マヌエラが、レーダーを見ながらソワソワと足を踏み鳴らした。
小洞窟のほうに何人か踏み込んでいったのは、ピーターたちもレーダーによって、分かっていた。
「傭兵の足だ。間に合うだろう」
ピーターたちが、ライフ・ライン開始と同時に小洞窟を出て、こちらへ来るまで五十六分もかかったのは、ケヴィンたち双子に足並みを合わせたからだった。
途中でDLにさえ襲われなければ、全力疾走でこちらにやってくるふたりは、間に合うだろう。
「援護の用意はできているか」
「ああ」
ふたりがDLに遭遇したら、ただちに救援に向かうため、ジンとオルドは、装備を確かめた。
「アダムさん! だれか来る!!」
ふたりは、密林の中を、背後と前方の確認をしながら、まさしく全力疾走していた。マックが、腕時計型のレーダーを見て声をあげた。
「だれだ! DLか!?」
「ちがう。白点だ!」
赤点がDL。白点は、軍の人間――味方だ。
「ジンあたりが、迎えに出てくれたのかな」
「こっちにも、何人か来るぞ!」
「何十人の間違いだろ」
大洞窟のほうにもDLの気配が近づきつつあった。ラグバダの戦士たちは銃を持って洞窟入口へ向かい、ジンとオルドは、ライフルに短銃、コンバットナイフを装備して、後を追った。ピーターも狙撃銃を手にした。
「ピーター中尉、あんたは待機してろ!」
オルドが怒鳴るまえにジンが怒鳴った。
「まあ、そういわずに」
「レドゥ大佐の最後の髪がなくなるぜ」
ジンは、彼が手にした銃を見て、それ以上は言わなかった。
「前には出るなよ」
マヌエラは、ケヴィンたち双子の真っ青な顔を見て、励ました。彼女も通信機器をそばに、短銃のあるホルダーに手をやりながら、
「君たちは、あたしから離れないで。いいわね」
「は、はいっ!!」
ライフ・ラインがはじまって三十分――ついに、銃撃戦がはじまった。
やはりDLは、南から洞窟が役に立たなくなっていくことを悟り、北に侵略の手を伸ばしたのだった。
半分に減ったとはいえ、この星の大多数を占める人口である。そして、洞窟を出てきた以上、DLも必死だった。
ラグバダ族は、数ある洞窟の入り口に戦士たちを配置し、女子どもは洞窟のなるべく奥へと退避させた。そして、分厚い鉄の扉でもって、入り口をふさいだ。
「簡単には破壊できん」
ケヴィンはそう言ったが、すさまじい爆撃音がして、衝撃が洞窟を揺らした。パラパラと降ってくる石つぶて。
「隣の洞窟が、やられたぞ」
ジンが腕のレーダーを見て、冷静に言った。爆弾でも投げ込まれたのか。ついで、聞こえてくるマシンガンの音、銃撃の音――。
だが、まだ洞窟内には踏み込ませていない。隣の洞窟にいる戦士たちは、奮闘しているようだった。
「急げ! 急げ急げっ! あと五分しかねえ!!」
走って走って走りまくったアダムとマック――そしてソルテは、大洞窟まであと数十メートルというところで、大事態にでくわした。洞窟前で、DLとラグバダ族の戦闘になっている。
「げえーっ」
「でけえ声出すな!」
アダムはマックの頭をわしづかんで、茂みに身をかくした。
「これはヤベェな」
ソルテは、とりあえず短銃をホルダーから出して構えた。
「おまえさん、武器はそれだけか」
「あ? ああ――あんた、その名前、そうか、アダム・ファミリーだっけ」
「おお」
ソルテは思い出したように、アダムのでかい図体を上から下まで見まわし、言った。アダムはうなずいた。
「じゃあ、メフラー商社系列か。L46のDLとドンパチやった経験はねえだろ」
「ああ」
ソルテは、弾の数をたしかめてから、ふたたびホルダーにしまい直した。彼は、指先だけない、見たことのない繊維でできたグローブをつけていた。
「俺は、“全身武器”なもんで」
タイムリミットは、無情におとずれた。
トリアングロ・デ・ムエルタのはじまりを予告する、甲高い、長い、獣たちの叫び声――。
「来たぞ!!」
「うわああああああ」
マックは耐え切れず、悲鳴をあげた。後方から、動物たちが砂煙を上げて突入してくる。死の周遊が、はじまったのだ。
DLからも、絶叫と悲鳴が木霊し、動物たちに向けてマシンガンをぶっ放す者、爆弾を投げ込むものなど、大パニックにおちいった。
「うわ、うわ、うわあああ」
マックも泣きながら這いずり回ったが、
「落ち着け! 振り返らず、洞窟に進めっ!!」
ソルテの怒声で、アダムがマックを引きずりあげ、やたらめったらに飛び交う銃弾の雨のなかを、夢中で走った。
「こっちだっ!!」
オルドとジンが、ふたりを洞窟内に引きずり込む。
鉄扉は、最初の動物たちの突撃にさらわれた。巨大なリスたちの足に踏みつぶされ、ひしゃげていく。地獄絵図だった。DLたちは、動物の下に消え、あるいは口の中に消えていく。銃の音も絶叫も、動物の咆哮もいっしょくたになった世界から、おもわずオルドも目をそらした。
「あぶねえ!!」
ジンはアダムの襟首をつかんだ。巨大ネズミに頭をパクリとやられるところだった。
アダムは洞窟の外を見たが、すでに動物たちしか見えない。アダムたちを逃がしたソルテは、巻き込まれてしまったのか。
「ソルテ!」
だが、アダムは見た。ジンも、オルドも、そして、ケヴィンたちラグバダ族の戦士も。
動物や虫で密集状態の大地から、巨大なイノシシの背に、身も軽く、乗り上げたソルテの姿を。
姿を現したソルテめがけて、彼の肉体をついばむため、巨大なスズメが降りてきたが――ソルテが右腕を振り上げたとたん、強烈な静電気でも食らわされたように、小鳥はビリビリと硬直し――地面に落下して、そのままバッタの餌食になった。
すべてが、一瞬のことだった。
ソルテの腕から、たしかにバチッ! とするどい電気音がした。
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