「あれが、ダイロン型電磁波装甲か……」

 オルドは、目を疑っているようであった。ジンが「マジか」と目を見開いた。

 「はじめて見たぜ」

 スズメと同時に絶命したイノシシから降り、彼は獲物におおきなウサギがかみつくのをしり目に、ちいさなトラの集団を、スタンガンと化した足で蹴りはらいながら、小走りで洞窟へ駆けこんできた。

 「到着ゥ♪」

 「おまえ、よく生きていたな」

 信じられないものを見るような目で、ラグバダの戦士は言った。トリアングロ・デ・ムエルタがはじまったら、生態系の一番下になる人間は、さきほどのDLたち同様、ひとのみにされるはずだった。

「さっきの電気はなんだ」

 アルフレッド首長も、しげしげとソルテを眺めまわした。

 彼の装備は、ひどく軽量だ。迷彩服とブーツという格好は、ほかの軍人と変わらないが、短銃のホルダーをつけているだけで、ほかにはなにも身にまとっていない。ちがうところといえば、グローブだけだった。

 「なんとかなったが、さすがに三日もあそこでサバイバルはできねえな」

 彼の右腕は、まだつよい電気をまとっていた。ソルテは、左腕で、ひそかにかいていた冷や汗をぬぐった。

 

 ダイロン型電磁波装甲とは、L46のDLだけが持つ特殊装甲で、その装甲を持つ兵士には、軍事惑星群でも手を焼いている。

 体内に電子腺とよばれる血管みたいなものが張り巡らされていて、それを脳と意識でコントロールし、全身を武器とする。電気、熱量、マイクロ波を使用するそのつかい道は多岐にわたり、軍事惑星群でも、まだすべての使用法を把握していない。

彼らは、体外に電磁波の膜を張って、銃の弾も、地雷やダイナマイトの爆撃くらいは屁でもない強靭さを持ち、人を簡単に感電死させることができる。

 電気といえば、水に弱いが、訓練された兵士である彼らは、脳で作用をコントロールできるため、水中も弱みにはならない。電磁波装甲はつかえないが、水に落とせばおしまいというわけではない。

 これらはL46のDLの、優秀な兵士にのみ課せられる、いわばヒューマノイド技術である。L系惑星群のヒューマノイド法では、完全に違法であった。

 しかし、いまのところ、ロボットや人工生命体で、電磁波装甲をつけた個体はなかった。

 ヒューマノイド法に触れる技術ではあったが、彼らはあくまで生身の人間であった。

 

 「おまえ、ホントにL46のDLか?」

 オルドが聞いた。

 「そのわりには、腕にナンバーがねえ」

 

電磁波装甲の兵士となったものは、腕に「46」と、製造ナンバーが記されているはずだ。

 ナンバーは、一生消えない。死んでも消えない。タトゥのように、皮膚を移植すれば消えるものではなかった。電子腺自体を体内からなくさなければ消えない文字なのだ。

それが、DLの戦士だという証明だった。逆を言えば、DLを出ても、そのナンバーのせいで、一発でバレる。

 だが、ソルテの腕には、ナンバーがなかった。「46」の数字もない。

 

 「地球行き宇宙船で消してもらった」

 ソルテの答えに、全員が、顔を見合わせた。

 「医者に?」

 「科学者か?」

 「聞いてどうすんだよ」

 ソルテは肩をすくめた。口止めされているのだろう。まさしく、特殊技術にほかならないのだ。話したくない意志を汲んだ彼らは、

 「まあ、無事でよかった」

 とソルテの肩を叩いて、鉄製の扉の代わりに、厚い布の帳を下ろした。

 どうにも、見たくもない現実ではあったが、やはりレーダーから、みるみる赤点が消えていくのを、オルドは確認した。

 ちょうどそのころ、星外で、DLの乗った宇宙船がつぎつぎ拿捕されていたのだが、まだ、ピーターたちは知らない事実である。

 「つぎも来ると思うか」

 ジンはアルフレッドに尋ねたが、彼はうなずいた。

 「備えあれば、憂いなしだ」

 「鉄の扉は持っていかれてしまったからな……とにかく、けが人の治療を急ごう」

 アダムも、額から血を流していた。銃弾が掠ったのだ。

 「あんたも治療を」

 「ああ」

「もういちど扉をつくらなければ」

 ケヴィン首長は、戦士たちを励ますように言った。

 

 

 

 ――ルナは、夢を見ていた。

 ルナの足元は、真っ黒だった。だが、階段の黒曜石ではない。意外とでこぼこしていた。風を切って、ルナの足元は、まっしぐら――進んでいる気がした。

 大海原を泳いでいたおおきな黒い足場は、やがて雲海のなかへ。雲間を縫って、星々がきらめく宇宙へと出た。

 (くじらさんだ)

 ルナはかつて、このクジラの夢を見た。アルベリッヒうさぎといっしょに、このクジラに乗って、大海原を泳いだ。

 クジラは宇宙をまっすぐ進んでいく。やがて、星々がたくさん密集する空間に突入した。

 (エッジワース・カイパーベルト)

 ルナの目に、つぎつぎ惑星が飛び込んでくる。

 冥王星、海王星、天王星、土星、木星――衛星の数々。

 熱を出して寝込んでいて、まったく観察できなかった星々のそばを、ルナは通り過ぎていった。なぜかルナは、どれがどの星なのか、すぐに分かった。

 火星、金星、水星――彼方に輝く、炎をまとう、ひときわ大きなあの星は、シュステーマ・ソーラーレの太陽。

 太陽は、肉眼では見えないものだが、それははっきりと、ルナのめのまえで燃えていた。その大きさと熱量に、ルナが圧倒されていると、クジラの行き先が、太陽からそれた。

 ふたたび眼前に広がる、漆黒の宇宙。

 そうして、クジラの鼻先に現れたのは、海の色をもつ、巨大な球体だった。

 (あっ)

 ルナは叫び――そして、目覚めた。

 

 ルナは、目覚めた。

 

 鳴動だ。

 ルナの身体を、小刻みな振動が覆っていた。それは、さっきの巨大クジラのうえに乗っているときも感じていた、ちいさな揺れだった。

地鳴りでも、地震でもない。地震とはちがう形で、すべてが小刻みに揺れていた。振動――そういってもいいかもしれない。

地球行き宇宙船が、鳴動している。

ルナは、そう感じた。

 その、ささやかでありながら、だれの身体にも感じられるざわめきに、だれもが不思議な顔をして外に出た。

真砂名神社でもそうだった。急に始まった鳴動に首をかしげ、紅葉庵から出た皆は、階段のほうを向いて仰天した。

真っ赤な髪の男がひとり、天秤を引き上げている。

たったひとりでだ。

力自慢の男たちが十二人がかりでもなかなか動かせない、天秤を。

ロイドくらいしかない背丈の、細身の男が、ルナを片手に抱き、天秤を肩に担ぎ、階段を上がっていた。

彼が一歩あがるごとに、石炭はシュウシュウと不思議な煙を上げて消えていく。階段の上空を覆っていた稲光は見当たらない。

「くじら……さん?」

「クシラだ」

クシラの汗が、ルナの頬を濡らした。

「起きたか? なら、手伝ってくれ」

 

「クシラ!!」

アルベリッヒの絶叫が轟いた。彼はあわてて、階段へ駆けつけた。

「おい、アイツ――ひとりで何段上がった」

皆は、信じられない顔でそれを見つめた。クシラはすでに、十三段目にいたのだ。

 

ルナはあわててクシラと一緒に、天秤をかついだ。

「っぴぎ、」

重くはあったが、いままでの比ではなく、軽かった。

「一歩ずつ行くぞ」

「うん!!」

ルナとクシラは、そのまま、一歩、二歩と上がっていく。ふたたび軽さを感じて、ルナが後ろを振り向くと、アニタがプリズムの皿のほうを――アルベリッヒが、石炭皿のほうの鎖をつかんでいた。

「手伝ってくれるのか」

「クシラ、あんた、その顔――」

ふりかえったクシラの顔を見て、アニタは目を見張った。

「なんてことはない。――今期はいろいろあったからなァ」

クシラはのんびりと言い、宇宙を見上げた。

「地球に着けば、いままでよりさらに精密なメンテナンスが待ってるだろうよ。すぐによみがえるさ」

クシラはさらに一歩、足を踏み出した。

 

――十八段目。

クシラと天秤が、十八段目に上がったと同時に、鳴動は、止んだ。

 



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