「フーッ、休憩だ」
「クシラ!」
「くじらさん!!」
天秤棒ごと、転がるように倒れ込んだクシラの顔を見て、ルナも、アルベリッヒも絶句した。
クシラの顔は、急に八十歳くらいの老人になったように、しわだらけになっていたのだ。
ルナとアニタは顔を見合わせたが、言葉は出てこなかった。
「ヤベ。マジつかれた」
仰向けになって寝転ぶクシラを、アルベリッヒが「ありがとう」と涙目で抱きしめた。
「サイコーの気分だ」
クシラは、しわだらけの顔で、ニッコリと微笑んだ。
「アイツ……ひとりで十二段あがりやがった……」
アズラエルも、呆気にとられてそれを見つめていた。
どちらにしろ、十二時間でたった六段という現実のなかで、半ばあきらめかけていた皆に、希望がもどった瞬間だった。
アルベリッヒに抱きかかえられて階段を降りてくるクシラに、やんやの喝さいが送られ、クシラが手を振り返しているなか、
「みんな、食べながら聞いてくれ」
クラウドが叫んだ。
「なんとかコツはつかんできたところだ。それにしても、時間が足りない。今から力のありそうなヤツを優先に、十一人でチームを組んで、ローテンションで上がりたいと思う。異存はないか」
だれからも、反対意見は上がらなかった。
「セルゲイとカザマさん、アントニオは、なんとか“手助けを期待して”、どのチームにもかならず入ってくれ」
「ペリドット様も入れて!」
ZOOカードをにらんでいたアンジェリカから声がかかった。
「ペリドット様を守護すると、エタカ・リーナ山岳の神から“カルタ(手紙)”が来た」
「なら、ペリドットも」
ペリドットはうなずいた。
「じゃあ、次のチーム、上がってくれ!」
「おうよ!」
オルティスとデレクのコンビが、威勢のいい返事をかえした。
「もぎゅ」
ルナは階段で、アズラエルに、たらこおにぎりを口に押し込まれていた。横には、からあげとお茶を持参したシシーが待ち構えている。
「よしよし、ルナちゃん、いっぱい食え」
「終わったら、好きなカクテルいっぱいつくってあげるからね。カルボナーラもただでつける」
「かる!!」
オルティスはカットフルーツを刺したピックを、デレクはひとくちサンドイッチを、同時にルナの口に押し込んだ。
「むぎゅ」
「一気に口に入れるな! ルナが窒息するだろ」
アズラエルもたいして変わらないことをしていたのだ。ルナのほっぺたはリスのようだった。
「ぷきゅもきゃむきゅきゅ(フルーツハムサンドです)……ぴきゅっ!」
ルナがむせて、あわててシシーがお茶を差しだしたときだった。
「遅くなりました!」
「みんな、遅れてごめんね!!」
にぎやかな声がしたと思ったら、ベッタラとニックが、大路に駆けこんできたのが見えた。
「たしかに遅すぎるぞ、おまえら!」
階段から、アズラエルが文句を言ったが、ニックは満面の笑みだった。
「まあ、そう言わないで。すごい応援を連れて来たんだから」
外には、K33区の原住民が結集していた。アノール族を中心に、体格のいい男や女ばかりだ。黄金の天秤の儀式がはじまるまえに、結集を促したのに、なかなか来ないと思っていたら。
「おおーっ、また、怪力そうなやつばかりそろっておるのう!」
強力な助っ人が増えたことに、ナキジンたちも顔をほころばせた。
「人間だけでは、ないのですよ」
ベッタラも、でかい拳で胸を叩いて、そう言った。
彼の言葉の意味は、ほどなく分かった。原住民の雄叫びに交じって、たくさんの羽音が聞こえてきた。
「先だっての地獄の審判のときは、椋鳥がやってきたがの」
前回の地獄の審判にいた者たちは、なんとなく予測がついたのだった。予想は当たっていた。気づけば、タカやワシなどの猛禽類が、これでもかと屋根を埋め尽くしていた。
「サルーン!!」
アルベリッヒの腕に、相棒がもどってきた。
「おまえが、船内の仲間を呼んできたのか」
サルーンはベッタラの真似をして、胸を張った。今日はリボンの代わりに、アノール族の小さな鉢金を乗せている。
「よしみんな、ロープの用意はいいか!!」
ニックが叫んだ。
「そいつは、なんにつかうんだ」
オルティスは聞いたが、原住民からは、ありとあらゆる言語で返答が返ってきた。結局オルティスは分からなかったが、彼らが持っているのは、それはそれは長いロープの束だ。彼らは笑顔で、なにごとかをオルティスにわめきながら、彼と肩を組み、まっすぐ階段のほうへ向かった。
「ああ――来たぞ」
ニックの声。
真砂名神社の大路を、まっすぐに、歩いてくる男がいる。全身をマントで覆い、腕や足に鎧をつけた大男――肩に、黒いタカを乗せて。
「――ノワ」
クラウドはつぶやいた。
階段へ向かうベッタラたちに叫んだ。
「天秤に手を付けられるのは、十二人だ! ベッタラ、ニック、ルナちゃんを含めて十二人。えらんで、天秤を担いでくれ!」
「分かりました!」
「よしきた!」
ベッタラとニックを含め、屈強な男が九人、階段を上がっていく。それ以外の者は、周囲に待機した。
ノワは、ゆっくりと大路を進んでくる。
階段や大路の店舗の屋根を埋め尽くす鳥たちを、口を開けて見ていたルナは、やっと、大路の向こうから、ノワがやってくるのを見つけた。
「のわ」
なぜかノワは、ルナに向かって、自分のほっぺたをつついている。
「?」
ルナが口をぱかっと開けていると、ベッタラとニックによって視界が遮られた。
「ルナちゃん、よくがんばった!」
「見事です!」
ニックとベッタラは、ルナの頭を撫でてくれた。おおぜいの原住民が、ルナを囲む。ルナは、最近覚えたての原住民の言語で、さまざまに、「こんにちは」の挨拶をした。彼らは、笑顔で挨拶を返した。
「ルーナさん、すこし、棒から手を離すのです」
「ぷ?」
ベッタラは、天秤棒からルナの小さな手を外し、ぐるぐるとロープを巻き付けはじめた。
「こ、このロープ、なに?」
「よォし、いいぞーっ!!!」
ニックの合図で、天秤棒にくくりつけられたロープが、タカやワシたちによって張られた。天秤棒から伸びる何本かのロープには、びっしりと鳥がくっついている。ロープは、彼らがくちばしでくわえることができるほど、細いロープだった。耐久性に問題がありそうだったが。
「これは、ダルダの民直伝の、レモの木の皮を干して編んだ丈夫なヒモです。ふつうのロープより、ずっとじょうぶです」
ベッタラが自信満々で説明した。
「これを編むのに、時間がかかってさ」
ニックが苦笑した。
「あっ!」
アルベリッヒの腕から、サルーンも飛び立った。ノワの肩からも、ファルコが。彼らは、ロープをくわえる鳥たちの群れに、加わった。
「行きますよ、ルーナさん!」
「あっ、うん!!」
ベッタラの声で、ルナもあわてて天秤棒をつかんだ。ベッタラとニックが、ルナの背中側に来るようにしていっしょに、ロープに巻かれた天秤棒をつかんでいた。
「せーのっ!!!」
野太い男たちの気合で、人間が天秤を持ち上げ、鳥たちも一斉にふんばった。
「うぬおおおおおお」
「うがあああああああああ」
「R$%M#`@=6☜!!!!!!」
「ぴぎーっ!!!!」
共通語と原住民語の気合がひびきわたるなか、天秤は、すぐに持ち上がった。
「いけーっ!!!!!」
階段の下からも喝さいが上がり――ひといきで、十九段目に上がった。
「よおっしゃあああ!!」
近くで見ていたオルティスとデレクが、抱き合ってはしゃいだ。
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