原住民たちも、勝利の雄叫びを上げている場合ではなかった。すかさず雷撃が石炭を襲い――石炭皿側にいたニックと、原住民のふたりは吹っ飛ばされた。

 「うっわあ!!」

 「ニック!!」

 「あいてて……」

 下側にいたふたりは階段から転げ落ち、ニックは上段に頭をぶつけたが、三人とも、けがはなさそうだった。

 いかづちに消された石炭は、ふたたび積み上がって、もとにもどった。

 「ニックだいじょうぶ!?」

 「平気平気――よし、もういっちょ、行くぞ!」

 最初の踏ん張りで上がったのだ。交代はせず、このまま続けてみることにした。皆はそろって天秤棒をつかみ、あるいは皿や鎖を手にした。

 「せーのっ!!」

 「うぬぐおっ!!」

 「ぴーぎーっ!!!!!!」

 「グオオオオオオオオオオオオオオオ」

 「ララララララララ」

 

 しかし、次はなかなか上がらなかった。鳥たちもがんばり、原住民たちの気勢は勢いを増し、腕とこめかみに血管が浮き、鼻息も荒かったが、持ち上がらない。

 「もう一回! せえのっ!!」

 ニックの気合。

彼らは、高血圧で倒れそうなくらい顔を真っ赤にして踏ん張ったが、ダメだ。

「せーのだっ!! 踏ん張れ!!」

やがて力尽きたかのように、ロープから離れる鳥が多くなった。サルーンとファルコはがんばっているが、鳥たちの応援が、一気に減った。

「簡単には、いかねえか」

ペリドットが、眉をしかめて階段を見上げる。

原住民たちは、周囲に待機していた者と交代した。

 「サルーン……」

 アルベリッヒが応援に駆け付けようとしたところで、鳥たちの交代要員も到着した。今度は、ハヤブサを筆頭に、スズメやカナリア、コマドリ、ツバメ、――宇宙船じゅうの鳥が集まってきたようだ。

 

 「イルゼさん……」

 ルナは、自分の手に、透き通った女性の手が重ねられるのを見た。

 ルナとともに、天秤棒を手にしているのは、まさしくイルゼだった。

 ハヤブサたちが、タカやワシたちのかわりに、ロープをくちばしにくわえた。

 

 「もういちど、行くぞーっ!!」

 変わらない、ニックの元気な声。

 「せーの!!!!!」

 ロープを噛めなかった鳥たちも、一斉に上空へ――真砂名神社の拝殿めがけて、羽ばたいた。

 天秤は、先ほどよりもいきおいよく、持ち上がった。

 「うわっ!!」

 勢いがよすぎて、みんなそろって二十段目に倒れ込んだ――。

 「そのまま引きずれ!!」

いいや、一気に、二十一段目まで、引きずりあげていた。

 「みんな避けて!」

 ルナは叫んだ。

 ベッタラがあわててルナを棒の下から引きずって避け、今度はニックも、原住民たちもすんでで避けた。雷撃が、石炭を消していく。一気に二段進んだので、積み上がった石炭は、二度、雷撃で消された。そして、ふたたびガラガラと音を立てて、積み重なった。

 

 「もう一段くらい、いけるはずだ」

 ニックがコンビニの制服をめくりあげて汗を拭き、言った。階下には、ノワが迫っている。

 まだ、ノワはなにもしていない。

 「おまえさんら、交代せんか!?」

 ナキジンは叫んだが、ニックは叫び返した。

 「もう一段、行ってみる!」

 「ルーナさん、いけますか」

 息を整えながら、ベッタラも尋ねた。

 「いけます!」

 「よしみんな、もうひとふんばりだ!」

 ニックが励まし、原住民たちは天秤を手にした。

 

 「せーのっ!!」

 天秤をにぎる手に力を込めた瞬間、ぐわっと下からおおきな力を感じた。

 ノワが加勢しているのを、ベッタラたちも感じていた。

 「うおおおおーっ……一段、」

 男たちは、ノワの力に押されるように、一段上がった。そして、そのまま次の段へ。

 「二段!!」

 「もう一段!!」

 

 ――二十四段目まで、歩を進めた。

 

 「すごいぞーっ!!」

 「よくやった!!」

 階下からの歓声――雷撃が、三段分の石炭を減らしていく。

 

 「ふわーっ、お、重かった……」

ニックはルナを抱えたまま、階段に寝そべった。ルナもニックの膝の上で伸びきったが、ノワがのぞき込んでいた。

 「あっのわ!」

 ルナはあわてて起き上がった。

 「のわ、のわありがとうございます!!」

 ルナはお礼を言ったが、ノワはルナの顔を凝視しながら、自分のほっぺたをつついている。ベッタラとニックは、ルナの顔をのぞき込んだ。ノワは、ついに言った。

 『こめ』

 ルナははっとして、口もとに手をやった。指に、お米粒がついていた。

 「のわ、ありがとう!」

 『酒よろしく』

 ノワは消えた。ルナの隣で、ニックが笑いのために悶絶し、ベッタラも苦笑していた。

 

 ロープは速やかに回収され、サルーンとファルコなど一部をのぞいて、鳥たちは帰っていった。ベッタラたちが降りてきて、次のチームとハイタッチをかわし、チェンジしようとしたそのときだった。

 

 「ルゥナァアアアアアアアアア!!!!!!!」

 

 すさまじい巻き舌の主が、大路を走ってくる。基本的に大路は、緊急事態でなければ自動車の乗り入れは禁止であり――それを律儀に守って、黒塗りの高級車が大路の入り口に止められていた。

 正体はすぐに分かった。

 「ラ、」

 ララ様、といおうとしたチャンの真正面を、風のように通り過ぎていったララ。

 紅葉庵や、階下をおおいつくす集団には目もくれず、次に天秤を担ごうとした連中を追い越し、なんの説明も聞かず、ダーッと走ってきて、ダーッと階段を駆け上がった。

 そして、ひとり天秤棒を手にしているルナを抱きしめた。

 

 「なんなんだいこれは、なにしてるのこんなところでひとりで!!」

 

 ルナはひとりではないと言いかけたが、言わせてもらえなかった。ララの迫力に押された次チームは、階段の下で待機を余儀なくされた。

 「ああ、こんなに汚れちまって。かわいそうに」

ララは泣きべそをかきながらルナのほっぺたを、シャツの袖やらなんやらで拭き、

「なんでこんなルナがああ、こんな非力な腕で! まあ! 冗談じゃないよ、」

 「ララさん、あのね」

 ルナは天秤を担ぐのを手伝ってくれないか、と言おうとした。だが、やはり言わせてもらえなかった。

 「なんだって、こんな、ルナに、こんな重いものをっ!!!!!」

 ララは叫びながら、ルナの手から天秤棒をひったくって――かわりに担いだ。

 

 「ララさん!?」

 ルナはびっくりして――しかしあわてて鎖のあたりをつかんだ。

 「人類だかなんだか知らないが、ルナにこんな重いものを背負わせるような奴は、」

 こめかみに青筋を立て、歯をむき出したララは、そのまま、ぐっと身を起こした。

 「あたしが、許さねえ……」

 

 「ララ!?」

 階下のクラウドも絶叫した。ララが、先ほどのクシラ同様、ひとりで天秤を担いでいる。しかも、皿はすっかり、階段から浮き上がっていた。ルナがまっすぐに立って担いで、皿は地面から五~六センチという具合である。腰を多少曲げているとはいえ、それなりに背のあるララが立つと、下にいる皆にも、はっきりと皿が浮いているのが分かった。

 「重い!!」

 ララは叫んで、一回おろした。

 



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