「ユハラム、そなた、星外へ参れと申したに」
王宮にのこった二人のサルディオーネ――宇宙儀と、水盆のサルディオーネたちは、だれもいなくなった王宮にやってきたユハラムとマクタバを見て、微笑んだ。
「そなたには、今後のL03がたくされておる」
水盆のサルディオーネは言った。
「はい。しかし、世界は滅びませぬ」
ユハラムは、言い切った。ふたりのサルディオーネは苦笑し、ユハラムの影にかくれている子どもに目を留めた。マクタバはビクリと跳ねて、ユハラムの後ろに引っ込んだ。
「ホホ……そなた」
宇宙儀のサルディオーネは小さく笑んだ。
「悪相が消えておる。これは見事な」
「おそれいります」
ユハラムは礼をした。
L03の地方からはじまったトリアングロ・デ・ムエルタは、広がっては縮まり、広がっては縮まることを繰り返していた。警察星と軍事惑星が連携して、L03の民を、星外に移動させる避難がつづいている。辺境惑星群は、すべての星が解放された。あのL02でさえ、受け入れをみとめている。
王宮でも、契約によって出られない二名のサルディオーネ以外は、全員L04に避難していた。
「世界は滅びぬと申したな――理由は」
水盆のサルディオーネは聞いた。
「マクタバに、ZOOカードが」
「なんと」
「お見せしなさい、マクタバ」
ユハラムにうながされ、マクタバは、大切に抱えていた空色の化粧箱を、マントの下から出した。
「おお――これは」
まごうことなき、ZOOカードだった。
「世は滅びませぬ。世が壊滅するというならば、真砂名の神が、次世代のZOOの支配者を任ずるはずはない」
「……」
ふたりのサルディオーネは、しみじみとZOOカードボックスを見つめ、
「イルゼは、死したか」
「いいえ――まだ」
ユハラムの声とともに、一羽のハヤブサが王宮内に飛び込んできて、丸テーブルのうえにとまった。それを見たサルディオーネたちは、微笑んだ。
「ならば待とう、ともに」
「黄金の天秤が、拝殿にあがるのを」
「はい」
サルディオーネたちは豪奢な装飾の椅子に、それぞれ腰かけた。ユハラムも、すこし下がった位置の椅子にすわり、マクタバにも座るよう勧めた。
マクタバは、ZOOカードボックスを愛おしげに抱え、端にある椅子に座った。
L18でも、トリアングロ・デ・ムエルタの範囲は、広がっては狭まることを繰り返していた。すでに首都アカラから、星外への脱出は始まっている。
L03の地方で避難誘導に加わっていたエーリヒは、アイリーンから、L18のほぼすべての住民が、星外に移動したという情報を受け取っていた。
黄金の天秤が一段上がるごとに、広がろうとするトリアングロ・デ・ムエルタが抑えられていることを、L系惑星群にいる者は、まだだれも知らなかった。
「あと一日だ」
エーリヒはアイリーンに告げた。
「あと一日で、これが爆発的に広がるか、鎮まるかというところか」
すでに12日目を迎えていた。カーダマーヴァ地区は、トリアングロ・デ・ムエルタがはじまった地区よりだいぶ離れたところにあるため、いまのところ避難はしていない。というよりも、カーダマーヴァ村の者は、避難に応じなかった。書物とともに滅びることを選んだらしい。世界が滅びるとあっては、どこに逃げても同じだと、頑として避難を拒んだ。
マウリッツ大佐ひきいるL19の軍はギリギリまで粘って、L19の駐屯地から、直接宇宙船に乗って脱出する予定になっていた。エーリヒも、行動を共にする。
『……地球行き宇宙船にいるクラウドと連絡が取れん。それに、L43に向かったレドゥ大佐の隊も、いまだに帰還せん。トリアングロ・デ・ムエルタの対策をさぐっているとかで』
「あの地が、はじまりだからねえ」
『L43から逃げてきたDLを確保するのに、あらたな戦艦が送り込まれている――この忙しいときに!』
「L43のDLはほぼ全滅だな」
『そのようだ。なにしろ、逃げてきた人数は、総人口の三分の一にも満たない』
アイリーンの口から、めずらしくため息がこぼれた。彼女も対応に追われ、ほとんど休んでいないのが伺えた。いつもの気迫が、それこそ三分の一だ。
『もしかしたら、半数以上が犠牲になったのかもしれん』
なにの、とは言わなかった。そして、聞いた。
『貴様はもどらんのか』
「マウリッツ大佐とともに行動することは、L22の秘書室にも、バラディア様にも申し上げている。ギリギリまで様子を見ようと思う」
『殊勝なことだ』
アイリーンは苦笑いし、言った。
『救援が必要なら呼べ』
そのL43では、ライフ・ラインの時間が近づいていた。仮眠を取っていたソルテと、ケヴィンら双子も、オルドに起こされた。
「ソルテ、まもなくライフ・ラインだ。出られるか」
「ああ、DLを撃退すりゃいいんだな」
目をこすりながら、やっと重いまぶたを開けた双子とちがい、ソルテはすかさず起き上がって装備を確認した。
「ケヴィン、アル、おまえらは、マヌエラといろ」
オルドはそういって、ソルテと一緒に走っていった。
「あ、あれ?」
ケヴィンは気づいた。
「オルドさん、いま、おまえのことアルって言ったぞ」
「ホントだ……」
アルフレッドも気付き、双子は、にっこりと微笑みあった。
すでに待機していた首長のふたりと、ラグバダの戦士とともに、オルドとソルテも配置についた。ピーターが、だいぶ離れた位置で――アダムとマックは、さきほど一番先に突破されかけたとなりの洞窟で、狙撃銃を構えていた。ジンは、さらに向こうの洞窟で、やはり狙撃銃を手にしていた。
DLが洞窟に到達したのは、ライフ・ラインがはじまって十分といったところだ。時間的には、今回もさほど変わりはあるまい。
つくりなおした鉄扉を盾に、戦士たちはかまえた。オルドは腕時計をにらむ。
「あと十秒……七、六、五、四」
カウントした。
「三、二、一……ライフ・ラインだ」
時間は来た。だが、動物の咆哮は、やまない。
「……!?」
さらに十秒経っても、動物たちの激しい足音はつづいた。叫び声もやまない。いままでは、おそろしく正確に、時間ぴったり、ライフ・ラインは始まった。だのに、今は、三十秒経過しても、動物たちは消えなかった。
「おかしいぞ」
オルドは、時計がおかしくなったのかと思ったが、正常だった。ソルテの時計も、首長らの時計も、同じ時刻を表示している。
「まさか、ライフ・ラインがなくなったか」
ケヴィン首長の言葉と同時に、すさまじい勢いで鉄扉が押された。DLではないのは、だれにも分かった。
「撤退しろ!」
その言葉で、オルドとソルテがすかさず立った。
「撤退だ! 撤退しろ!!」
腕の通信機器で、ほかの洞窟の仲間たちにつたえる。だが、すでに周囲の洞窟でも撤退ははじまっていた。鉄扉を押して、動物たちが洞窟に侵入してきたのだ。
「ピーター!!」
ちいさな牛の集団を狙撃していたピーターの首根っこをひっつかみ、オルドは走った。無我夢中だった。動物たちの追撃を逃れて集会場に滑り込んだと同時に、「シェルターを閉じろ!」というケヴィン首長の声がした。
「うがあ」
閉まるのが間に合わなかった箇所から、巨大なヒツジが飛び込んできて、ひとりの戦士をくわえた。集会場は騒然となった。ソルテがすかさず電撃を食らわせた。
「おい、しっかりしろ!」
焼け焦げたヒツジの口から、戦士を引きずり出したが、すでに息絶えていた。
「全員、天秤の部屋へ急げ!!」
集会場には、洞窟すべての民が集まっていた。女子ども、老人を優先に、奥へ奥へと、避難がはじまる。動物たちの猛攻に、シェルターと呼ばれた、分厚い鉄扉がへこんでいく。戦士たちは必死で内側から押さえつけた。
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