「カナコ、わたしはおまえに会いに行く。おまえが、どこにいても――軍事惑星にいても、監獄星に収監されることになっても」
ケヴィン首長は、そういってカナコを抱きしめた。
「おまえはいつでも、わたしに会いに来てくれた。今度は、わたしがおまえに会いに行く番だ」
「ケヴィ――」
「われわれはもう、自由なのだから」
翌朝、ついにL43を発つ寸前、ケヴィンとカナコは、別れのあいさつを交わした。
ピーターとオルド、アダム、マックはレドゥ大佐の宇宙船で、まっすぐL22への帰路につく。カナコも一緒だ。カナコは、そのままL22の軍刑務所に収監される。そこで、裁判を待つのだ。
ラグバダ族は、イルゼとともに、ラリマーたちの遺体も火葬しようとしたが、彼らの遺体はデッド・トライアングルに飲み込まれてしまったのか、すでに影形もなかった。土饅頭があったあたりは、動物たちの足に踏み抜かれていった。
カナコは、ラリマーたちのドッグタグを大切そうに握り、「ありがとう」とケヴィンに言った。ケヴィンは、カナコをきつく抱きしめ――そして、「行け」と離した。
「愛してるわ」
そう、ちいさくつぶやいたカナコは、アダムに背を押されながら、一度も振り返らず、宇宙船に乗った。
「じゃァな。ルナちゃんたちに会ったらよろしく」
「軍事惑星に来たら、いつでも寄りな」
マックとアダムとも、双子はかたく握手を交わした。
「ありがとうございます、ぜひ!」
レドゥ大佐の、「地球行き宇宙船の別動隊に、敬礼!」という怒声とともに、L22の軍がいっせいにケヴィンたちに向かって敬礼したので、双子は真っ赤になって、あわあわする羽目になった。そして、すこし遅れたが、おずおずと、敬礼を返したのだった。
いちばんグズグズしていたのはピーターだった。すこし離れたところで、ずっと青空を見つめていた。
「ピーター中尉、出発しますよ」
オルドが仕方なく呼ぶと、ピーターは「うん」とうなずいてやっと宇宙船に乗りこんだ。
「……ここを離れても、また眠れるかな」
ピーターは、オルドにだけ聞こえる声で小さくこぼした。オルドは、ひさしぶりに聞いた主の気弱な声に目を見張ったが、すぐに苦笑した。
「眠れる」
「……ほんとに?」
「だって、夢を見なくなったんだろ」
「……うん」
ピーターのトラウマともいえる、地獄の審判の夢を見なくなった。
「まだ不安なら、俺がそばにいてやる」
オルドの言葉に、今度、驚くのはピーターのほうだった。彼は目をしばたかせ、微笑んだ。
「うん」
双子は、ピーターたちの乗った宇宙船が、旅立つのを見送った。
つぎはケヴィンたちの番だ。
フライヤ隊の宇宙船が停泊している北海域まで、迎えに来たL20のジープで向かい、最初に避難した小洞窟を横目で見ながら、海辺まで出た。
L43のDLがほぼ全滅してしまったことを確認するため、L20の空軍と陸軍、傭兵グループ、L24の警察星の特殊部隊が、このあと入れ替わりで調査にくるということを、ケヴィンたちは上の空で聞いた。
全員は無理だったが、首長と幾人かの戦士が、北海まで見送りについてきた。
「ケヴィンさん! アルフレッドさん!!」
宇宙船から、フライヤが飛び出してきた。
「フライヤさん!!」
「ほんとうに――おつかれさまでした」
フライヤは涙ぐんで、双子の手を取った。
「まさか」
「はい」
「こんなところで会うことになるなんて、奇縁というのかなんというのか……」
双子とフライヤは、苦笑しあった。
「祖よ、きっといつかまた――どこかで」
「俺たち、またきっと、皆さんに会いに来ます」
首長ふたりと、固く握手をかわした双子がそういうと、ラグバダ族の皆はうれしそうな顔をした。
「みなさん! さようなら!!」
ラグバダ族のケヴィンたちは、いつまでも、手を振っていた。宇宙船の窓から見えなくなるまで、ケヴィンたちも手を振り返した。
ママレード博士は、青銅の天秤を掘り返すため、この地に残った。余談ではあるが、このあとママレードを迎えにくるのは、L22にあたらしく新設された諜報作戦部――エーリヒの部隊であった。その宇宙船に、L44の女性が乗っていて、アルフレッドと再会を果たすのだが、それはまた、数ヶ月先のことである。
フライヤの宇宙船は、L43を出航した。
L52のラスカーニャ宇宙港で双子を下ろし、そのままL18にジンとソルテを運び、L20に帰還する手はずになっていた。
「つかれたでしょう、ゆっくり休んでください」
フライヤは、四人をねぎらった。
双子の荷物と着替えは、フライヤの宇宙船に届けられていた。フライヤは、それを双子に手渡しながら、
「ナターシャさんたちもそうですけど――バンクスさんにも、なるべく早く会ってあげてくださいね。とても心配していましたよ」
バンクスは、ケヴィンたちと同じころ、L52に着くとフライヤは教えてくれた。双子は、きまり悪げに、「そうします」と苦笑した。
「大佐! L20の陸軍本部から通信が」
「はい! 今行きます!!」
フライヤは、ケヴィンたち双子に向かってビシッと敬礼して、もどっていった。ケヴィンも反射で敬礼し返すところだった。
「フライヤさん、大佐だって」
アルフレッドが口をあんぐりと開けて、つぶやいた。
双子もジンもソルテも、何日かぶりのシャワーを浴び、Tシャツとジーンズといった私服に着替えた。
酒までついた、ひさしぶりのまともな食事を取ったあと、ジンはさっさと横になったが、ソルテは双子の部屋までやってきた。
「これを渡しとこうと思って」
彼が差し出したのは名刺だった。連絡先と、携帯電話の番号があった。
「これも縁だ。傭兵が必要になることがあったら、いつでも連絡して」
「……」
「まァ、アンタらみたいな平和な星の住人は、そうないだろうけど」
ケヴィンは名刺を見つめ、それからアルフレッドと顔を見合わせ、ソルテに言った。
「あの――依頼以外でも、電話していいですか?」
「へ?」
「俺たち、地球行き宇宙船がL55に帰ってきたら、真っ先に、ルナっちに会いに行くつもりでいます」
「……」
「ホント、自分でも信じられないんだけど、俺、三年前にリズンで別れて以来、ルナっちに会ってないんだ」
ケヴィンは言った。
「でも、なんとしても会いたいよ。会わなきゃいけないって思ってる。話したいことはいっぱいあるんだ」
ソルテは肩をすくめて、クエスチョンマークが頭の片側に浮かんでいる身振りをした。
「ソルテさんは?」
「ン?」
「会いたくない? ルナッちに。クラウドさんとか――」
ソルテは困り顔で、頬を掻いた。
「呼んでもいい? ソルテさんと――その、ルシヤちゃんを? 俺たちが、ルナッちと会うときに」
ソルテは目をぱちくりさせた。
「本気で言ってる?」
「本気だ。冗談じゃなく。だから、ソルテさんも正直に答えて」
「……」
「迷惑?」
ソルテは、あわてて顔の前で手を振った。彼は困っているようだった。
「まさか、迷惑じゃない。――だけど俺は、もとDLで」
彼はうつむいて、それから困ったように、キョロキョロと目をさまよわせ、苦笑いした。そして、もう一度言った。
「本気で言ってンのか」
「本気だってば!」
今度はアルフレッドが、はっきりと言った。双子は、それ以上言わせてもらえなかった。ソルテが、双子の首根っこをガッシリと、その両腕で抱きかかえたからだ。
「いい奴だ。アンタらは」
ソルテは心を込めてそう言い――「連絡待ってる」と手を振り、投げキッスも置いていった。
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