「ルナ!!」

 「ルナちゃん!!!!!」

 どうやら、いちばん最後に起きたのは、ルナだったらしい。大広間に降りると、リサとキラ、アニタとセシル親子が飛びついてきた。サルーンもだ。

 大広間には、屋敷のメンバーだけがそろっていた。

 「あんたが起きるのを、みんなで待ってたの!」

 リサが涙を拭きながら言った。

 「ルナ、よくやったね――あたしたちも、やったね!」

 キラもそう言って、ルナを抱きしめた。そして、ルナの両手を取って、万歳をした。

 「あたしたち、地球に着いたんだよ!!」

 「みんなそろって!」

 「地球に、着いたァー!!!!!」

 そろって万歳三唱するのを、男たちは苦笑しながら見つめていた。ハイテンションになるのも、無理はない。

 

 だが、ルナは気づいた。

 「みんな――あの、」

 ルナは、昨夜と同じく、みんなに、変わりばんこにもみくちゃにされながら、尋ねた。

 「ツキヨおばあちゃんは、」

 ツキヨとリンファン、エマルだけがここにいなかった。

 

 「ツキヨさんは無事。だいじょうぶ。ただ、ひどい風邪をひいてしまったから、またしばらく病院だけれども」

 アルベリッヒが、ルナを安心させるように言った。セルゲイも言った。

 「エマルさんとリンファンさんが付き添ってる。いっしょに地球におりるってさ――それから、見舞いに来なくてもいいから、さきに地球におりなさいって」

 「え?」

 「ツキヨさんは、ルナちゃんに、“地球の涙”を見てほしいんだって」

 「地球の涙?」

 「時期を逃すと、見れないらしい」

 メンズ・ミシェルもうなずいた。

 

 大広間のテレビでは、ニュースが放映されていた。地球行き宇宙船のチャンネルでは、地球の観光地が紹介されていたが、大広間でかけられていたのは、軍事惑星のニュースだった。

 「俺たちは、マジで世界を救ったんだな……」

 メンズ・ミシェルが、感慨深い面持ちで、ニュースを見つめていた。

L18とL03の地方で、突如発生したなぞの動物の巨大化が、どうやら沈静化したようだとの速報が流れていた。そして、青蜥蜴のリーダー、カナコの逮捕――L43の星外で、DLの宇宙船が大量に拿捕されたとか――おおきな事件のニュースがつぎつぎ流れる。

 「青蜥蜴のカナコは、あたしが憧れてたリーダーのひとりだった」

 ネイシャがぽつりとつぶやいた。悲しそうな目で、ニュースを追っていた。セシルが、なぐさめるように、ネイシャの頭を抱いた。

 

 「グレンもいっしょに、地球に降りられるそうだ!」

 書斎の電話を取ったクラウドが駆け込んできて、ルナの顔を見、「おはようルナちゃん!」と叫んだ。そして、なにを思ったか――。

 

 「うっひゃ!」

 「ぴぎっ!!!!!」

 レディ・ミシェルとルナを同時に抱え上げた。

 「クラウド!!」

 アズラエルの絶叫。

 「俺だって、まだルナには部分的にしか触ってねえのに!!」

 「あきらめろアズ。こっちはエーリヒからのメッセージだ」

 クラウドはウィンクした。

 「“わたしの代わりに、みなに盛大な感謝を”――バラの花束を贈るってさ」

 「エーリヒ!」

 ルナは嬉しげな顔をした。

 「ルナちゃん、おつかれさま!」

 「クラウドも!」

 レディ・ミシェルは、さっきまで、クラウドにずっと引っ付かれていたので、うんざりしていたところだった。ネコはライオンをひっかき、飛び降りた。

 「もう――いいかげんにしてよね!!」

クラウドにしてはがんばったほうだ。ふたりも抱えるのは、そろそろ限界だった。

 

「みんなーっ! 女の子だって!!」

立て続けに、吉報がもたらされた。三階の電話を取ったロイドが、手すりから身を乗り出して、大広間に叫んでいた。

「女の子!」

アンジェリカは、すべてが終わったあと、すぐに兆候を感じて病院に担ぎ込まれた。そして、一時間まえ、地球到着を目前にして、無事女の子を出産した。

「女の子かあ~!」

「みんな、女の子だね」

アルベリッヒがうっとりとした顔をし、キラとリサは、顔を見合わせた。レイチェルもヴィアンカも、レオナも、そろって女の子だった。

 

「そろそろだな」

クラウドが腕時計を確認して言った。

 「もうすぐ、カザマさんたちが迎えに来るよ」

 派遣役員はいったん、中央区役所に集合して地球到着を迎え、そのあと、各自担当する船客のもとに向かい、地球へ案内する。

 「準備をしておいで」

 セルゲイは女の子たちに言った。

 パジャマ姿で降りてきていたルナも、着替えるために、アズラエルに持ち去られた。

 

 カザマとユミコ、そして、バーガスたちを送ったバグムントの代わりにアズラエルとクラウドの担当になったヴィアンカ、ピエトとピエロの担当カリム、パットゥ、カルパナが来た。

 アニタの担当は、以前の役員がクビになったあとはクシラだったが、彼は来なかった。

 アルベリッヒとサルーンの担当も、宇宙船を降りていて、いなかった。K33区の船客は、いまやベッタラとアルベリッヒ、サルーンのみで、すべてペリドットに一任されていた。そのペリドットは、アントニオとともに、アンジェリカの出産を見届けていた。

 どちらにしろ、今期の船客は、みんなこの屋敷に集結しているのであるからして。

 多少の欠席はあっても、これだけ派遣役員がいれば、案内に不備はないだろう。

 

 「ついさっきまで、顔合わせてたのにねえ」

 あらためましても、ないわよね。ヴィアンカは、屋敷に入るなり苦笑した。

 「こんなにぎやかな到着は、はじめてよ」

 「みなさん、お待たせいたしました。地球到着です――これからいよいよ、地球に降りることになりますが、注意事項をお知らせします」

 初任のカリムは、緊張に強張ったかたい声で、説明をはじめた。

 ニックとベッタラの合流を待って、皆は出発した。

 

 来るのは派遣役員だけのはずが、屋敷の外に出ると、大勢の役員が迎えに出ていた。

 ヤンたち研修生五人も、マタドール・カフェのマスターとデレクもそこにいた。

 「俺たちは、いつ降りてもいいんだけど、どうせなら、いっしょに行きたくて」

 ごつい五人は、そのコワモテ顔を、そろって笑みに歪めた。

 「いっしょに世界を救った仲間だろ」

 「船客の友人と地球に降りるなんて、乗ってこの方、はじめてだよ」

 マスターは、楽しそうだった。キラリは、ようやくエルウィンの手から、両親の手にもどされた。

ハンシックの四人も、いまにも火を噴きそうなポンコツトラックで待機していた。ルシヤが助手席から手を振った。

「ルナ! いっしょに、“地球の涙”を見よう!」

「うん!」

「さあさあ――ルナとミシェルは、あたしの車で行くよ!」

ララが手配したリムジンが、何台も連なって、道路に停車していた。シグルスが、リムジンのドアを開けて待ち構えている。

「グレンは? いっしょに行けるんじゃないの」

「チャンが、そう言ってたんだけどなあ――」

アルベリッヒとクラウドが、なかなか来ないグレンの姿を捜して、道路の向こうを見つめた。

 

そのときだった。曲がり角からタクシーがあらわれて、屋敷の前に横付けされた。

最初に出てきたのはチャンで、それからサルビア――そして。

車いすに乗ったグレンが、後部座席から、降りてきた。

 

「グレン――」

屋敷の皆の顔が、急にこわばり、それから、いかめしくなった。グレンは、気まずそうな顔で、そっぽを向いている。

一番に足を踏み出したのは、セシルだった。

彼女は怒髪天寸前の顔で、まっすぐグレンのまえに行き――バシン! と両手でほっぺたを挟んだ――というか、引っぱたいた。

さすがのグレンも、顔をしかめる威力だった。

「殴られる理由、分かってるわよね?」

「……ああ」

まるで、子どもに言い聞かせるような口調だった。セシルの両目には、涙がいっぱい溜まっていた。

「無事でよかったわ」

それから、グレンを抱きしめ、すぐに交代した。リサとキラが順番を控えていたし――グレンは、屋敷の皆に一発ずつ食らうといった、メンズ・ミシェルの予言は的中した。

 

「グレンのバカ!」

「俺たちの心配を思い知れ!」

「ホント、バカなんだから!」

「覚悟してよね!?」

「グレンは、反省に反省を重ねるべきです!!」

「ホントに仕方ない子だよっ!!」

なぜか、あの場にはいなかったベッタラとニックまで参加した。ヤンたちはそれを、「うわあ……」という顔でながめた。

順繰りに平手を食らったグレンの顔は、なかなか、原形をとどめなくなったので、さすがにヤンたちは遠慮した。腹のキズより、顔のはれ具合が深刻だった。あの慈悲深いサルビアが、今回に限っては一向に止めようとしなかった。

アズラエルは参加しなかったが、最後にルナとレディ・ミシェルに頭突きを食らったあと――仁王立ちしているセルゲイとアニタに、グレンは戦慄した。

最後の最後に、大魔王の制裁が待っているとは。

「……グレン」

重々しい声で、セルゲイは言った。

「顔はもう、殴るすきまがないからね。ホテルに入ったら、お尻を引っぱたくから」

「あァ!?」

「セルゲイさんが右、あたしが左でいくからね」

パワーだけはある編集長も、そう宣言した。

みんなは大笑いして、リムジンに乗りはじめた。どうしようもないしかめっ面のグレンは、乗ってきたタクシーに、ふたたびもどされたのだった。

 

 



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