シャイン・システムではなく、皆はリムジンでK15区の玄関口に向かった。

ルナたちがはじめてこの宇宙船に乗ったとき、カザマに連れてきてもらったルートを、もどっていく。ルナたちは、感慨深い気持ちで、窓の外を見つめた。

K15区の通路に入り、今度はみんなで移動用小型宇宙船に乗る。宇宙船が宇宙へ飛び出すと、宝石のような惑星が、くっきりと、色彩豊かに出迎えてくれた。歓声をあげているあいだに、宇宙船は吸い込まれるように大気圏内に突入――雲のあいだを縫って、地上に降り立った。

ながれるように地上をまっすぐ移動し、スペース・ステーションの構内に入っていく。

ルナたちが降りた場所は、地球行き宇宙船の玄関構内と似た光景だった。

小型宇宙船から降り、通路の右端にあるオート・ウォークに乗り、通路の端まで進んだ。

ここは地下らしい。階段の横にあるエレベーターで上がると、ホテルのフロントに着いた。

 

「ようこそ、地球へ!」

フロントのコンシェルジュが、そろって礼をする。

歓迎の言葉を聞きながら、ホテルの広いロビーを出て、外に出た。

いままで過ぎてきた惑星やエリア、L系惑星群の星々と、光景はなにひとつ変わらない気がするのに、なぜか、懐かしい気がした。

ひろいホテルの敷地内を過ぎ、外へ出ると、一本の道路を隔てた向こうは、すぐに砂浜だった。

 

「うわあ」

ぬるい風に乗って運ばれてくる潮のにおいに、ルナとピエトの顔は自然とほころんだ。

「ピエロにも帽子をかぶせてあげないとね」

今日はピエロも、風よけの付いたベビーカーだ。ルナは、ピエロに麦わら帽子をかぶせた。

リサとキラ、アニタが、堪えきれなくなったらしく、「地球だァー!!!!」とか「海だーっ!!!!!!」と叫びながら、海岸を駆け下りていった。ヤン達五人も奇声を上げながら、それを追った。

ピエトがうずうずしているので、「行っていいぞ」とアズラエルが苦笑すると、ネイシャと一緒に駈け出していった。

 ルナたちも道路を横切り、砂浜を歩いて、海のそばまで向かった。

 サンダルの、足の指のすきまにもぐりこんでくる、冷やりとした砂の感触。

 

 ――ルナは、潮のかおりを、胸いっぱいに吸い込んだ。

 

 めのまえには、海が、ある。

 そびえたつヤシの木。みたことのない南国の木々や植物。

 かなたまで広がる紺碧の海と、しろい砂浜。

 K25区の海とも、E353とも、見かけは、あまり変わらないように見えた。

 アストロスの海とは、気候がまったくちがうから、海の色もちがう。

 でも、もっと、ちがう。

 ルナは目を閉じた。

 海の音が、聞こえてくる。耳の奥深く――記憶の奥深くから。

 

 目を開けると、あたりは薄暗くなっていた。

 日の入りの時間だ。

 太陽が、ゆっくりと水平線に降りてくる。

 その輝きを受けて、水面が、キラキラと輝きだした。

 あまりの美しさと荘厳さに、ルナたちは、口を開けて見とれた。

 

 「――綺麗」

 海に飛び込み、はしゃいでいたアニタたちも、身動きをやめるほどだった。

 やがて、だれもかもが、砂浜に立ちすくみ――あるいは座り込んで、きらめく波間を見つめた。

 

 「“地球の涙”っていうんだよ」

 だれかが、ルナの肩を抱いていた。ツキヨだった。

 「おばーちゃん……」

 「まだ熱は下がっていないけどねえ、どうしても、ルナと見たくって、無理を言って出てきちまった」

 ツキヨは言った。エマルとリンファン、シシーとテオも一緒だった。

 「見てごらん、ルナ」

 ツキヨは、ひいては押し寄せ――押し寄せてはひく、波を見つめた。

 

 「キラキラして――まるで、地球が泣いているみたいだろ?」

 ツキヨの目にも、涙が光っていた。

 「“やっと、会えたね”って――」

 

 ルナの目からも、涙があふれた。

 ――やっと、会えたね。

 これは、地球の喜びの涙なのか。四年の旅路を経て、はるばる地球に会いに来た者たちへの、歓迎の涙なのか。

 ――会えて、うれしい。

 まるで、地球がそう言っているようだった。

 

 「この、“地球の涙”が見られる天候の日を選んで、宇宙船は地球に着くのさ。日の入りの、だいたい二時間まえ。今期は、3時32分だったね」

 「――おばあちゃんは、この砂浜で、ユキトおじいちゃんと、会ったの」

 ツキヨは目を見開き、そして微笑んだ。

 「そうよ」

 

 夕焼けが綺麗な海辺だったねえ。ばあちゃん、綺麗だなんて初めて言われて、それでころっといっちまった。ユキトじいちゃんは、笑顔のとても素敵な人だった。その年は、特に宇宙船を途中で降りる人間がいっぱいいてね、ほんとに数人しかいなかったんだ。たった三人。そのうちのひとりがじいちゃんだった。よく来れたねっていったら、「俺、あきらめだけは悪いんです」って、歯並びの悪い笑顔でわらってさ――。

 

 ツキヨの言葉を思い出しながら、ルナは海をながめた。いつのまにか、アズラエルとピエトもそばに来ていた。みんなそろって、なにを話すでもなく、ずっと、海を見つめていた。

 

 

 

 「冗談だろ――」

 「聞いていたけど、まさか、ほんとうに、こんな人数が来るとは思ってなかったよ!」

 「最高記録じゃないか!」

 太陽が、とっぷりと地平線にしずむころ。

 ルナはようやく、大勢の人間が、すこし離れたところで、自分たちを見つめているのに気付いた。地球行き宇宙船に乗って地球までやってきた船客を出迎える、地元の役員たちだった。

 「ほんとうに――二十七人!?」

 「数えさせて! 船客さん、ここへ並んでよ!」

 

 ルナにアズラエル、グレン、サルビア、セルゲイ、ミシェル、クラウド、リサとミシェル、キラとロイド、娘のキラリ、エルウィン、そしてツキヨとリンファン、エマル。

 アルベリッヒとサルーン、ピエトにピエロ、ネイシャ、セシル、ベッタラ、アニタ――ここにはいないが、アンドレアとアンジェリカ――そして、さきほど生まれたばかりのアンジェリカの子を含めて。

 総勢二十七人の大集団である。

 

 「すごい!」

 「いやはや、よくおいでくださった!」

 「そういえば、むかし、劇団の仲間で二十五人というのがあったよ」

 「でも、今度はみんな、てんでバラバラの出身地だろ。おどろいた――傭兵さんや、軍人さんもいるよ!」

 「よく、着いたなあ!」

 地元の役員たちは、片っ端からルナたちと握手を交わし、長旅の労をねぎらった。

 「いちおう、株主ではありますが、わたしたちも初到着となりますし……」

 さりげなく混じったシグルスは、さりげなく地元住民と握手を交わした。

 「なら、合計二十九人か」

 ララもなぜかいた。

 

 「あんた――あんた、ツキヨちゃん!?」

 出迎えの集団から、金切り声がして、恰幅の良いおばあさんが、それは威勢よく駆けてきた。

 「ゾーイちゃん!?」

 おばあさんが、ツキヨを抱きしめた。ツキヨも涙ながらに抱きかえした。

 「今度の到着する船客の中にあんたの名前があって、まさかと思っていたんだよ! まさか、まさかもう一度アンタに会えるなんて――!」

 「あたしだって、帰ってこれるなんて、思っちゃいなかったよ……!」

 ゾーイは、ツキヨと抱き合って、しばらくおいおいと泣き、ルナたちのほうへ向かって、おおきくお辞儀をした。

 「あたしはゾーイです。ツキヨちゃんの幼馴染みだよ。同い年なの」

 横幅が、ツキヨおばあちゃんの三倍もありそうな女性は、そう言ってあいさつした。ツキヨも、紹介した。

 「あたしの孫たちだ」

 「おやおや、まあ――この子が、ツキヨちゃんの娘さん!」

「やだ、ゾーイったら! こっちが娘! こっちはあたしの孫のお嫁さんだよ!」

ルナをツキヨの娘と勘違いしたゾーイに、ツキヨは大笑いし、エマルを引っ張ってきて「こっち、こっち!」と叫んだ。

「あらまあ――こっちは、ツキヨちゃんにそっくり!」

「それで、こっちが孫!」

アズラエルを引きずってきたエマルは、片手に、ピエトの首根っこをつかまえていた。

「そいでこっちが、ひ孫さ!」

エマルの豪快な笑みに、ゾーイは笑った。涙が出るほど。

「全員、そっくり!」

 

 



*|| BACK || TOP || NEXT ||*