歓迎の宴は、砂浜の、海の音が聞こえる平屋で開かれた。少し高めに作られた、壁のない平屋は、半分が海の上に建てられている。

おいしい料理と酒がふるまわれ、地元の役員たちが、古くからつたわる楽器で音楽を奏でたり、古代の言語で歌を歌い、踊ったりする。

それは、まったく宴会の邪魔にはならなかった。しずかにじっと、見ていなければならないものではなく、宴会を盛り上げるためにあるような、音楽と歌と、舞いだった。

役員たちは、飛び入り参加を歓迎した。いつのまにか、ヤンたちやアニタが踊りに加わった。見よう見まねで一緒に踊っている。

 

「ちかくに、あんなおっきなホテルがあるのに、どうしてこんなところで野暮ったい見世物と、食事を出されるんだって嫌がる人もいるけどね」

ツキヨは苦笑しながら言った。ぜったいに九時にはホテルにもどって就寝すると約束したツキヨは、宴会の席で、ちょっぴりお酒まで飲みながら、教えてくれた。かつてツキヨは、この地の役員で、食事をつくっている裏方だった。

「そんなこと、言う人がいるの」

となりで聞いていたリンファンがびっくりして言った。

出された食事は豪華だし、おいしかった。ルナは不思議な顔で、役員たちの手作りであろう魚のフライをもふもふと食べた。銀色にひかりかがやく、取れたての魚貝のお刺身、鍋、スープやパエリア――生のオリーブたっぷりのパスタ。海のものが中心ではあったが、ルナたちは、「おいしい! おいしい」と感激しながら食べていた。

「このお刺身なんか、新鮮すぎて、最高よ?」

「まあねえ――地球行き宇宙船が立ち寄るところも豪華なところばかりだし――ああ、ルナたちが泊まる、あのホテルも豪華なところだよ? だから、そう思う人もいるみたい」

「これは、地球の文化を見せたいって気持ちの表れでは?」

クラウドは、ビールを呷りながら言った。グレンのまえでこれ見よがしに。グレンの苦々しい顔が向かいにはある。

「地球に来てまで、フルコース食わされるよりは、いいと思うけどな」

アズラエルも言った。

「これは、ここでしか食べられない魚だし、見られない踊りでしょう?」

セルゲイは、楽しそうに、踊りを見ていた。

 

「これはね、ずっと、ずーっと昔から、地球行き宇宙船ができたときから繰り返されている、伝統なの」

「やはり、伝統行事か」

クラウドが、うんうん、とうなずく。

「船客だけじゃなくて、真砂名の神様と、太陽と月、昼と夜の神様をねぎらうものでもあるんだよ」

「へえ」

レディ・ミシェルの顔も興味深げにかがやく。

「この海域を数百キロ沖に行くと、古代マーサ・ジャ・ハーナの島がしずんだ場所がある」

ツキヨが、沖のほうを見つめた。

「いっしょに宴を楽しみたかった神様と、人間たちがともに宴会をする――古代のマーサ・ジャ・ハーナ島の、伝統的祭りなんだよ。だから、あの踊りも、歌も、ホントはお客さんもどんどん参加していいの」

「すてきね」

リンファンは微笑んだ。

「じゃあ、俺も行ってくる!」

「あたしも!」

ピエトとネイシャは、駆け出して行った。その背を見ながら、ツキヨは、ルナに言った。

「月の女神さまはね、みんなの、仲間に入りたかったのよ」

「……」

ルナは黙って、うさぎ口をして、海を見つめた。月が、浮かんでいた。ルナたちの宴会を、微笑ましく見つめるかのように。

セルゲイが――カザマが、そんなルナを、微笑んで見つめていた。

 

 

 

宿泊は、ツキヨが言ったように、スペース・ステーションと一体になっているホテルだった。ルナたちが、宇宙船を降りて、出てきたところだ。

ルナたちはフロントを通りすぎて来ただけだったが、まさしくここは、豪華絢爛たる最高級ホテルで、ルナたち船客は、当然のようにスイートルームだった。

本来なら、チケットのペア同士での宿泊だが、ルナはアズラエルとピエトとピエロ、クラウドはミシェルと――といった具合に、部屋を取ってくれていた。

なにしろ、一室だけでなく、リビングだけで三部屋もあるスイートルームだ。女性たちは、聞いたこともない高級化粧品の限定アメニティや入浴剤に歓声を上げたし、アニタなどは、部屋に入った途端にそこらじゅうをカメラで撮りはじめた。

 

ルナは、部屋に入るなり、おおきなベッドにピエロを抱いて、横になった――つぎの瞬間には、寝ていた。

まだ、午後十時にもならない時間帯である。

ピエロが勝手に起き上がり、ルナのほっぺたをペチペチ叩いたが、起きなかった。

アズラエルは苦笑した。

「しょうがねえな」

「しょうがねえなっ!!」

ピエトも真似をした。少年は、まだまだ元気だ。ピエロを抱きかかえ、「あー」と声を上げる弟ともに、浴室へ直行した。

 

「すげえアズラエル! 風呂がひろい! 海みてえだ!」

「屋敷の風呂だって、ひろいだろ……」

そう言ってのぞき込んだアズラエルは、絶句した。対角線が三、四メートルもあるような、六角形の、大理石でできた浴槽――まっしろな月の女神の像が隅にあり、彼女が掲げた水がめから、湯がこれでもかと注ぎ込まれていた。観葉植物がかざられたあまりにもひろい浴室は、ガラス張りのシャワールームもある。

「これはたしかにひろい……」

「だろ!?」

「プールみたいと、言えよ」

「俺、泳いでいい!?」

「ピエロを洗ってからな」

「泳いで、写真を撮って――あっ、海を取るのを忘れた」

ピエトはしかめっ面をした。

「ダニーに送ろうと思ったのに」

「三ヶ月はここにいるんだぞ。まだ、時間はある」

「そうだな!」

ピエトははしゃぎながら、服を脱ぎだした。

「ピエロを溺れさすんじゃねえぞ!」

ピエトはあっというまに視界から消えていた。派手な水音と、ハーイ、という声と、ピエロの楽しげなキャッキャと笑う声が、同時に聞こえてきた。

 

翌日、ルナはいつもどおり目覚め、みんなと、ビュッフェというにはそら恐ろしい種類の料理が並ぶレストランで――毎日、端から数種類ずつ食べていったって、三ヶ月でワンクールできるだろうかという――朝食を取ったあと、海を見に行くつもりだった。

けれども、部屋に一度もどったときに、カザマからの電話を受け取り、中央区役所へ行くことになった。

ツキヨも、昨夜のうちに船内の中央病院にもどっていた。彼女と、アンジェリカのお見舞いついでに、とルナはピエロをアズラエルに預けた。彼は今日一日、部屋でのんびりすると言っている。元気なのは女子どもばかりで、世界を救った連中は、まだまだつかれなど取れてはいないのだった。

みんなは部屋でグースカ寝ていた。

ピエトは、セシルとベッタラ、ネイシャと海へ出ているし、レディ・ミシェルとクラウドは部屋にいなかったし、リサとキラもさっそくでかけていた。

ルナはひとりで、昨日のルートをたどって、船内にもどった。

K15区の通路にあるシャイン・システムから、一気に中央区役所へ。

三階の、役員室の廊下にあるシャイン・システムから出たルナは、エレベーターに乗り、待ち合わせ場所である、五階に向かった。

五階には、図書室と、会議室がある。ルナは、はじめてだった。

五階は、とてもしずかだった。役所自体が、みんな地球に降りているのか、最小限の人数しかいなくて、閑散としていた。

図書室に入ると、司書の姿すらなかった。

 

「お、お邪魔しま~す」

ルナはこっそり言って、開け放たれたドアの向こうへ進んだ。だれもいない。ドアは開けっぱなしだったし、ロープが張られているわけでもなかったので、ルナは入った。

「カザマさあん」

 

カザマはまだ、来ていないようだった。だがたしかに、待ち合わせ場所はここだ。

ルナはキョロキョロと書棚を見回し、カザマが来るまで本でも読んでいようと、おもしろそうな本をさがした。

やがて、ルナの目に留まったのは、辞典のような分厚さを持つ本だった。

おおきな書棚を占領して、一巻からずらりとならんでいる。

 

『いっしょに宴を楽しみたかった神様と、人間たちがともに宴会をする――古代のマーサ・ジャ・ハーナ島の、伝統的祭りなんだよ』

 

昨夜の、ツキヨおばあちゃんの言葉がよみがえる。

(マーサ・ジャ・ハーナの神話……)

子どものころ、絵本で多少読んだことはあるが、ほとんどの話を忘れてしまったし、「はじまりの物語」は、読んだことがなかった。

ルナは、迷いながらも第一巻を手に取り、「うんしょ」とうなりながら、テーブルに乗せた。

そして、意を決して、ページを開いた。

 

 



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