予定が決まり次第、派遣役員勢ぞろいでホテルに向かいますから、というカザマの言葉に見送られ、ルナは図書室をあとにした。エレベーターで三階にもどると、なんとロビーに、アズラエルとセルゲイ、グレンが待っていた。 「――あ」 この三人が――三人だけで行動しているというのは、滅多にないことだった。 「ど、どうしたの、三人とも」 「ルナちゃんと、デートをしようと思って」 セルゲイは、微笑んだ。 「グレン、寝てなくて平気なの!?」 「せっかく地球に着いたのに、いつまでも、ベッドに縛り付けられてろって?」 「車いすに縛り付けられてるんじゃ、どっちも変わらないけどね」 セルゲイの遠慮ない意見に、グレンが歯をむき出す。 「この三年、車いすにばかり乗ってる気がするんだが」 「三年でずいぶん前髪も後退したな」 「してねえよ」 アズラエルの失笑に、グレンはふたたび牙をむいた。いつもの空気がもどっていた。 ルナは嬉しくなって、叫んだ。 「とっても、仲が良いです!」 三人は断固として言った。 「「「よくねえよ」」ないよ」 三人そろって、中央区役所からほど近い、中央病院へ向かった。 まずは、アズラエルの祖父アダムの見舞いに。 グレンは彼らの病室に行くことを遠慮し、セルゲイとふたり、先にアンの病室へ向かった。ルナとアズラエルだけが、アダムの病室に入った。 アダムは、ルナたちが驚くほど元気だった。「地球の涙」は見逃してしまったが、明日は一時的な退院がゆるされた。地球におりて、海を見てくるつもりだと言った。 どんなときでも抜かりないアニタが撮影した、地球の涙の映像を見つめ、アダムは、微笑んだ。 「地球の涙をはじめて見たときは、ああ、コイツに命をもらったのかな、とおもったもんだよ」と、タブレットを見ながらつぶやいた。 「四人で、海辺にたたずんで、ずっと見ていたわね……」 メレーヌも、なつかしむように目を細めた。今回は、メレーヌもカナリアもテリーも、ずっと病室にいたので、見られなかったのだ。 「来てくれてうれしいわ」 思いのほか、話は長くなり、見舞いはほかにも控えているので、そろそろ退室しようとしたそのときだった。カナリアが衝撃的なことを口にしたのは。 「わたし、カナコに会ったの」 「――えっ」 さすがにルナたちは座りなおした。 「カナコに!? どこで」 アズラエルが聞くと、カナリアは話した。 ピーターが、タブレット越しではあるが、カナコとカナリアを対面させてくれたことを。 ピーターと、アズラエルの父のほうのアダムは、カナコを捕らえるための軍隊に同行し、L43で、カナコに会った。 ピーターが直接おもむいた理由は、カナコの逮捕まえに、カナリアと対面させるためだった。カナコが逮捕、収監されてしまえば、会うことはなかなかむずかしくなるからだ。 それに、カナリアの心的事情もあり、最初は、カナコの置かれた状況を、カナリアには秘していた。 カナリアには、テリーを通じて、事前にピーターから連絡があった。ちかく、カナコと出会わせたいので、心構えをしておいてくれと。 アダムの入院で、てんやわんやしているときだった。ピーターからの通信で、タブレット越しでの、対面となった。 「わたし、顔のキズをなくしてから、不思議なくらい、元気になったの」 カナリアは言った。目の手術はまだだが、一年後には、本物の眼球を移植することになっていた。 「やっと、過去と決別できた感じだったのよ」 だから、カナコのことを――青蜥蜴が起こした事件を、不思議なくらい、冷静に見ることができたの。 カナリアは言った。 「たくさんは見れなかったわ。でも、カナコもわたしと同じで、過去を引きずったままだった。それが、すごくよく分かったの」 衝撃がなかったわけではない。だが、ひどく気を病んだり、体調を崩すことは、なくなっていた。すこしずつ新聞やニュースを見、テリーに教えてもらうことで、カナコが起こした騒動のことを、知った。 それは、カナリアが望んだことだった。 「わたし、監獄星にも、軍事惑星にも行くわ。L系惑星群に帰ったら。カナコに会いに」 ルナが新聞で見たカナコの面立ちは、カナリアとよく似ていた。ほんとうの自分を秘めるかのような、分厚い前髪にかくれた、昏い瞳が。 髪色こそちがえど、カナリアもカナコも、長い前髪で、顔をかくしていた。 片方はキズを――片方は、想いを秘めるかのように。 “復讐に燃えるコモドオオトカゲ”のカードは、変わったのだろうか。カナリアのカードも? ルナは、帰ったら、ZOOカードを見てみようと思った。 「ルナちゃん、アズラエルさん」 カナリアは、思い切ったように言った。 「地球を発って、アダム父さんが退院したら――わたし、あなたたちのおうちに、遊びに行ってもいいかしら」 「――!!」 「ピエトちゃんと、お話したいわ。それから、ピエロちゃんも、抱きたい」 メレーヌは、涙をハンカチで押さえていた。アズラエルとルナは、顔を見合わせ、 「いつでも」 「待ってます! ケーキと紅茶を用意して!!」 と叫んだ。 ずいぶん長居をしてしまったので、ルナたちはあわてて、アンの病室へ急いだ。こちらはこちらで、長話に花を咲かせていた。 「ルナさん! アズラエルさん!」 アンは、ふたりの顔を見るなり、こぼれるような笑顔を見せた。 「会いたかったのよ。ふたりにも、お礼を言いたかった」 アンは、座ったまま、頭を下げた。 「オルティや、アニタさんから――いいえ、来てくれたみんなから聞いたわ。あなたがたは、わたしが眠っているあいだ、ものすごいことをされてたのね」 「ものすごいとゆうか、ものすごいのは、みんなのわんりょくでした」 ルナはあわてて、なぞの返事を返した。 「あたしひとりじゃ、上がらなかったです」 天秤は、みんなの力で、担ぎあげたのだ。 「わたしの命もきっと、みなさんの頑張りのおかげで、おすそ分けしていただいたのね……」 アンは、しみじみと言った。 「アンさん、アニタさんがね、地球の涙の映像を取ってくれたよ。見る?」 ルナは、持ってきたタブレットを差し出した。 キラキラと、夕日の光を受けてかがやく海を、アンはうっとりと――しばらく、見入っていた。 「わたし――生きていて、よかったわ」 アンの口から、はじめてそんな言葉がこぼれおちた。 「生かしてもらったのだもの――生きなければ。寿命が尽きる、そのときまで」 その言葉を、グレンが複雑な顔で聞いていた。 グレンは、オルティスにも殴られることを半ば覚悟していたのだが、彼は、「このバカ!」と怒鳴ったきり、おいおいと泣いて、グレンを抱きすくめたのだった。 「バカ野郎、ラガーの後継者がいなくなるじゃねえか」 グレンはまだ、ラガーを譲り受けることに決めた覚えはなかった。それが、語彙の少ないオルティスの、せいいっぱいの、助かってよかったという意味の台詞だということも分かっていた。 「地球を出航したら、真っ先にラガーに来な。サービスするよ」 オルティスは鼻を啜った。 「ルナちゃんも、今度はマンゴーシェイクをごちそうするからな。新作なんだ」 「マンゴーシェイク!!」 ルナは嬉しげに叫んだ。 オルティスは、別れ際、思い出したように「まだ、酒はダメだぞ」とグレンに念を押した。グレンのアル中具合を分かっている台詞だった。 |