結婚式は、まもなくはじまる。ルナたちは遅れて、ホテルの隣にある、海が見える白い建物に移動した。半円形の窓がならび、彫刻が施された質素な木の扉の向こうは、ステンドグラスの窓に囲まれた、天井の高い部屋だった。こちらが、結婚式の会場だ。もうすっかり、来賓で埋まっている。

教会のようなつくりではあったが、結婚式だけではなく、さまざまな催しにつかわれる建物だった。

 ところどころに灯されたランプの明かりが、否が応にも、雰囲気を盛り上げている。

 

 「素敵なところね!」

 リサが歓声を上げる。

 窓から、海も灯台も見えた――ルナが、窓の桟に手をかけ、外を眺めていると。

ミシェルが、はっと気づいた。

 「ルナ! ルナ――ちょっと、そのままでいて!」

 「え?」

 「そう! その恰好――窓のとこに頬杖ついて、そのまま、月を見上げて――」

 ミシェルが、アニタに頼んで、シャッターを切ってもらった。

 「これ見て!」

 ミシェルが、撮った映像を、クラウドに見せる。

 「これって――」

 「ぷに?」

 ルナも、ひょいと画面をのぞき込んで、おどろいた。

 「これ!?」

 「そうなのよ! そっくりなの!」

 

 ウェディングドレスを着たルナが、窓の桟に頬杖をついて、月を眺めている――その様子が、ルナのZOOカードとそっくりそのまま、同じだったのだった。

 「――!!!!!!」

 アンジェリカも、悲鳴のような声を上げ、「ZOOカード! ZOOカード!」と騒いだが、さすがにZOOカードを所持してバージンロードを進むわけにいかないので、持っていなかった。

 

 「ペリドット」

 会場内で席についているペリドットを、アントニオはこっそり呼んだ。妻と息子二人といっしょに、横並びの椅子の、一番後ろにすわっていたペリドットは、ラグバダ族の正装――長い衣装で、動きづらそうに、こちらへやってきた。

 「呼んだか」

 「ZOOカード!!」

 パニクった四人に怒鳴られ、ペリドットは、「なにを知りたいんだ」と聞いた。アニタは無言で、カメラの画面を見せた。ペリドットも、すぐに悟った。

 彼が指をパチリと鳴らすと、右手に金色の光が砂のようにらせんを巻き――「月を眺める子ウサギ」のカードが現れた。

 「おお~っ!!」

 とりあえず拍手をした皆は、カードに群がった。

 

 「うわあ、ホント……」

 「おなじだ」

 カメラにとられたルナの姿と、カードのうさぎの姿は、同じだった。

 白い壁に半円形の窓――ウェディングドレス姿のうさぎが、そこに立って、空に浮かぶ月を眺めている。

海の上に浮かぶ、月を。

 まさしく、たったいま、ルナが形作っていた光景だった。ルナは、カードの中のウサギと同じ格好で、おなじしぐさをしていたのである。

 よく見れば、窓の形も、周囲の草花も、写真の絵は、ZOOカードの絵とそっくりそのまま、同じだ。

 

 「ルナちゃんが、かならず地球に着くっていう意味が、分かったよ」

 クラウドは感嘆してうなずいた。

 「ルナちゃんは、“地球”から、“月を眺める”ように、さだめられていたんだね」

 「クラウドの言うとおりよ! だって、このカードは、ちょうどここから、月を見た格好よ?」

 「地球に着かなきゃ、ここから月は、見られないんだもの」

 リサとキラも、口々に言った。

 

 ウェディングドレスを着たウサギが、月を眺めているカードの絵。

 ルナはずっと、この場所はどこだろうと思っていたのだが、ついに分かったのだ。

 それは、この建物だった。

 ルナがここから、月を眺めることを、カードはしめしていたのだ。

 

 ルナが、自分のZOOカードと、写真を見比べているうち、ZOOカードが変化していくのに、気づいた。

 「あっ! うわ! これ! 変わってく!!」

 「えっ!?」

 ふたたび、大勢の人間が、いっせいにルナの手元を覗き込む。

 皆の目の前で、ルナのZOOカードの絵柄が、みるみる、変化していく。

やがてそれは、スーツを着たピンク色のウサギが、たくさんの子どもたちと一緒に、月を眺めている絵に変わった。

 名称は、「月を眺める子ウサギ」のまま――。

 

 「カードの絵が変わることって、あるんだね……」

 リサが感激して、こぼした。

 「ルナはこれから、たくさんの子どもたちを、地球に連れてくる」

 ペリドットは言った。

 「そして、ここから、皆で月を眺めるんだ」

 

 ――これからも、ずっと。

 

 ZOOカードにくぎ付けだった花嫁たちは、

 「そろそろ始まりますが、ご用意はいいですか」

 とホテルのウエディングプランナーがやってきたのを見て、あわてて互いの衣装を見直した。ベールは歪んでいないか――化粧の様子はどうか――ブーケは持っているか。

 花婿たちが、花嫁の手を取った。

 

 ベッタラが咳払いをして、はにかむセシルの手を。

 メンズ・ミシェルが、軽やかに、満面の笑顔のリサの手を。

 アントニオが、にっこり笑って、緊張気味のアンジェリカの手を。

 クラウドが、すでに号泣しながら、呆れ顔のレディ・ミシェルの手を。

 そして、アズラエルが――苦笑いしながら、真顔のルナの手を取った。

 ルナの口から、「ぷきゅっ」とちいさなくしゃみが出た。

 

 「ルナったら」

 「ぷきゅ、だって」

 緊張気味のアンジェリカとセシルの肩から、どっと力が抜けた。

 「ルナ」

 レディ・ミシェルがすぐ前から言った。

 「アホ面は、なしね」

 セシルが耐えきれなくなったようにプーッと吹き出し――花嫁たちは、それぞれ、笑いながら会場内に入ることになってしまったのだった。

 

 



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