結婚式もあっというまだったが、地球での日々は、まさしく閃光のように、過ぎ去った。

別れの日が、明日になったとき、ルナたちは、海辺でバーベキューをした。

地球に残る者と、L系惑星群に帰る者。

それぞれの星に帰る者、そして、宇宙船の役員になる者。

旅立ちの、ときだった。

 

最初に宴会でもてなしてもらった海辺の家の近くでバーベキューをし、にぎやかな喧騒から、ルナはそっと離れて、海岸に出てきた。

それを追って、サルビアが。

同時に、すこし離れた場所から、グレンとセルゲイが立って追いかけてきた。

アズラエルもまた、波打ち際にたたずんでいた。

ルナは目をぱちくりさせ、「アズ」と言った。

アズラエルは、ルナの背後についてきた三人の姿を見て、「すこし、歩くか」とつぶやいた。

 

ルナは、アズラエルとグレンと、セルゲイと、サルビアの五人で、長い長い砂浜を――波打ち際を歩いていた。

夕日が、水平線をオレンジ色に照らしている。

今日は波の色が濃く――それほど、輝いてはいなかった。だが、とてもしずかな、波だった。

五人はだまって、きらめく波打ち際を進んだ。

 

「ねえ、グレン、サルビアさん」

ルナが急にくるりと振り返って、言った。

「やっぱり、地球に残る?」

ふたりは、顔を見合わせた。ルナの目には、涙がいっぱい、溜まっていた。

「きっとだいじょうぶだよ――だれも、ふたりをつかまえになんか、こないよ」

「ルナ」

「だから、お屋敷にいようよ。いっしょに、暮らそうよ」

サルビアが、ルナを抱きしめた。

「ルナ、聞いてください」

サルビアの目にも、涙が浮かんでいた。

「わたしたちには、癒される時間が必要なのです」

地球という、どこよりも遠い土地で、新しい生き方を見つける。それが、サルビアとグレンの選んだ道だった。

 

「あなたの涙は、地球の涙といっしょ」

サルビアは、ぽろぽろと涙をこぼした。

「あなたが、わたしと暮らしたいと言ってくださったこと、わたしは忘れない」

 

やっと、会えたね。会いたいと言ってくれる、つつみこむような、地球の海と、一緒です――サルビアは、そう言った。

 

「しゃるびあしゃ……」

ルナの顔面が、決壊した。

「ホギャあああああ」

ルナは、盛大に泣いた。ルナが、こんなにも派手に泣くのは、滅多にないことだった。あわてたグレンは、ふたりを慰めようとして――後ろに大魔王の気配を感じて、だまった。

 

「わたしは、まだ許していない」

セルゲイは、いかめしい顔で、グレンを見下ろしていた。

「まだ、お尻も引っぱたいてないし?」

「……!」

たしかにまだだった。グレンはあわてて尻を守ったが、制裁は降ってこなかった。

アズラエルが吹き、ルナはやっと、「ぴぎ、ぴぎ、」としゃくりあげながら、泣き止んだ。

困惑顔でセルゲイをにらみ返したグレンは――セルゲイの大きな手のひらで、両側からバッシン! と顔を挟まれた。

 

「もう一回、自殺まがいのことをしてごらん」

セルゲイは宣言した。

「閻魔大王が、君を冥界から追い返すからね」

「わか……わかった」

グレンは戸惑い気味に、うなずいた。

「もう一度、会えると、そう誓ってくれ」

セルゲイは、言った。

 

地球に残るグレンとサルビア――そして、カレンのもとに帰るセルゲイ。

もしかしたら、二度と会うことは、叶わないかもしれない。

役員になるルナたちは、四年に一度でも、会おうと思えば会える。だが、地球に残る、ふたりとは。

 

「――かならず、またいつか」

サルビアが、セルゲイの腕に、触れていた。セルゲイは、広い胸に、ふたりまとめて、抱きしめた。グレンがおとなしくしているのは、めずらしいことだった。

「わたくしが、グレンさんを見張ります」

サルビアは言った。

「ずっと――ずっと、そばで」

セルゲイは、その答えに、ほっとしたように微笑んだ。そして、ふたりに向かって言った。

「どうか、元気で」

 

 

 

ホテルとつながったスペース・ステーションの通路では、地球に残るグレンとサルビアを先頭に、そして見送りのために集まったゾーイたち、地球の役員が、涙を拭きつつ、別れの言葉を交わしていた。

「ツキヨちゃん、あんた、ほんとうに行っちゃうのね」

ゾーイは、噎せかえりながら、ツキヨを抱きしめた。

「また四年後なんて――お互い、会えるか分かんないじゃないか」

「また会えるさ!」

ツキヨは力強く言って、幼馴染みの肩をつかんだ。

「まだまだ、こんなに元気なんだから!!」

ハンプティダンプティのようなゾーイに抱えられては、ピエロもちいさな赤ちゃんだった。

「ピエロちゃん! 達者でいるんだよ――ピエトちゃんも――ああ、ああ、ネイシャもだよ! ルシヤも!!」

ゾーイは吠えるような泣き声を上げて、子どもたちを順に抱きしめた。この勢いと元気さでは、あと百年はだいじょうぶそうだと、皆は思った。

 

グレンとサルビアも、皆と別れのあいさつを交わし――握手し、あるいは、抱きしめられ――サルビアとアンジェリカが、ひときわ長い抱擁から離れたあと、アンジェリカの目は、真っ赤に腫れていた。

「姉さん、四年後には、きっと、また会おう」

「そうですよ。これで、永遠の別れではないのですから」

「グレンさんも」

「ああ」

ふたりは最後に、ルナを抱きしめた。昨夜、海でたくさん言葉を交わした。別れも、感謝も――ありったけ。

 

「ルナ」

グレンは微笑んで、ルナの額に口づけた。

「どうか、しあわせに」

 

――小型宇宙船は、通路をまっすぐ進んだ。皆の顔が――グレンとサルビアの顔が、みるみる、ちいさくなっていく。ふたりは、いつまでも手を振っていた。一気に豆粒ほどになって、見えなくなった。あまりにも速く、宇宙船は地球を離れていく。別れを惜しむ暇もないほどに。

白い雲が視界を遮り、海をかくし――次の瞬間に、見えたものは、青い涙をたたえた地球の姿だった。

 

永遠の別れではない。きっとまた、四年後には会える。

――月を眺める子ウサギは、また、かならず、皆を地球に連れてくる。

 

 



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