役員たちの蒼ざめ加減は、いっそうひどくなった。

 「参ったわね。とんでもないことしてくれたわ。……宇宙船降ろすだけじゃすまない話になってきそうね」

 ヴィアンカも腕を組んで、難しい顔をする。

 

 そのあいだ、ルナはててっとサルディオネに駆け寄っていた。

サルディオネが来てくれると思わなくて、それだけでもびっくりしていたのに、まさかブレアの投げたカレーが、べっとり。

慌ててカレーだけでも拭こうと傍に寄ったのだが、SPに遮られた。

サルディオネが手を挙げて制したので、傍に寄ることができた。

 

 「あ、あの――その、サルディオネさん……。来てくれてありがとう」

 

 ルナは、サルディオネの警護の物々しさに、サルディオネが本当にVIP船客なのだと――要人なのだと、思い知らされた。

ルナは、椿の宿で出会った、自分と同じ年の女の子という感覚のほうが強かった。サルディオネがあまりにも気さくだったから。本来なら、こんなふうにたくさんのSPにガードされていて、自分は気軽に話しかけられる相手ではない、ということを実感していなかった。

 (あんなカードなんか送って、軽くバーベキューに誘ったあたしがばかでした……)

 だがサルディオネ自身は、ルナを見て、

「うん。久しぶり。招待ありがとう。行けないって言ったけど、来ちゃった」

と親しげに笑った。ルナは、変わらないサルディオネに、少しほっとした。

 

 「ルナはあたしの名前知ってるんだろ? アントニオが教えたって言ってた」

 「え? う、うん」

 「じゃ、そっちの名で呼んでよ。アンジェで」

 周りのだれにも聞こえないような、ぽそぽそとした会話だった。

 「い、いいの? ……じゃ、アンジェリカさん。とにかくこのカレー拭かなきゃ、」

 ルナが、エプロンのポケットに入れていたミニタオルを取り出したが。

 「アンジェ、でいいってば。……ああ、この服はもういいよ。もうダメだし」

 「ご、ごめんね、」

 「なんでルナがあやまるのさ。だいじょうぶ」

 サルディオネは、あの椿の宿でルナに見せた、歯を全開にしたニカッという笑いで、

 「ちゃーんと下に、ジャージ着てきた」

 

 

 「おまえたちがこの小娘たちの役員か」

 メリッサは、冷たい声音で聞いた。

「この連中の名は! 事と次第によっては特別派遣役員の権限を持って、宇宙船への搭乗資格を永久に剥奪する!」

文字にすれば漢字の羅列であろうメリッサの言葉を、理解したのは彼らの担当役員だけだった。イマリたちのだれもが、その意味がよく分からなかった。

 

「メリッサ、あなたの気持ちはよくわかるわ。でも、」

サルディオネ様にカレーがぶつかってしまったのは、事故と言えば事故だし、とヴィアンカがメリッサをなだめたが、カザマが首を振った。

「いいえ。ヴィアンカ。ここで厳しくしておいた方がいいです。ここで収めて、彼らに早く宇宙船を降りていただく。その方が一番無難です。メリッサのやり方は理にかなっています」

「え?」

「……あちら、サルディオーネ様を乗せていらしたリムジン、ララ様をはじめ、筆頭株主の方が三人もいらっしゃるのですよ」

メリッサは無表情のままだ。否定も肯定もしなかった。

ヴィアンカと、イマリたちの担当役員は思わず、丘の上の道路に横付けされたリムジンを見た。イマリたちの役員の一人は、絶望に、足をがくりとくず折れさせた。ひとりはガタガタ震えだした。

 「ど――どうしましょう」

 なんということだ。VIP船客に害を及ぼしただけでなく、宇宙船の、会社の株主までここにいるなどとは。

 株主が関われば、船客だけの問題ではない。その担当役員にも累が及ぶ。

 まだ、彼らが車から降りてきていないことが、救いだった。だが、コトが長引けば、彼らがここへ顔を出してしまうかもしれない。

 

 「サルディオーネ様にこのような侮辱、本来ならL03に直接かれらの身柄が引き渡されます。そうなれば、首が飛ぶのは目に見えて明らかですが」

 メリッサは冷静に言った。首が飛ぶ、というのはそのままの意味に他ならなかった。

 真っ正直な死刑宣告に、役員たちは、「そこをなんとか」としか言いようがなかった。

 「さいわい、いまL03は混乱していて、彼らを送ったところで迷惑になるか、戦乱に巻き込まれてゆくえがわからなくなるだけでしょう。……まあ、こちらのサルディオーネ様はお若いだけあってそこまで手厳しいお方ではない。ですが、株主の方々は別です。こちらのサルディオーネ様は、E.C.Pの株主の方々にご昵懇の方が多いのです。彼らが黙ってはいないでしょう」

 

 「ちょっとォ! あんた役員でしょ!! なんとかしてよっ! あたしたち、ここでバーベキューしてただけなのに、なんでこんなふうに捕まえらんなきゃなんないのよっ!」

 「こっちのコ、顔火傷してんだからね!」

 「ブレアのヤツ殴られたのよっ!」

 「早く救急車呼べよ!」

 

 殴られただけですんでよかったとは、彼らは思わないだろう。メリッサの言うとおり、カレーをぶつけられたのがアンジェリカ以外のサルディオーネだったら、彼らはまっすぐにL03で処刑だった。それでなくても、一番重い侮辱罪で、K11の刑務所行きは免れない。

 イマリたちの文句が飛び交うなか、役員たちはとにかく、この物の分からない連中を黙らせたくて仕方なかった。

ブレアはさすがに暴れすぎてくたびれたのか、やがてしくしく泣き出した。

 

 「てめえっ! 役員、なんとかしろっ!」

 役員の三人は、SPに拘束されたままのイマリたちの前へ行き、重々しく言った。

 「では、何とかさせていただきます。いますぐ、宇宙船をお降りください。あなたがたのお荷物は後程まとめてご自宅のほうへお送りします。一番早い便は」

 「午後三時半だな。宇宙船から近くの惑星――D544、L系行きの一番早いやつは、」

 「何でおれたちが降りなきゃいけねえんだよ!!」

 「――L03で処刑されたいんですかっ!?」

 たまりかねた役員の一人が怒鳴ったが、気の毒に、イマリたちは、まだ状況を把握できていなかった。

 「――は?」

 「L03に送られなくても、侮辱罪で相応の裁判は待っています。ご心配なく。ご自宅までの旅費は当方で全額負担します。SPの皆さん、この方々を連行してください」

 昨日までは、愛想の良かった役員たちだった。イマリたちは彼らの変貌ぶりに驚き呆れながら、

 「いたいいたい、いたーい! 引っ張らないでよ!」

 

 「お待ち」

 

 サルディオネが進み出ていた。さすがにカレーで汚れた服は脱いでいたが、マントは被ったまま。

 

 「そんなに急がずともよいだろう。私から、株主の方々にはご説明しよう。とにかく、彼らはいったんK27のアパートに引き取らせ、このたびの事情を――自分たちがいったいなにをしたのかを――とくと説明の上、一週間後に宇宙船を降ろすがよろしい」

 「は、はいっ……!」

 役員は、上ずった声で返事をした。

 「……何やら勘違いをしているようだから言っておくが、私にカレーをぶつけたことだの、私がVIP船客だからだの、そういうことをいっておるのではありませんぞ。彼らが勝手に人のパーティーへ乱入して、好き放題暴れたことに対する注意と、礼儀というものを教えてやってくださいと、そういう意味です」

 役員はぎくりと固まり、それから目を伏せた。

 サルディオネはさらに、ずい、と前へ進み出た。メリッサとSPが制止したが、彼女は構わず、イマリたちの前まで来ると、言った。