「愚かな、――ことだ。貴方がたは、ZOOカードにすら、その魂魄が表れぬ。なにかに苦しみ惑うでもなく、あがくわけでもなく、かといって、日々を心豊かに過ごしているわけでもない。あんたがたには、なにひとつ象徴するものがない。だからZOOカードも、あんたがたが見えんと言っている」 「な――なにこのひと。意味わかんない」 イマリが言った。男が「ぶっ殺すぞ!」とわめいたが、SPのひとりが腹を殴った。男は気絶して動かなくなった。そこでようやく、彼らは自分たちの置かれた立場に気付いたようだった。 女も男も、十人組の全員が急におとなしくなった。 「これはご忠告ですぞ」 サルディオネが告げた。 「ZOOカードにその魂魄があらわれぬと言うことは、生きていても死んでいるのと同じこと。この宇宙船に乗船するという――大きなチャンスが現れたというに、あなたがたはそれをまったく無にして、今、不本意ながらも宇宙船を降ろされようとなさっている。貴方がたは、今降りれば、二度とこの宇宙船に乗ることは叶いますまい。資格を永久剥奪されようがされなかろうが、もう一度この宇宙船に乗るだけの運は、あなたがたにはない。チケットを買うだけの資産を、これから先持てる可能性もない。 ――宇宙船を降りるまでに一週間の猶予を与えよう。あんたがたの魂魄がZOOカードに現れたならば、私がすべてを収めてあんたがたの降船処分をとりなそう。だが、現れなければあんたがたは宇宙船を降ろされる。――そのあいだ、よくお考えなさることだ」 言葉を失ったイマリの横で、顔を火傷した女が泣き始めた。 「泣かずともよい。あんたの火傷はちゃんと治療すれば跡は残らん」 サルディオネは、そのまま、泣いているブレアのところへ行った。 「――いつまで、ぐるぐる回っていなさるおつもりか」 ブレアは、泣きながらサルディオネを睨みつけた。 「あんたは、まるで遊園地のコーヒーカップに乗って、ぐるぐると回っておる猫だ」 それを聞いて、ルナははっとした。 いつか、遊園地の夢を見たとき、たしかコーヒーカップに乗ってぐるぐる回りながら、ルナや周りを威嚇している猫がいた。その猫を離れたところから見ているカップルの猫。 ルナは、その意味が分かって、驚いた。 まさか、――ナターシャたちのことだったとは。 「何言ってんのよ。意味わかんない。わけわかんない」 ブレアがぐずりながら吐き捨てたが、サルディオネは続けた。 「意味が分からんと。それを細かく説明してやるほど私は親切ではない。だが、おまえさんはこれ以上回り続けたままではすべてを失う。家族も、恋人すらも生涯できん」 「ナターシャがいるからいいわ!」 「おまえさんはもう、彼女をも失っておられる」 ブレアは絶句して、ナターシャを見た。ナターシャは目を反らした。ブレアはそれを見てまたわめいた。 「あんた! あたしからナターシャを取り上げるのね! 許さない! 許さないから!」 「そう思うなら、勝手にそう思うがよろしい。……分からぬか。ぐるぐる回り続けるということは、自分の周囲から、すべてを弾き飛ばしているということだ。コーヒーカップに乗ったあんたには、だれも近づけない」 ブレアは、目を見張った。 「あんたは近づけるのか? 全力で回転しているコーヒーカップに。そんなものに、だれも近づく者などいない。弾き飛ばされるだけだ」 サルディオネは背を向けた。 「誰もナターシャを取り上げたりなどしていない。ナターシャを、自分の傍から弾き飛ばしたのは、おまえさんだ」 それだけ言って、サルディオネは小さな手を挙げた。それがおしまい、の合図だ。今度は、だれも騒ぐものはいなかった。イマリたちもブレアも、SPに連行され、役員とともにタクシーに押し込まれていく。 ナターシャは、「私の妹のことだから、」とタクシーのほうへ向かいかけたが、サルディオネに制された。 「『パティシエの猫』どの」 「――え?」 「あんたは、もう二度と妹さんを追ってはならぬ。心配してはならぬ。コーヒーカップを眺めてはならぬ」 ナターシャは、困ったようにタクシーとサルディオネを交互に見、やがて、タクシーが公園を離れていくのを見て、悲しげに佇んだ。 「これもご縁ですからひとつだけ」 サルディオネはナターシャの手を取って言った。 「……あんたも近々、宇宙船を降りねばならぬ」 「――え?」 寄ってきたアルフレッドが、それを聞いて固まった。 「あんたもまた、ここまでだ。今世では、もうこの宇宙船に乗ることはない。あんたが二度、宇宙船に乗れたことは、まさに奇跡だった。それをご承知なさい。宇宙船をおりたのちも決して、妹さんと連絡を取ってはなりません。……、そこの、『図書館の猫』どの」 「え? お、俺!?」 「そう。あんたは、もう少しこの宇宙船に乗っていれるだけの運はあるが、この『パティシエの猫』どのと添い遂げる気持ちがあるならば、彼女と一緒に降りた方がよいと思う。……これはあくまで私のアドバイスだ。そうしなければならんという意見ではない」 「え、えーと、う〜ん……、」 添い遂げる、という言葉に顔を真っ赤にして、アルフレッドは返事を濁した。 「『文豪の猫』が、あんたの支えを必要としている」 それを言われて、アルフレッドは目を丸くした。 「文豪って……、それケヴィンのこと!? ケヴィン小説家になれるの!?」 「あんたの支え次第だ。……あんたには意味が分かるだろう? 彼はあんたの支えを必要としている」 アルフレッドは、今度は真剣にこくこくと頷いた。 「よろしいか。『パティシエの猫』どのとともに、宇宙船を降りたらまっすぐ『文豪の猫』どののところへ向かうのがよろしい。決して、『パティシエの猫』どのは、ご実家に連絡をなさっても、居場所は教えないように。妹さんに知らせてはならぬ。……必ず打ち解けられるときが来る。この宇宙船でなくても、L5系であれば、貴方の眠りたる才能も開くでしょう」 ナターシャは、複雑な顔でサルディオネを見つめた。アルフレッドも、「どうしてケヴィンがL5系にいること知ってるの!?」と驚き通しだった。 「おいしいお菓子を、作ってください」 「……はい」 「それから」 サルディオネは、微笑んでいった。 「あんたが今回の宇宙船に乗ったのは、ルナと出会うため。ルナとの縁を大切に。『文豪の猫』どのを『図書館の猫』どのとともにお支えください。やがて、『文豪の猫』どのがルナの助けになるときがくるでしょう」 「はい……!」 ナターシャは、今度は複雑な顔でなく、はっきりと笑顔で頷いた。 「あんたら二人の子供が、やがてこの宇宙船に乗ってルナの世話になるときが……、」 「サルディオーネ様、サービスのしすぎです」 メリッサが、変わらぬ厳しい声で制した。そしてアルフレッドとナターシャに向かって言った。 「この方は、L5系の政治高官や、この宇宙船を運営しているE.C.Pの株主の方の専属占術師ですよ? 本来なら何億と積んでも占ってもらえない方が多く、第一、このようなところにおられる方ではないのです。そもそもZOOカードというものは、星の運行や、重要な政治の流れなど、広範囲のものを占う占術で、ちっぽけな個人の人生など占うものでは……、」 「メリッサ。メリッサ、もういいから」 縮んでしまったナターシャとアルフレッドを見て、サルディオネが慌てて言った。自分でもいいすぎたと思ったらしい。サルディオネの悪い癖だった。 「アンジェ! いらっさい。やっぱ来たね♪」 「……あんたのせいでね」 サルディオネが、じっとりとアントニオを睨む。 「これは、アントニオさま」 メリッサが深々と礼をし、アントニオを今度は慌てさせた。この、SPを引き連れた怖そうで偉そうな役員が、深々と礼をするアントニオは、何様なのか。リズンの店長ではないのか。アルフレッドもナターシャも、困惑して見つめるだけだった。 「いや、挨拶は簡単でいいからさ。……ふたりともバーベキューに来たんだろ? いろいろあったけど、気を取り直してもう一度始めようや!」 アントニオの一声に、サルディオネがごそごそと懐からハートのカードを取り出して、ルナに向かって手渡した。それを見て、役員たちは、あのチャンでさえも、驚いた。 サルディオネを招待したのは、ルナだったのか。
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