「ルナ。改めて、招待ありがとう。友達連れてきてもいいって言ったから、メリッサを連れてきたよ」

 

 「ともだちだなんて畏れ多い。私はサルーディーバ様とサルディオネ様の担当役員で、メリッサと申します。このたびは、お招き有り難く、」

 「あ、ど、どうも! いらっしゃいませ!」

 メリッサはルナにも深々と礼をするので、ルナも頭が地面に着くくらい深々と頭を下げた。謙虚な人ではあるらしい。だが、さっきの厳しい声は、まだルナの耳にも残っている。

 とっても、怖かった。

 

 「メリッサはこのとおり融通きかないの。でも、あたしのストッパーだからさ、」

 「サルディオネ様。私は、株主様方に事情をご説明してまいります」

 「うん。もう帰っていいって言って――あ」

 丘の上では、リムジンが動き始めていた。もめ事が済んだのを見計らって、出発したようだった。

 「……出発してしまいましたね。では、お電話で、ララ様にだけでもご報告を、」

 メリッサは、少し離れたところで、携帯で電話をかけ始めた。

 

 「ウーサちゃん!」「うひゃ!!」

 急にルナは、ラガーの店長に担ぎ上げられ、肩の上に乗せられた。まごうことなき肩車だ。ほぼ二メートルの彼に肩車をされると、地面があまりにも遠い。恐ろしく遠くが見渡せる。小高い丘の上にあるリズンの全体が見えて、ルナは歓声を上げた。

 「すごい! たかい! リズンが見える!!」

 「よおく頑張ったな〜、うさこちゃん。おじさん、ハラハラしちゃったぜえ」

 「おまえのツラでビビらねえんだから、ガキどもなんて怖くねえだろうよ」

 バーガスのツッコミに、みんなが笑った。

 

 「あんたら、ひょろっこい見かけのわりにやるじゃないか!」

 レオナとエレナに賛辞されたナターシャも顔を赤らめ――彼女は、まだ興奮が抜けきっていなかったせいもあった。

 なにしろ、ブレアに向かって、――いや、他人に向かってあんな大声をあげたのは生まれて初めてのことだったから。普段は、普通の話し声が店内のおだやかなBGMにかき消される彼女の、一生に一度の大声だった。

レディ・ミシェルに、「かっこよかったよ!」と言われてアルフレッドは言葉も失うほど感激していた。憧れのミシェルにかっこよかった、などと言われて、すっかり舞い上がってしまった。

 ルナは、続けてセルゲイに肩車され、最終的にアズラエルに引き渡された。アズラエルに肩車されてもまだリズンが見える。ルナは楽しそうに見えないウサ耳をぴこぴこさせ、クラウドに「――カオス」と呟かせた。

 

 「ただいま〜!」

 デレクが老マスターを背負って、走ってきた。いなくなっていたのは、病院にマスターを迎えに行っていたのか。

 「あそこにリムジン止まってたけど、なに? なにかあったの?」

 「おまえがいねえ間に大事件がだな、」

 「大事件ってなんだい?」

老マスターが、ラガーの店長に聞く。

 

 男たちは、イマリたちが蹴倒して行ったテーブルやコンロを元に戻して、みんなが待っている方へ運び直した。グレンは、受付のテーブルとイス、名簿やらを片付けて、みんなのいるところへ運んでくれていた。メリッサが連絡を終えて、戻ってくる。

 

 メンバーは、これでそろったようだった。

 

 みんなにビールが行きわたり、椅子が足りなかったのでルナはアズラエルの膝上に乗せられたまま。ビニールシートが持ち出され、レディ・ミシェルやリサはそこに座った。

 

 「さ、みんな、仕切り直しだ」

 アントニオのひとこえで、「かんぱーい!」と口々に歓声が上がり、缶やコップが鳴った。

 

 

 やっと、楽しい時間がやってきた。

 

 ルナは、ずいぶんとおなかがすいていたことに、やっと気づいた。

 「ルナ、食え」

 グレンに串を手渡され、はぐはぐウサギ食いしていると、セルゲイが「はい、ジュース」と紙コップを寄越してくれる。

「おまえら、人の女に構うんじゃねえよ」アズラエルが凄むと、

 「てめえはそこで椅子になってろ」

 「串で地面に縫い付けられたいのかい。足を」

 セルゲイは、さっきの大魔王状態が、完全に抜け切ったわけではなさそうだ。怖いセリフに、思わずルナはお肉を喉にひっかけそうになり、グレンとアズラエルも、らしくないセリフを吐くセルゲイを呆然と見た。セルゲイは、自分の冗談が極めてブラック過ぎたのに気づくわけでもなく、串にかぶり付き、「なに?」とのほほん顔でみんなを見る。

 

ルナがグレンに手渡された肉と野菜の串を、瞬く間に平らげ、三本目に突入すると、

 「ルナちゃん。カレー食べる余裕残ってる? カレー旨いよ?」

 と、カレー三皿目に突入しているアントニオに言われ、ルナは慌てて串を置いた。

 「カレー食ってねえの、あと、だれだ?」

 「バグムント、こっちくれ」

アズラエルが、ルナの分も貰ってくれた。カレーの皿と同時に、めのまえに、見覚えのある、ロンググラスに入った真っ白な飲み物が置かれる。「ウサギ」だ。デレクお手製のカクテル。

 「うふ。うふふふ。きれーい♪」

 「不気味な笑い方すんな」

 アズラエルにすかさず突っ込まれ、ルナは頬を膨らます。デレクは、「ルナちゃん、飲みすぎないようにね」と笑いながら言って、ビニールシートに座ってカレーの皿をもらった。

 

 「マジ旨いよこのカレー。隠し味なに?」

 とリサに聞かれ、ナターシャとレイチェルが、「チョコ……かな?」「ココアパウダーだよね?」と自分たちでもよくわかっていない返事を返していた。

ナターシャは、レイチェルやシナモンとも楽しそうに笑いあっていて、ルナもすごく嬉しくなった。レディ・ミシェルはいつのまにか串を五本平らげてい、カレーも二杯おかわりしていた。

 

いろいろあったけれど、やっぱりバーベキューパーティーをやって、良かった。

 

 

 

 盛り上がっているのは、ルナたちだけではない。

 さっきから、エレナとレオナが一緒にいるのが目についたが、そこにカザマとヴィアンカ、メリッサも加わって、なぜかレオナに詰め寄っている。

 

 「いけません貴女! そんな、そんな簡単に、せっかく宿った生命を! わたくしが許しません!」

 メリッサが熱弁をふるっているのは、レオナに対してだ。

 エレナとレオナが一緒にいたのは、話の流れで、レオナも妊婦だというのが発覚したからだった。彼女たちは互いの予定日だの、通っている病院だのの話をしていたのだが、やがてそこへ、カザマとメリッサ、ヴィアンカが加わった。

 聞き捨てならないセリフを聞いたからでもある。

 レオナが、ことあるごとに、「あたしはおろそうと思う」などというからだ。

メリッサだけではない、エレナも、カザマも、ヴィアンカも、レオナの「おろしたい」発言には猛反発した。

 あの、メスライオンと言われるレオナが、同じくメスライオンのような女たちに詰め寄られて泡食っている様子を見て、夫バーガスもアズラエルたちも、噴き出した。

そうそう、見られる光景ではない。

 

 「ダメです! そんな、おろしたいなんて。経済的事情があるわけでもなく、貴方は健康そのもので、旦那様も望んでらっしゃるお子さんなのでしょう!? いけません! 私が許しません!!」

 「……や、あ、あのさ、だってあたしは、四十で、初産で……、」

 「なにいってンのさ! あたしはまだ二十四だけど――もう二回もおろしちまってる。医者には、もう生めないかも知れないから覚悟しとけって言われてたんだ! でも、こうして孕んだから……、だから、あたしは誰の子かしらないけど、生みたいと思ってる!」

 エレナが力説すれば、メリッサも言った。

 「わたくしも難産でした! ですが――!」

 「え!? あんた子供さんいるのかい!?」

 「いなきゃここで力説などしていないです!」

 メリッサには、三歳の娘がひとりいる。

 「わたくしも妊娠しにくい身体なのです! 子どもは諦めていましたが、でも、妊娠することができました。この宇宙船に乗って――」

 「……あんたは、まだ二十代だろ? だから大丈夫なのさ。あたしはやっぱり、自信がないよ……」

 「この宇宙船の中は、こどもを生む女性にとてもよい環境です。わたくしも宇宙船内で生みましたよ」