カザマが勇気づけるように励まし、エレナが、

 「あたしも不安だよ。だけどさ、一度、一緒にママ会とか行ってみないかい? 気が変わるかもしれないよ?」

 「あたしみたいな女がママ会なんて――似合わないよ」

 男が入ってきたって、びっくりされちまう、とレオナは沈んだため息を漏らす。どうも、妊娠してから気分が浮かないらしい。

 「そういう方も、いるんですよ」

 カザマは優しく言ったが、

 「何を言ってんのよ!!」

 ヴィアンカが、レオナの背中をバシッと一発叩いた。

 「あたしなんか四十二よ!! あたしもいっぺん流産してるからね。ちゃんと生むのはこれがはじめて!」

 「えええ!!???」

 ウィスキーのボトルを一気飲みしているヴィアンカに、女たちの絶叫が重なった。

 

 「あ、あなた、ヴィアンカ!! 妊娠していたの!?」

 カザマが驚いて、ヴィアンカからボトルを取り上げた。

 「妊婦がそんな威勢よく飲んで、どうするの!!」

 「だいじょうぶよ、あたしは酔わないから!!」

そう言ってボトルを取り返そうとするヴィアンカに、メリッサが、「バカをおっしゃい! 貴女が良くてもおなかのコが……!」と、カザマと一緒になってヴィアンカを妨害する。

 ジュリが、「すごいねえ〜〜。エレナよりすごいひとがいた〜〜、」と、ヘンな感心をし、

あたしも、妊娠分かってからも酒は時々飲んでたけど、あんな飲み方はしなかったよと、エレナも呆れた。

 

 レオナは、女三人のボトルの奪い合いを呆気にとられて眺めていたが、やがて、腹を抱えて笑い出した。そして地面に手を打ち付けてヒーヒー笑い、

 「――なんか、あんたら見てると、悩んでる自分がアホらしくなってくるわ」

 「行け!」

 ヴィアンカが取り返したボトルをレオナに向けると、レオナはグラスを出した。ヴィアンカがそれに注ぎ、レオナはぐーっと飲みほし、「お、おい、」と夫を慌てさせた。

 「カーッ! 旨い! 旨い酒だねえ!!」

 「だろ!?」

 ヴィアンカは最終的にメリッサにボトルを取り上げられたが、レオナに向かって指を立ててみせる。

 「もう……この方々は」

カザマは呆れ顔で呟き、「ヴィアンカが酒乱だとは思いませんでした」

 

 メリッサは、エレナに向き直って、とくとくと説教した。

 「あの女の真似をしてはいけませんよ。絶対に。特にアルコールは、妊娠中はいけません」

 真似しようと思って、できるものではない。

 

 

 レオナとヴィアンカががっちり腕を組んでがははと笑っていると、ふたりは急に、周囲がしんとなり、自分たちを大きな影が覆っていることに気付いた。

 ふたりは酒がまわった頭で、ゆっくりと後ろを見ると、ラガーの店長が、神妙な顔でふたりを――いや、ヴィアンカを、覗き込んでいた。

 むさくるしい顔がドアップになり、ヴィアンカは思わず押しのけていた。

 

 「おめえ……、」

 ラガーの店長は、急に泣きそうな声になった。

 「おめえ――そりゃあ、誰のコだ」

 それを聞いて、ヴィアンカは顔色を変えた。

 「てめーの子供に決まってんだろ!! このボケナスっ!!!!!」

 

 平手打ちではない、雌ライオンパンチがラガーの店長の横っ面にとんだ。だが、ヴィアンカは頑丈な壁にぶち当たった痛さに悶絶する羽目となった。なんという分厚い面の皮だ。ラガーの店長は、首だけは横を向いたものの、へこんでもいず赤くもなっていない顔を、ゆっくりと正面に戻しながら――、

 

 「お、俺? 俺の子?」

 と呆然と呟き、「ほ、ほんとうか!」と吠えた。まさしく、野獣が吠えた。

 ヴィアンカのパンチは、カでも止まった程度か。

 

 「あんたの子でなきゃ誰の子だよっ!? バグムントか!? クラウドか!?」

 

 思いもかけず犯人に割り当てられたバグムントとクラウドは、

 「お、俺じゃねええっ!!」「俺じゃない!!」と真っ青になった。

 俺は無罪です。寝てもいないのに子供はできません。と、ふたりとも顔が雄弁に物語っていた。

 「ミシェル!? 違うからね!! ほんとに違うからね!!」

 「ちょっと待て! いくら女のコすべてが天使に見える俺でも、おまえみたいな野獣に手を出す度胸は……、がっ!!」

 バグムントの顎に、ヴィアンカの投げたビール缶がヒットした。

 

 

 クラウドだけは、ヴィアンカの変貌ぶりに、遠い目をした。彼はすでに一度、そのすごいありさまを経験している。

 

 妊娠のことも、すでに聞いて知っていた。ラガーの店長と……、というのにはクラウドも聞いたときは驚いたが、マリアンヌがラガーに、カサンドラとして通っていたときからのつきあいらしい。マリアンヌの動向を見守っていたのは、ロビンだけではなかったということだ。ヴィアンカに頼まれ、ラガーの店長もマリアンヌの身柄を守っていた、ということになるのか。

そして、ヴィアンカとラガーの店長も、最初はそういう仕事上の話からつきあいが始まったが、やがて男女の仲になった、というのがヴィアンカの説明だった。

 もう、そういう色っぽいことは諦めてたっていうのにね、とヴィアンカは笑っていた。

 にしても、ラガーの店長は、あのヴィアンカの酒乱ぶりを見てもまるで動じなかったらしい。それどころか、彼が彼女にメロメロなのは、見て明らかだ。

 (……大物だよな。オルティスも)

 というより、軍事惑星の男は、一度惚れたら相手がどんな悪癖を持っていても、なにをしても、可愛いと思ってしまうタチなのかもしれない。

 (俺も、……ミシェルがあれだけ酒乱でも許せるもんな。ミシェルだからだけど)

 アズラエルも、ルナのカオスっぷりにたまについていけなくても、いまだにベタ惚れなのはかわりがない。

 

クラウドがヴィアンカと最初に飲んだ時は、マリアンヌの話が主体だったので、ヴィアンカもクールな態度を崩さなかった。けれど、二度目に会って飲んだ時は、ヴィアンカの本性が出た。

 伊達に、L4系で修羅場をくぐってきたわけではない彼女は、酒が入るとまさしく阿修羅になった。今思い出すだけでも、恐ろしい。

 

 エーリヒ、彼女は諦めろ。

 

 クラウドは、心の底からそう思ったものだが――。

 

 

 「お、俺の子――俺の子……、」

 

 ラガーの店長は、ぶつぶつ呟いていたが、

 「きゃあっ!?」

 突然、ヴィアンカを抱き上げて、キスの雨を降らした。

 「ヴィアンカ〜〜〜〜!!!!!」

 

 ヴィアンカだって小柄なほうではないのだが、二メートル級のラガーの店長に抱えられては、まるで人形のようだ。

 

 「お、おめえっ! なんで黙ってたんだー!!!!!」

 ラガーの店長が泣きべそをかく。

「俺が認めねえとか、別れるとか思ってたのかよっ! それとも、黙って生むつもりだったのか!?」

 「い、いや、そんなんじゃ、」

 「ヴィアンカー! 愛してるぞー!! 結婚だ結婚!!」

 むちゅう、と音がしそうなくらいの熱いキスも、コメディにしか見えないのはラガーの店長とヴィアンカだからだろうか。ヴィアンカは、ラガーの店長の腕(※かんぬき)の中で、もがもがと暴れている。

 「愛してるー、愛してるぞヴィアンカあああー!」

 周りの騒々しい喝さいの声も無視して、ラガーの店長はヴィアンカに頬ずりする。

 

 「こ……これだから、軍事惑星の男だけは嫌だったのに……、」

 

 ヴィアンカの、苦しそうな声も聞こえず、ラガーの店長はハートマーク付きの「愛してる」をえんえん繰り返し、周囲から「おめでとう」だの、「結婚式はいつだ」だの、歓声が浴びせられていた。

 

 仲間たちに頭からビールをぶっかけられながら祝福されているラガーの店長を尻目に、逃げ出したヴィアンカは、雌ライオンの集まりにもどって心安らかに飲み始め、再びメリッサに酒を取り上げられた。