「じゃあ、あたしは「ガラスで遊ぶ子猫」だから、ガラス工芸が天命?」

 ミシェルがカードを眺めながら聞くと、サルディオネは、「う〜ん、」と唸った。それから、「……ほんとは、あんたは、あまりこの占いにこだわらないほうがいい」と言った。

 「占いで見なくても、あんたの今世は成功が約束されているからね」

 「ええーっ!?」

「すごいじゃんミシェル!」

 シナモンやレイチェルも、驚いた顔で叫んだ。

 

 「や、約束って――」

 「だから、あんたは「成功する」。あんたがたとえば軍人なら、軍人としての栄誉を極める、あんたが芸術家なら、芸術家としてのかなり高い栄誉を極める。……そういうこと」

 「じゃあ、あたし、ガラス工芸で成功できるってこと?」

 「いや、ええとね……、」

 サルディオネは言い方を考えているようだった。しばらく考え込んだ後、

 「あんたはいま、その最終的な成功への道の途上にいる。だから、ひとつにこだわらないほうがいいんだ。……あんたは、「羽ばたきたい孔雀」の作品が好きなんだね。彼女の作業場を見たいと考えているんでしょ?」

 ミシェルは目をぱちぱちさせた。

 「アンジェラって、『孔雀』? かっこいい……」

 いや、じゃなくてなんでそれが分かるの!? とミシェルは遅れて突っ込んだ。

 

 「あんたは、本当は、彼女に深入りしない方がいいんだけど。彼女とは生きる意味も目的も、芸術に対する考え方も違う。だから、できれば彼女のいちファンでいたほうがいいんだけどね。彼女に接しすぎるとあんたはたぶん、そのせいで、自己嫌悪に陥ってガラスを見たくなくなってしまう」

 「ええっ!?」

 「だからね、今言うことじゃないのさ。たぶん今言ってもあんたには意味が分からない。自分のカードの意味を、よく考えてみることだね。それから、あたしからのアドバイスは」

 サルディオネは、エレナを指さした。

 「もし、孔雀の工房で彼女と鉢合わせたら、なにもせず帰ることだ。「ガラスで遊ぶ子猫」でいたかったら、帰ること。いいね。……あの黒猫があんたに危害を及ぼすんじゃないよ? あの黒猫とは個人的に親しくなれるが、でもずっとあとのことだ。あの黒猫はあんたのよき『ライバル』の位置にあるから」

 「う、うん――」

 「カードの意味は、自分の彼氏とじゃなく、ルナとお考え」

 

 「さ、ここまでですよ。お嬢さん方」

 メリッサがストップをかけてきた。

 「サルディオネ様はご自分の悪い癖を分かってらっしゃるようで、ぜんぜんわかってらっしゃらない」

 「そのとおりだねメリッサ。もうやめるよ。ごめんごめん」

 

 ミシェルもカードをバッグにしまい入れていると、ふっと肩越しに人の気配を感じた。ここまで至近距離に接近してくる、ガタイのいい男などクラウドしかいない。

 ひとまえでキスとか、ベタベタ触ってくんなって言ってるのに……!

 ミシェルがイラッとして振り返ると、そこにいたのは。

――シートに腰かけて、ミシェルを両腕で包むようにして顔を覗き込んでいるのは、ロビンだった。

 

 「お、お、お、お…お久しゅう……」

 ミシェルはあまりのことに狼狽え、おかしな挨拶をした。

そうだ。朝は逃げ、さっきはイマリたちのごたごたで、スルーするのに成功したが、L18の男は、そう簡単には引かない。それを知っていたはずだった。

ロビンはにっこり笑い、

 「お久しゅう? さっき会ったよな? ビール飲みながら、俺を思いっきり蹴飛ばしてくれた」

 シナモンが、うしろで「誰!? だれ!?」と息巻いている。シナモンは、さっきの占いの結果は、すべて頭からスッポ抜けたらしい。

 ――新しき、いい男の登場に。

 

 ロビンはごつい作りの指輪をはめた指で、そっとミシェルの頬を撫でる。

 「……しばらく会わないうちに、またキレイになったんじゃないか……?」

 ミシェルはあわててクラウドを横目で探すが、彼はいない。あきらかにクラウドを探しているのが分かるミシェルに、ロビンは意地悪く笑った。

 

 「昼間、俺を避けたろ」

 「!?」

たしかに、ロビンの姿が見えた途端に、自分は逃げた。

 「さっきもな。俺が、ミシェルみたいにキュートな子を、カンタンに諦めると思ってンのか?」

 諦めてくださって結構です。

 ミシェルは言いたかったが、尻で退って逃げるうちに、シートの限界まで来てしまった。

 

 「……しょうがねえなあ。まだ、お嬢ちゃんなのか?」

 俺と一度は寝たのに? ロビンの口の端が弧を描いて笑う。

 「そういうところも、……俺はたまらなく好きだけどな」

それにしてもいい声だ。

ミシェルは思った。あっちでシナモンが悶えているのを他人事として眺めながら。クラウドの甘いテノールもいいけど、このアズラエルに近いバリトン系の声も。いつもヘンに明るい彼だから、今まであまり気にしなかったけど、今日は、……なんだか声も低めで、トーンもテンションも低め。

 ちょっとうっとりしかけたミシェルは、正気に戻って、あわててめのまえの頑丈な胸板を蹴飛ばした。

 「お嬢ちゃんです! お嬢ちゃんですのでこれ以上口説かないでください!」

 「ひどいな……蹴るなよ」

 「ひいい!?」

 ロビンは、ミシェルの腰に手を回し、ひょいとすくい上げるように抱き寄せた。膝を立てたままの体勢で、ミシェルを横抱きにする。そうされると、ミシェルは後頭部からシートに激突しそうになる。ロビンに抱えられていなければ――。にやっと笑って、彼はミシェルの顔に、自分の顔を近づけた。

 

 「男が真剣に口説いてるとき、茶化すのはお嬢ちゃんの証拠だ」

 相変わらず気障だが、このあいだみたいに笑えないのは、キリリとしたイケメン仕様のせいだからだろうか。

 あのムスタファのパーティーで、酔っぱらったミシェルに話しかけてきたときよりもっと――。

 「女にしてやろうか……? 俺が――、」

 

 ミシェルではなくシナモンが後ろで悶絶しているのだが、ミシェルはそれどころではなかった。ロビンの真後ろにアズラエルがぬっと立ったのを見て、目だけでアズラエルに助けを求めた。

 「おいロビン」

仕方なく、アズラエルは同じ会社の先輩を蹴飛ばした。

 「なんだ。足グセ悪いなアズラエル」

 「命中するぞ」

 これも親愛なる先輩の、大切な命のためだ。アズラエルが示した先には、クラウドがロビンめがけて銃を構えていた。