「あっ! ユミコちゃんだー!!」

 「ジュリさん! お元気そうで!」

 ジュリとも知り合いなのか。

 

 「あ、あの、――あのときの、男のほうはどうなったんだい?」

 「ああ」

 エレナは、ユミコの名は覚えていても、男の方の名はすっかり忘れてしまったのか。そのことに苦笑もしながら、ユミコは少し言いにくそうに、

 「彼はL6系担当の役員の研修中です。L4系の担当にはもうなれませんし、研修の期間も延ばされちゃったんです。でも彼はやめないそうです。三年後にまた試験受けるそうです」

 「そうかい……」

 「あたしは、L4系の担当試験でも一応合格したんですけど、やっぱり自分にはまだ早いなって、あのときL44のエアポートで思ったんです。腹が立ったからって、お客様の前であんな言い争いしちゃうなんて……。あのときは不愉快な思いをさせてしまってごめんなさい」

 「不愉快なんて――あんたは、一生懸命やってくれたじゃないか」

 

 今だから言えることだが。

 あのときは、自分の母親も中級娼婦だった、と告白した研修中の役員のことを気になってはいたが、自分のことでいっぱいいっぱいで、かける言葉すらなかった。

 

 「驚いたよ。こんなとこで会えるなんてさ」

 「マックスさんに声をかけてもらったから、来れたんです」

 マックスが、エレナたちに会わせようと思って、彼女を連れてきたに違いなかった。エレナは、「マックスさん、ありがとう」と礼を言った。

「あたし、あんたにもう一回会いたかったんだ」

 「私もです」ユミコも微笑んだ。

おじいちゃんは、そんな若い者たちをにこにこ眺めている。

 

 「あ、あのね、これ見て――」と、エレナはポケットから携帯を取り出した。

 ブルーのラメ入りで、ルーイお手製の黒猫をデコレーションした、携帯電話。

 「びっくりしちゃった。ほんとうにあたしも持てるんだね。これ、いまあたしの宝物なの」

 「あたしもあるよっ!!」

 ジュリもポケットから出した。マスコットがジャラジャラついた、赤いラメの携帯電話。

 「うわ、素敵……! よかったですね、凄いかわいい! この猫!」

 「さあさあ、皆、積もる話は、席に着いてからにしよう」

 マックスが笑って言い、彼らは、役員たちが座っている方へ歩いて行った。

 

 「エレナの知り合いで、あんなお嬢さんがいるなんてねえ」

 カレンが名簿にサインしながら呟いた。「どんな関係なんだろ。あとで紹介してもらおっと」

 サインをし終わり、ルーイにペンを渡す。

「ねえルナ。サインしたらこのカードもらってもいいんだろ?」

 「え? いいけど、」

 「こんなペンがあるんだね。3Dになるなんて。カードも可愛いし。あたし、もらっていくからね。あ、ジュリとエレナの分もサインしといたよ。みんな酒飲むしさ、会費、これでいいんだっけ」

 「あ、ありがとう」

 六人分の三万をまとめてカレンは出したので、ルナは受け取って袋へ入れた。

 

 「それから、ビール二箱、持ってきたから」

 みんなで飲もうぜ、とルーイが言った。ラガーの店長に預けてきたそうだ。

 

 「うわあ、ありがと!」

 「つうかさ、ルナは食ってねえの? アズラエルやクラウドたちはどうしたんだよ。バーベキューパーティーって言うからさ、もうみんな盛り上がってると思って来たんだけど。知ってる顔ぜんぜんテーブルにいねえし。ルナもずっとここで受付してなきゃいけねえのか?」

 ルーイに聞かれ、ルナは、正直に首をかしげた。ルーイの言うとおりだ。いまごろみんなでお肉を食べているはずだったのだが。

 

「う、う〜ん。なんでこんなんなっちゃったのか、よくわかんないんだ」というと、「おいおい」とルーイが笑った。

 「何か、俺たち手伝うことある?」

 「ううん。だいじょうぶ。みんなそろそろ落ち着くと思うんだ。買いだしとかいってるの帰ってこれば。ルーイたちは空いてる席ではじめてて。あたしたちも行くから」

 「なにかやることあったら言えよ?」

 「うん、ありがと」

 ルナは、ひとつお願いした。

 「少しルーイたちの席でお肉焼いて、ビールと一緒にラガーの店長さんに持ってってくれないかなあ。たぶん、まだおにく食べてないと思うんだ」

 「OK。それとさ、この受付、もっとあっちの、みんなでバーベキューやってる近くに置いたらいいんじゃねえの?」」

 「うん。最初はそうだったんだけど、みんな道路通ってくるから、ちょっとここだと会場に遠いけど、道路間際に置いたほうがみんなに気付いてもらえるってリサが言うからさ。最初の位置だと、見つかりにくいって。みんな、受付っていうのがあると思ってなかったみたいで、最初に来たカザマさんも、まっすぐリズンのほう行っちゃって、慌てて呼び止めたの。みんなにリズン前って言ってあるから、たいていここ通ってくれるから」

 「あたしもこんなちゃんとしたやつだと思わなかったよ。持ち寄って酒飲むのかなーって思ってたから。でも、人数多そうだから、これだけきちんとしたほうがいいかもしんないね」

 

 ルナは、きょろきょろと周囲を見渡した。

 

 「それで、セルゲイは? グレンは?」

 ルナが聞くと、ルーイが、

 「セルゲイはさ、もう中入ってる」

 「ええ!?」

 会いに来てくれないなんて。やっぱり、チラシカードで機嫌を損ねてしまったのだろうか。

 「違う違う」

カレンが大笑いした。

 「あたしら、あっち側から来たからさ。道の途中でバーベキューやってる役員の一団と鉢合わせするわけ。あン中にあたしらの担当役員もいてさ、セルゲイ、仲いいから引っ張り込まれたってわけ。もう、けっこういい気分になってるよあそこら辺」

 「そうなのかあ」

 「あのチラシカードはみんなで爆笑したよ。どうせアズラエルだろ。セルゲイはあとでルナの顔は絶対見に来るよ。セルゲイの分もサインしてった方がいい?」

 「うん」

 「つうか、あんたもさ、あたしらのとこにあとで絶対きなよ?」

 「うん」

 

 「――で? セルゲイが来れば、俺はいいのか? 拗ねちゃうぜ?」

 

 後ろから声がして、ルナはぴーん! とウサギ耳を立たせた。背後から、ルナに覆いかぶさるようにして受付のテーブルに大きな手を置いたのは、グレンだった。

 ペンを持ち、ルナの背後から名簿に自分の名を書く。

 「い、いつからいたの!?」

 「エレナが走ってくる前から」

 ようするに、最初からだ。全然、気づかなかった。

 「ルナ、グレンが後ろでずっとニヤけてんのに、ぜんぜん知らないふりしてるからさ。わざとかと思ったぜ」

 ルーイが笑いながら言ったが、ボケウサギにそんな芸当ができるわけはない。

 

 「じゃ、あたしら、バーガスたちの席に行くかな」

 「げ。メフラー商社の連中と一緒かよ。俺はいい」

 「そんな風に言うなよ。まあアンタの場合仕方ないけどさ。チャンがさっきアンタを引っ張り込もうとしてたじゃない。アンタそっちいって飲んでる?」

 「いや。俺はルナとここにいる」

 グレンが、ルナの隣の椅子に腰を下ろす。グレンが座ると携帯椅子が小さすぎてしかもなんだかみしっといった。壊れなきゃいいのだが。カレンとルーイはルナに手を振り、バーガスたちのほうへ歩いて行った。

 

座るなり、グレンはルナのほっぺたにキスをした。

「グ、グぐぐグレン!」

「うまそうなうさちゃんだな。丸焼きにして食っちまいてえ」

トラが言うと、洒落にならないのだが。

「お、おなかすいてるならあっちにおにくがいっぱいあります……」

「俺はウサギ肉が……、」

「あたしは食用じゃないよう!」

グレンがふざけてルナのほっぺたをぷにぷにしてくるのだが、ルナは頬を目いっぱい膨らませてそれに抵抗した。グレンとふざけているうち、ようやく気分が晴れてきた。

 

 「ていうかルナ。このパーティー、招待客だけでやるんじゃねえのか?」

 「え? う、うん。そうだよ」

 招待客のお友達はOKだけど。

 「この受付通らねえと入れないんだろ? あそこの家族連れ、どう考えてもだれかの友人じゃねえぞ。あとで金払えばいいとかいって、勝手に肉焼いてたぜ」

 「ええっ!?」

 ルナは思わずぴょこん! と立ち上がった。

 あの家族連れは、ルナは知らない人間だ。誰かの友人だと思っていた――でも、受付を通した覚えもないし、招待状を渡した誰かと一緒なわけでもない。

 まさか、そんなことになっているとは。

 もしかして、あのカップルと十人組もそうなのか?

 そもそも、このてんてこ舞いはあの不明なひとたちが原因なのに。