「イマリさん!」 ルナは、バカ騒ぎをしている十人グループのところまで来て、叫んだ。 近くまで来てみればすぐわかった。この十人は知らない顔ではない。いつもイマリたちと一緒にいる、ヤンキーの集団。 イマリは一度ルナをちらりと見たが、無視した。バカ騒ぎしている十人のだれもが、ルナたちのほうを見ない。 「イマリさん!」 ルナはもう一度呼んだが、イマリもほかの人間も、だれも返事をしない。まるで無反応だ。 「ちょっと! 返事くらいしてよ!」 ルナは叫んだが、彼らはわざと無視しているのだ。腹が立って、ルナはついに剣呑な声で怒鳴った。 「誰に断ってここでバーベキューしてるの!? 今日のはリズンのイベントじゃないよ! あたしたちがパーティーしてるの。あんたたち呼んだ覚えないよっ!!」 「おいっ!! お前らいい加減にしろよっ!!」 無視し続ける彼らに、アルフレッドが、もう我慢できない、と言った風に怒鳴った。それでも彼らは、ルナたちを無視し続け、騒ぎ続ける。 「ブレア! ブレア、話を聞いて!!」 ナターシャも叫ぶが、ブレアもビール缶に口をつけたままこちらを見なかった。 アルフレッドが、「おいっ!!」と叫んで、ヤンキーの男の一人の胸ぐらをつかんだが、弾き飛ばされた。小柄な方の彼は、簡単に飛ばされて尻もちをついた。あわててナターシャが駆け寄る。 「今日のバーベキューはリズンのイベントなんかじゃないです! 出ていってください!」 ルナが断固として叫んだが、「うざいよあんた」と女の一人が、空き缶をルナに投げつけてきた。タバコの吸い殻と、ビールの飲み残しが入った空き缶がルナにぶつかって、エプロンも袖も汚れた。 離れたところで見ていたアズラエルが殴りこもうとしたのを、カレンとルーイが慌てて止めた。 「アズラエル! おまえなにもしねえっていったろ!」 レディ・ミシェルとリサは、クラウドが持ち上げていたので、彼女らは足をバタバタさせるしかなかった。リサが串を奴らのほうへ投げようとしたので、クラウドは、一度彼女らを降ろして串を取り上げねばならなかった。 レオナを止めているのはバーガスで、エレナとジュリはラガーの店長が両腕でわしづかみにしていた。二人の男は言った。「妊婦はおとなしくしてろ!」 「帰って!」 ルナが怯まず叫ぶ。 「お前らなんか呼んでない! 早く帰れ!!」 とアルフレッドも怒鳴り、 「そうよ、帰って!」 ナターシャも精いっぱいの大声で叫んだ。 「……ンだよ」 やっと男たちがルナたちのほうを向く。 「おいブレア! これリズンのイベントなんだろ!! バーベキューしていいんだろ!」 「あたしはそう聞いたけどー? 姉さんに」 ナターシャは、驚いて叫んだ。 「あたし、そんなこと言ってないわ!!」 「言ったー」 「ウソよ!! 言ってない!!」 「言ったよバーカ」 「じゃあ金払えよ! いくらリズンのイベントだからって、金払わずに食っていく気かよ!」 「えー? 姉さん払っといてくれるでしょ?」 「ふざけんなよブレアおまえ……!!」 「だって俺たち金持ってきてねえぞ? そこの女の招待だっていうから」 「……こじれてますね。私が行きましょうか」 チャンが眼鏡を押し上げて言うが、「せっかくルナちゃんたちが勇気出してんだ。もうちょい待ってみろ」とバグムントが止めた。 「それより……、」 ヴィアンカが、空を見上げて言った。 「なんだか、雲行きがすごく怪しいんだけど」 言われて、みんなも空を見上げた。さっきまでバーベキュー日和だった晴天が、一気に翳って、ゴゴ、と遠くの方から雷鳴の音さえ聞こえてくる。 「いやあねえ。せっかく晴れてたのに」 「あ、……あ、まずい……!」 アントニオが慌てて呟き、ルナたちのほうへ駆けて行った。だれも、アントニオのつぶやきは聞いていなかった。 「うざいんだよ、ムカつくんだよあんた。最近調子乗り過ぎなんじゃない? 軍人、彼氏にしたからって」 イマリやそのほか数人の女が、ルナを囲んでいた。 「チョーシこいてんじゃねえよ。ブスのくせに」 ルナは、どつかれても、きっと睨みあげるだけだ。 「お金払ってとっとと帰って!」 「うるせーよ!」 「やめなさい」 ルナを突き飛ばすイマリの腕が、大きな手に掴みあげられていた。 「ルナちゃんの言うとおり、お金を払って帰りなさい」 「な、なにすんのよっ!!」 イマリの腕を掴んでいたのは、セルゲイだった。 「なにすんだ、てめえ!」 イマリの彼氏だという男がセルゲイに掴みかかったが、イマリごとセルゲイは、男を跳ね除けた。ガシャンっ! という荒々しい音がして、バーベキューコンロがひっくり返り、「あちいっ!」と男が悲鳴を上げる。 ルナはびっくりして、セルゲイを見上げた。セルゲイがこんな乱暴なことをするとは思ってもみなかったからだ。跳ね除け方もぞんざいで、わざと、彼らをバーベキューコンロのほうに投げ飛ばしたように見えた。 「いたいじゃないっ! 役所に言いつけるからね!!」 イマリは男が下敷きになったおかげでコンロにはぶつからなかったが、キイキイ声で、わめく。 「勝手にすればいい」 いつものセルゲイより、重々しく、低い声が――まるで、セルゲイの声ではない声が、口からラジオのように流れているような気がした。ルナは、怖くなった。 「いってえ! 火傷した!!」 「きゃあ! だいじょうぶ!?」 「信じらんない! なにすんのよあんたっ!!」 十人組はいっとき騒然となったが、女たちはわめき散らし、男たちは空威嚇をするばかりで、一向に動かない。セルゲイの迫力に気圧されているのはあきらかだ。 「……はやく帰れ」 セルゲイが告げる。だが、イマリは興奮気味に騒いだ。 「やだ、怪我してる! 服焦げてる! サイアク!! 役所に行ってやるから! 絶対言ってやるから!!」 「黙れ」 「きゃあっ!」 パアンっ! と、もう一つのコンロの炭が弾けた。炭はパチパチと爆ぜるときがあるから、一見しては何の不自然もない。だがルナにはそれが奇妙に感ぜられた。まるでコンロ内で小爆発でも起こったような激しい爆ぜ方だ。 弾けた炭は、さっき、ルナを「ブス」と罵った女の顔を直撃した。飛び散った炭は、彼女だけではない、周囲の連中にもぶつかった。むろん、ブレアにも。 「いたい! いたい、いたい! なんなのよ急に!」 「――帰りなさい」 セルゲイはもう一度言った。 そして、ルナに向かってはこっそりと、優しく言った。まるで、兄妹の、内緒話でもするかのように――、 「ルナを罵った女は、ふた目と見られない顔にしてあげる」 そういって、不敵に笑った。アズラエルをさっき大魔王とか言ったが、大魔王が本当にいるなら、こういう顔だ。 セルゲイじゃない。こんなの、いつものセルゲイじゃない。 ルナが蒼ざめて、首を振ったとき――。
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