そういえば、ルナはアズラエルから「結婚しよう」と言われたのは、付き合い始めのころ――ほんとうに冗談の延長のように言われた、あれだけだったと思い出した。 アズラエルは、毎日、飽きるほど「愛してる」は繰り返すが、そういえば、指輪もネックレスも、恋人の証のようなものはなにひとつルナにくれたことはなかった。 ミシェルは、クラウドからすでに婚約指輪はもらっているし、おそろいのネックレスも、――そうそう、アンジェラの作だという、おそろいの綺麗なグラスもルナは見せてもらった。 貯金を全部はたいて買った、お気に入りだというペアグラス。 ミシェルとクラウドはおそろいが多くていいなあ、とルナは思った。 カップもおそろい。おそろいの模様のニットもある。色違いでおそろいのスニーカーも。 ルナとアズラエルは、おそろいをつくるには、あまりに好みが違いすぎた。さっきのライオンのパジャマ然りである。似合うものも違いすぎる。ルナの部屋にあるものでアズラエルは我慢するため、二人で新しく食器を買いにいったりということもなかった。 アズラエルとおそろいのものは、ひとつとしてない。 リサも指輪はしている。婚約は関係なさそうだが、メンズ・ミシェルとおそろいの。キラはもう、言わずもがなだ。 エレナも、ルーイの求婚に、あまりいい顔はしていないが、それが照れ隠しなのだということも分かる。「生活に困ったら質屋に売る」と言ってしていたサファイアの指輪は、ルーイからの愛の証だった。 アズラエルが何もくれない、というわけではない。ルナが食べたいと言えばケーキもすぐ作ってくれるし、服も雑貨も、最近はよくアズラエルが買ってくれるので、ルナの貯金は貯まる一方だ。おそらく、アズラエルは、ルナが欲しいと言えばなんだって買い与えそうな気もした。 ルナが嫌がらなければ、あの、エッチしたばかりのころのお姫様扱いを、素でやるだろう。ルナは最近、じぶんひとりのときしか自分で髪を洗い、乾かしたことがない。ぜんぶアズラエルがやってくれるからだ。 そういう甘やかしの態度は、なにひとつ変わらない。 「んんんんん?」 アズラエルは、あまりアクセサリーの類はつけない。だから、もしかしたら気づいていないのかもしれない。ルナが欲しいと言ったら、くれそうな気もするが。 (う〜ん……?) 指輪とか、結婚しようの言葉があるなしで、アズラエルの愛情をはかるのもおかしい気がする。アズラエルはルナを好きでいてくれる。 ゲロ甘なくらい。 エッチをしないのも、じぶんがあのころ、「だめです」と言い続けてしまったせいかもしれない。 ――今度は――たまには――はじめてだけど――自分から、誘ってみようか。 ルナは、ここがK36の部屋で、ひとつ屋根の下にミシェルとクラウドがいることも忘れて、そう決心した。 本当にシャワーを浴びた後か? というようなさっきと変わり映えのしない格好で、アズラエルが戻ってきた。アズラエルがベッドに乗ると、かすかにミントの香りがする。アズラエルのシャンプーの匂い。ちゃんとシャワーを浴びて、髪も乾かしてきたらしい。 「なんだルゥ。寝てねえのか?」 ルナはベッドの上でぽてりと座ったまま、頷いた。 「寝てないです!」勢い良く宣言したのに、「お、おお?」とアズラエルがびっくりしたような声を返す。 「元気だな。もう夜中だぜ」 そういって、毛布に潜り込んだ。「ほら寝ろ。オコチャマは寝る時間だろ」 アズラエルはやはり、今日もルナとエッチをする気はないのだ。 そうなれば、やはりここは、ルナから行かねばならぬだろう。ルナは、決意も固く、正座したまま言った。 「アズ?」 「あ?」 「アズとエッチをしようと思います!」 アズラエルが、固まった。驚いた顔でルナを見た。 「――は?」 「は、じゃないです。エッチをするの!」 「うお!? おい、ル――」 アズラエルの制止の声も間に合わず、ルナの小さな体がぶつかってきた。唇と一緒にだ。風呂からあがってだいぶ経つので、ルナの身体は冷えていた。その冷たいやわらかい身体が、アズラエルには心地いい。 アズラエルはキスに応じた。口を開くと、ルナの舌が遠慮がちに入ってくる。 (――相変わらずヘタだな……) そこが可愛いと言えば可愛いのだが。 どうした。いったい、どういう風の吹き回しだ。 ルナからキスをしてくるのは、滅多にない。 アズラエルがルナを抱かなかったのは、それなりの理由あってのことだったのだが、ルナにも人並みの性欲はあったのかとアズラエルは少し安心した。 こうして、ルナから求めてくれるというなら、禁欲も悪くない。 決して、こういう展開を予想して、抱かなかったわけではないのだが。 アズラエルは、遠慮がちなルナの舌をからめ捕ると、キスはこうだ、というように一気に口内に引き込む。ルナの鼻にかかった声、久しぶりに聞く。ルナの舌をがむしゃらに舐めつくし、アズラエルはルナの久しぶりの甘い唇と舌をたっぷり堪能してから、やがてルナが口を離すのを待った。 足が震えているが、ずいぶん堪え性が身に着いたものだ。まえは、これだけ深いキスをすれば、腰を抜かしていたのに。 「ふは、」 ルナがアズラエルの顔を両手で挟んだまま、顔を真っ赤にし、目を潤ませて口を離す。その目はしっかり期待にトロけていた。アズラエルが腰を撫ぜると、「……エッチ、します? するの。しようね?」と、ルナが可愛い舌足らずの声で聞いてくる。アズラエルは思わず唾をのんだ。これで食わなかったら、俺も男じゃねえ――が。 「ルゥ……」 アズラエルは、セックスの最中限定の、とびきり甘い声でルナの耳元を擽った。 「抱きてェのはヤマヤマだが、おまえ、隣にミシェルたちがいるぞ? 分かってるよな?」 「へう!?」 そうだった! というように、急にルナが身体を離した。やはり、忘れていたか。ルナは、なにか一つの考えに夢中になると、それ以外はこの小さい頭からすっぽ抜ける。 アズラエルとしては、隣に誰がいようが、抱きたければ抱く。 惜しい気もするが、今日は仕方ない。 「ルゥ。残念だが、ここ一週間はセックス禁止だ」 「!?」 ルナが、見たこともない者を見るような顔でアズラエルを見た。何を考えているか分かるので、アズラエルは嘆息する。 「したくないからじゃねえよ。したいけどな、仕事なんだ。……夜中でも、呼び出しがあったらすぐ出かけなきゃいけねえ。一週間後あたりには、結果が出るから、そのあたりならだいじょうぶだ」 なんだか、アズラエルの安全日を聞いている気分になる。 「お、お仕事?」 「ああ。……この仕事は、終わったらちゃんと話すよ。さ、寝ようぜ。それとも、」 アズラエルはにやっと笑った。悪党面の笑みを。 「……身体が火照って眠れねえってンなら、一回だけならイカせてやってもいいぞ?」 「え?」 「どうする?」 アズラエルの掌が、エロい手つきでお尻から腰まで撫で上げてくる。ルナは鳥肌が立って、慌てて、 「あたしだけは、ヤダ」 ルナが真っ赤になって言うと、アズラエルは「そりゃ、残念だ」と肩をすくめて、横になった。アズラエルとエッチしよう作戦は、あえなく失敗で幕を下ろした。 |