せっかく誘ってみたのに。

でも、仕事じゃ仕方ないよね……。

エッチの最中に呼び出しが来たら大変だもの。

 

ルナが唇を尖らせながら毛布にくるまると、アズラエルがいつものように後ろから抱きすくめてくる。

ルナは、目を閉じた。                                 

 

 

……ルナがうとうとして、間もなくだ。

 

ピピピ、ピピピ、と電子音がする。ルナを抱きしめていたアズラエルの腕が外れた。目覚まし時計の音だろうか、アズラエルが身を起こすのがルナにもわかった。

「アズ……なんか時計なってる」

「ああ、悪い。起こしたか」

それはアズラエルの腕時計からだった。アズラエルはすぐ止めたのだが、横にならず、そのままベッドを降りる。

「ルゥ。仕事だ。行ってくる」

そういって、ルナの頬にキスをして立ち上がった。

「おしごとって、ムスタファさんのところ?」

深夜二時だ。こんな時間に、ボディガードに行かなきゃいけないのだろうか。

「いや、今日のは違う。いいから寝てろ。明日の朝話す」

「危なくないよね、アズ」

この宇宙船は安全な場所ではあるけれど、急にルナは心配になった。

「大丈夫だ」

ルナを安心させるように、アズラエルはもう一度ルナの額にキスをする。そうして、部屋を出て行った。しばらくして、玄関のドアが静かにあき、閉められる音がした。ルナは毛布にくるまって横になったが、眠れなかった。

 

 

アズラエルの仕事用の特殊仕様腕時計が、呼び出しアラームを鳴らしてから三十分後のことである。

セルゲイは、ふっと気配に目覚めた。

 

――なんだ?

 

 様子がおかしい。

具体的にどうとはいえないが、なにかおかしい。

人の気配がする。それも、複数の――。

 

セルゲイは、ベッドから出、そっとリビングへつながる自室のドアを開け、様子を伺った。

気配を消すのは軍事学校の訓練以来だが、セルゲイは優等生だったことは間違いない。グレンが起きているのかと思ったが、リビングにはだれもいない。真っ暗だ。今日はグレンのバイトはなく、グレンもセルゲイもゼロ時まえに寝室に入った。食事は、エレナとルーイの部屋でとった。カレンとジュリも一緒に。寝る直前まで彼らの部屋で過ごしたから、カレンたちは今夜はこの部屋に来ていない。

――なんとなく、見知ったものの気配ではない。

 

グレンの部屋のほうから人の話し声がし、それらが暗がりの中、音も立てずに姿を現した。とっさに、セルゲイは自分の部屋のドアをギリギリまで閉めた。

三人の男が出てくる。

だれだ、やつらは。

Tシャツにカーキのズボン、ブーツ――傭兵?

でも知らぬ顔だ。

セルゲイは、男の一人が肩に担いでいるのがグレンだとわかったところで、青くなった。

とてもではないが、グレンの友人とは思えない。

 

グレンはピクリとも動かず、男の一人に担がれている。眠らされているのだろうか、それとも、殴られて気絶しているのか? グレンの顔はこちらからは伺えない。

セルゲイは、彼らの腰にコンバットナイフがあるのを見て、傭兵だと悟った。二人ならばなんとかなるが、三人はどうだ? 相手はプロの傭兵だ。銃も所持している。丸腰で飛び掛かるのは危険だと判断したうえで、考えた。

去年のクリスマスに話していたことが、まざまざと蘇る。あれは、グレンの叔父のユージィンとやらが、グレンをさらうために寄越した刺客だろうか。

一応、グレンの五体は無事だ。セルゲイはそれを確かめると、自室のベッド近くに戻り、非常用ベルを鳴らそうとした。火災用のベルだ。大げさかと思ったが、そうでもしないと、グレンが浚われてしまう。

ボタンを押そうとしたセルゲイの腕が、誰かの手によって止められた。

 

「待った、セルゲイさん」

聞き覚えのある声に振り向いた。

「あ、あなたは――レオナ、さん?」

相手は声を立てずに頷いた。同時に、人差し指を立てる。静かに、というように。

黒のタンクトップに迷彩柄のズボンの、金髪をベリー・ショートにした筋肉ムキムキの女性。このあいだ、バーベキューパーティーで一緒に飲んだばかりだ。

レオナは、彼らがすみやかにリビングを抜け、玄関のドアを閉めるのを確認してから、口を開いた。

 

「あたしはあんたが無事か、様子を見に来たんだ」

「い、いつからこの部屋に?」

まるで気づかなかった。プロの傭兵はやはり違う。

「あいつらのあとに入ってきた。あんたが寝てるのを確かめて、あいつらはグレンの部屋に行ったんだよ」

「そうだったんですか……」

「グレンは麻酔で眠らされてる。あんたも使われてるかと思ったが、あんたに何もなくてよかった」

「私は大丈夫ですけど、グレンが――」

「心配いらない。下であいつらは捕まる。あんたも一緒に来るかい?」

イエス以外に返事はない。セルゲイは、パジャマ姿のまま、レオナの後をついていった。

 

 

グレンを担いだ傭兵たちは、部屋を出たところでほっと一息ついた。あとは、貨物に紛れ込ませてこの男を宇宙船から降ろさねばならない。話には聞いていたが、この宇宙船は警備が厳重すぎ、用意に手間取ってだいぶ月日もかかってしまった。

三人の傭兵はしずかに、だが素早く移動し、階下のエントランスまで一気に階段を駆け下りた。

 

「――!?」

一階までたどりついたところで、ぱっと明かりが点いた。「逃げろ!」ボス格の傭兵の合図で、三人はバラバラに散った。ひとりは二階の非常階段から逃げるため階段を戻り、ひとりはグレンを担いだまま、階段わきの非常口から出た。

その場に残ったボス格は、両手を上げて灯りのほうへ歩んでいった。

「やられたぜ……。おまえら、どこの傭兵グループだ」

「出自は白龍グループだけどな、」エントランスでグレン強奪者を待ち構えていた、スーツ姿の、若いもと傭兵たちは、彼に銃口を向けたまま言った。

「俺たちは宇宙船役員だよ」

 

グレンを担いだまま非常口を出、小路に出た男は、出たところでバーガスとアズラエルのダブル鉄拳を食らい、一撃で伸びた。

グレンは危うくバーガスが抱きとめたので、地面に激突は免れた。アズラエルのほうへ倒れたのに、この馬鹿は手を出さなかったので、仕方なくバーガスが受け止めたのだ。

念のため聞いてみた。

「お前どっち担ぐ」

「俺はグレンは嫌だ」

「ガキかおまえは。じゃあそっち担げ」

バーガスがグレンを担ぎ、アズラエルが伸びた傭兵を担いでマンションのエントランスへ戻ると、セルゲイがもうひとりをゆかへ下ろしているところだった。