ルナたちは結局、K36のアズラエルの部屋に泊まることになった。すでに時刻は、深夜を過ぎている。

「どうせ明日みんなで部屋見に行くんだから、寝てけばいいじゃん」

とミシェルが言ったので、ルナの運転に不安のあるアズラエルはすぐ承知した。ルナはまたぽかぽかアズラエルの腿あたりを叩いたが、アズラエルは痛いと言ってもくれなかった。いつものことである。

 

風呂に入り、ミシェルのパジャマを借りたルナは、アズラエルのベッドのうえで飛び跳ねた。

「やっぱおっきいね〜〜! アズのベッド!」

「おまえのベッドがどれだけ窮屈か分かるか?」

「うん。でも、あたしの部屋にこのベッド入れたら、ベッドだけでいっぱいになっちゃうよ」

ルナは跳ねるのをやめ、アズラエルがクローゼットを開けて新しいジーンズを取り出しているすきに、ててっと傍へ寄った。

「あっ! アズのエロ本発見!!」

「ルゥ、そういうのはでかい声で宣言するもんじゃねえ」

「あたしも見るううううう!」

アズラエルに取り上げられたルナは、精いっぱいの背伸びをして奪い返そうとしたが、届くはずはなかった。

「……一ページ目から自分で体験してみるか」

「やめとく」

ルナは諦めた。

「こんなもん、俺買ってたかな……」

パラパラとめくりながら、アズラエルはベッドへ行き、スプリングを軋ませ、寝そべった。ルナはそれを追い、アズラエルの膝の上へぽてっと座った。アズラエルは条件反射でルナの頭を撫でる。

エロ本をめくりながら。

 

「アズはパジャマとかきないの」

いつもアズラエルは、寝るときもTシャツにジーンズのままか、上半身裸にジーンズだ。エッチの後も、素っ裸で寝ているということはあまりない。必ず下は履いている。

「着ない」

シンプルに答えて、女体の神秘を熱心に眺めつづける。

「アズ、あのね、このあいだレイチェルと買い物行ったらね、ライオン柄のパジャマ見つけたよ」

「俺にそれを着ろってのか」

アズラエルがやっとエロ本から顔を上げた。

「言うと思った。だから買ってないもん。それに、アズにはちっちゃかったし」

「俺にライオン柄のパジャマなんぞ勧めるのは、おまえくらいだ」

「意外とかわいいと思うんだけど……、」

「アズラエル〜! お風呂開いたよ!」

「おう。今行く」

ミシェルが風呂から出てきて、アズラエルに声をかけた。アズラエルは新しいジーンズと下着とTシャツを持って、ベッドから起き上がった。

「寝てていいからな。ルゥ」

「うん」

「おやすみ」

ルナの額と唇に、一度ずつキスをして、アズラエルは部屋を出ていく。

 

「う〜ん……」

ルナは、広いベッドの上でのたばったまま、唸った。

あのバーベキューパーティ以来、どうもアズラエルがおとなしい。

おとなしい、というのは、強引にルナを抱こうとしなくなった、ということだ。

この二週間というもの、アズラエルからのお誘いは一切ない。お誘いというか、問答無用でキスして服脱がせてエッチ、というパターンが、ない。

つまり、ずっとアズラエルとエッチしてない。

 

(……あたし、なにかしたのかな)

拒否し続けたのがよくなかったのだろうか。でも、それ以外のアズラエルの態度は何一つ変わらない。相変わらずルナに意地悪を言い、相変わらずベタ甘で、しょっちゅうキスはするし、夜もルナを抱き枕にして寝る。

 

「う〜ん……」

ルナは、アズラエルの置いていったエロ本をぱらぱらとめくり、それから真っ赤になって、閉じた。しばらくアズラエルと、こういう濃い関係がご無沙汰だったため、免疫も薄くなっているのかもしれない。

 

「う〜ん……」

バーベキューパーティー以降は、いつでもじゅうぶんに、エッチをする機会はあったと思う。

なにしろ、あのパーティー以降、毎日のようにあった来客がピタリとなりを潜めたからだ。

 

グレン目当てで、ルナたちと食事をしたがったシナモンは、あれ以降来なくなった。そして、いまはジルベールとの愛を再確認するために、ふたりでよくでかけている。それにレイチェルも、妊娠したこともあって、エドワードとの親密な時間をまえより大切にするようになった。もともと、彼女らはシナモンに強引に誘われて夕食に来ていたので、「こんなに毎日、ごめんね」と、気にしていた方だったから。

エレナも、あのパーティーでレオナとヴィアンカと仲が良くなったらしく、一緒にママ会に行くようになり、来る日が格段に減った。ユミコというあの役員とも再会を果たしたせいで、彼女とも食事にいったりして、毎日のような来訪はなくなった。

バーベキューパーティーの後は、このあいだ一度来たきりだ。

ジュリもカレンも、ふたりでこの船内のあちこちを見に行ったり、ジュリがいよいよ学校に通いだしたそうなので、彼らの来訪も少なくなった。

 

ルナは久々に、ぼーっとする時間がいっぱいとれるようになった。

アズラエルと二人の夕食。穏やかな時間。申し分ない。理想通りの生活である。

「う〜ん……」

でも。

なんとなく、なんとなく、気分が弾まない。

 

 このあいだ、エレナが来たときのことだ。

アズラエルに、「あんたいつルナに子供つくるんだい!? 早くおしよ! そしたらルナと一緒にママ会行けるのに!」とエレナは無茶なことを言った。

アズラエルは苦笑いをするだけで答えず、ルナも、そうだね〜、あははは、と笑っていたが、「早く結婚おしよ!」とエレナが一喝したのに対し、アズラエルは、

「そうだな。……どうするかな」

と真剣に考え込んでしまったので、ルナは岩が頭上に叩きつけられたようなショックを受けた。

その、どうするかな、は、アズラエル的には「どういう手順を踏んで結婚するか」というどうするかな、だったのだが、(エレナもそうとった。)ルナには、自分と結婚するのをどうするかと悩んでいるように聞こえ、ぴきーんとうさぎは耳の先まで固まった。

アズはあたしと結婚したくないのかな……?

思わず呟いたルナに、大慌てでアズラエルは訂正し、エレナもあわてて「それは違うさ!」とフォローしてくれたが。