「やるじゃねえか、センセエ」

バーガスが口笛を吹くと、セルゲイは慌てて言った。

「私じゃない。レオナさんがその、一撃で」

さすがに妊婦さんに重いものは担がせられないと思って、私が運んできただけだ、というと、バーガスは「……そうか」と気が抜けた返事をした。

傭兵を一撃で沈める妊婦に、重いものを担がせられないと気遣うセルゲイになにか突っ込もうとしたが、女房が怖いので黙っていた。

 

やがて、一台のバンが表に止まった。

「貴方がたは『ヘルズ・ゲイト』。L18の傭兵グループですね。去年の十一月に乗船が確認されています。乗船したのは四名」

 明るいエントランスに、さっそうと現れたのはチャンだった。

 チャンの後ろには、彼らグレン強奪者の仲間――貨物作業場で待機していた残り一人を、後ろ手に縛って引きずってきた宇宙船役員がいた。

 

「おいおい、宇宙船役員ってなァ、そんなに手荒なのか」

 「あなたがたほど荒くはありませんよ」

ここにいる五人の、宇宙船役員だというコワモテの若いもと傭兵は、先日のバーベキューパーティーに参加して、ユミコをナンパしていた連中だ。

彼らがバーベキューパーティーに連れてこられたのは、何も遊びのためだけではない。白龍グループ出身である彼らは、チャンの身内も同然だった。チャンの依頼で、グレンを守るために、彼の顔を確認しに来ていたのである。

グレンの担当役員であるチャンは、グレンの乗船当時から、彼がドーソン一族に狙われるだろうことは予想していた。それが暗殺なのか、ただL18に連れ戻すだけなのかは不明だったが。グレンの身辺に、必要以上に気を遣っていたのは確かである。

 

 チャンは、縛って連行してきた男をボスのほうへ押しやり、言った。

 「ここに来るまで、彼には洗いざらい吐いてもらいました。もうとぼけても無駄ですよ」

 ヘルズ・ゲイトのボスは、大げさに舌打ちした。

 「そうか。そりゃしょうがねえ。じゃあ、任務は終わった。宇宙船から降ろしてくれて結構だ」

 「……」

 ボスはすでにあきらめたようで、抵抗するそぶりも見せない。

 「ずいぶん、あっさりしてますね……」

 思わずセルゲイが、傍らのレオナへ呟いたが、レオナもそう思っているようだった。

卒倒したふたりのヘルズ・ゲイトの傭兵と、貨物置き場にいた傭兵は、バンで連行されていく。ボスだけがこの場に残された。

 

 「おい、俺はいいのか」

 「ヘルズ・ゲイトってのァ、プライドのねえグループで有名だがな、」

 バーガスのセリフに、ボスのこめかみがピクリと鳴ったが、睨みあっただけにとどまった。

 「てめえ、メフラー商社のバーガスだな?」

 ボスは、手錠をかけられたまま、バーガスを指さした。

 「うちはてめえみてえなヘラヘラした奴が幅きかせてるグループと違ってな、なんでもしなきゃ成り上がれねえんだよ」

 「だからって、ドーソン一族の依頼まで受けるのかい!?」

 レオナの一喝に、ボスは鼻で笑う。

 「今回の依頼は訳が違う」

 「何が違うってんだい」

 「こりゃドーソンの内部抗争だ。おまえらL18離れてだいぶ経つだろ。いまL18がどうなってンのか、分かってるか? このあいだ、ドーソンは身内まで監獄星送りにしやがった。内部から瓦解してんだ」

 

 「知っています」

 チャンが静かに言った。

 「だからユージィンは、暴走する若手を止めるため、または若手に言うことを聞かせるために――ドーソンの形だけの幹部に、グレンさんを据えようとしている。グレンさんは、ドーソンの若い者たちのカリスマだ」

 「そこまで分かってんなら、もう俺が言うことはねえ」

 「――あなたがたは、どうせグレンさんが戻っても、内部抗争で潰されるだけだと踏んでいる。われら傭兵にとっては、ドーソンの名を持つ人間はひとりでも減ってくれればうれしいところです。グレンさんがL18に戻っても、どちらにしろ、身内同士の争いに巻き込まれて、ヘタをすれば死ぬ――今やドーソンは、傭兵差別反対派の若い過激派と、そうではない宿老たちの対決の場です。そこにグレンさんが戻れば、あきらかに若い方につくでしょう。ドーソンの内部抗争を煽るだけの任務なら、引き受けないでもない、と」

 「そのとおりだ」

 ボスは大げさに両腕を広げて同意の意思を示そうとしたが、手錠で拘束されているために、手を挙げるだけにとどまった。

 

 「……で、貴方がたは?」

 「あ?」

 「どうなるんです。任務が失敗したとあらば、ユージィンが黙ってはいないでしょう。大金をつぎ込んで、あなた方を宇宙船に乗せたのだから」

 「俺たちは前金でトンズラする」

 「可能でしょうか。もう二度とL18で傭兵家業はできませんよ」

 「かまやしねえさ。俺たちは、金が欲しいだけだしな」

 「ドーソンが、そんなに簡単にあなたがたを逃すでしょうかね」

 「……おまえ、俺から何を引き出したがってる」

 ボスは、チャンに向き直った。

「俺たちの任務は、あのグレンとかいう若造を連れて来いと言われただけだ。簡単には降りんだろうから、ふん縛って連れて来いってな。この宇宙船の警備のおかげで厄介な任務になった。それだけだ」

 「そうでしょうか」

 チャンは引き下がらなかった。

 この男は、まだなにか、隠している。

 「本当にそうでしょうか? あなたがたヘルズ・ゲイトは、ドーソン一族からですら金を積まれれば受ける、プライドのない傭兵グループとして有名ですが――」

 今度は、ボスのこめかみは波打たなかった。怒りを抑えるように大きく肩を揺らしただけだ。

 「それでも三十人ほどの体勢の、統制のとれた、名も売れたグループです。貴方はこの任務にすべてをかけて臨んだのですね? ……二度と傭兵家業はできない、すなわち、ヘルズ・ゲイトは解散です。まさか三十人そろって逃亡するわけではないでしょうに。たしかに大金は積まれたでしょうが、貴方にとってもリスクの大きい任務だ。なのにずいぶんと、あきらめが早いのですね」

 ボスは、腐ってもボスだった。顔色一つ変えない。チャンは、カマをかけてみることにした。

 

 「――取引をしませんか」

 「何をだ」

 「白龍グループがあなたがたを雇います」

 「ハッ!」

 ボスが笑い出した。バーガスもレオナもアズラエルも、目を丸くしてチャンを見る。傭兵グループが傭兵グループを雇うなんて、聞いたことがない。

 「依頼内容は」

 ユージィンの暗殺とか抜かすなよ、とボスは言ったが、

 「あなたがたの真の目的の妨害工作をする」

 ボスは笑うのをやめた。

 「おまえはバカか? 俺の任務は――」

 「『あなたの任務は』グレンさんをL18に連れて帰ること。――けれど、ヘルズ・ゲイトに依頼された任務は違う」

 「そいつは俺も、初耳だな」

 ボスはにやりと笑い、口を閉ざした。