ここで粘っても、彼は吐かない。

 それはチャンも、バーガスもアズラエルもレオナも、ここにいる全員が分かったことだった。

 「……致し方ありませんね。では、あなたも中央役所へ来てもらいます」

 「どうぞ。お好きに」

 ボスはにやにやと笑いながら、拘束された両手を差し出した。チャンとともに、彼もバンへ乗せられて行く。

 

 「……あいつ、まだなにか隠してやがるな」

 アズラエルのセリフに、バーガスが頷いた。

 「もしかしたら、アイツらのほかにもまだ傭兵が送り込まれてるかもしれねえな」

 「グレンを掻っ攫うために、いったい何人送り込む気だ。第一、ヘルズ・ゲイトが共闘なんかするか?」

 「まあ……聞いたことねえがな。ヘルズ・ゲイトは傭兵の間でも評判が悪ィ。ヘルズ・ゲイトが共闘したがっても、どこも組みたがらねえだろ」

 「ともかく――まだ、油断はできねえってことか」

 アズラエルがやれやれ、と大きく伸びをして、あくびをした。

 

 「そういや、おまえら、四六時中張ってたわけでもねえのに、よくグレン襲撃の日が今日だってわかったな」

 しかも、正確な時間まで。それがわからなければ、ちょうど襲撃の時刻に間に合うようにアズラエルを呼べないだろう。

 アズラエルがそれを聞くと、バーガスとレオナはなんともいえない顔をして互いを見やった。

 「――それがなあ……」

 「……どう、説明したもんかねえ……」

 バーガスとレオナが言い難そうに詰まってしまったので、アズラエルはそれ以上追及はやめた。言い難い話なら、聞かなくてもいい。

 もともと、これはアズラエルの仕事ではなく、バーガスとレオナの任務だ。聞かなくてもいいことは、聞く必要はない。

 

 「もういいだろ。今日は帰るぞ」

 「おう」

 「アズラエル、明日グレンさんの病室に来るんだろ」

 レオナが言うと、アズラエルは「気が向いたらな」と返事をした。

 「友達がいのないやつだねえ」

「友達!?」

アズラエルが絶句しているのを尻目に、レオナはセルゲイの肩を叩く。

 「とりあえずセルゲイさん、今日のところはだいじょうぶだから部屋へ戻って――セルゲイさん?」

 レオナが思わず、顔をマジマジと見つめてしまったほど、セルゲイは青ざめていた。

 

 「――ルナちゃん!」

 急にセルゲイが叫び、エントランスを飛び出した。

 「セ、セルゲイさん!?」

 レオナが慌てて呼びとめたが、アズラエルが追った。

 

 セルゲイは階段を駆け下り、地下駐車場に停めてある自分の車まで来ると、そこではじめて、キーが部屋にあることを思い出して狼狽えた。

 「オイ! セルゲイ!!」

 アズラエルがセルゲイの肩を掴んで、振り向かせた。

 「ルナがどうした!」

 「ルナちゃんが危ない!」

 セルゲイは反射的に返して、自分がおかしいことを口走っているのに、やっと気付いた。

 「いや――、あの――だから――、その、でも――危ない!! ルナちゃんが!!」

 「……セルゲイ」

 アズラエルは、切羽詰まった顔で訴えるセルゲイを冷静にしようと、自分も深呼吸した。

 

 「ルナが、危ない? なぜ?」

 「……なぜだろう!?」

 俺に聞くなとアズラエルは怒鳴りたかったが、セルゲイがそれより先に叫んだ。

 「アズラエル、鍵! 車のカギを貸して! 貸しなさい!!」

 「……わかった。ひとまず落ち着け。おまえ、ルナがどこにいるか分かってるか?」

 「K27のルナちゃんの部屋」

「……違う。今夜は俺の部屋にいるんだ。俺が連れて行く。いいな?」

 セルゲイは、何度も首を縦に振った。

 なんとなく、ルナにしぐさが似ている気がして、アズラエルはしかめっ面になった。同じ可愛いしぐさでも、ルナがやるのとこの大男がやるのとでは雲泥の差だ。ルナはセルゲイをお兄ちゃんみたい、とか言っていたが、たまにでるテンパったしぐさが似ている。

 まったく、人騒がせな兄妹だと思いながら、アズラエルは助手席にセルゲイを乗せて、自分の車を発進させた。

 

 

 アズラエルたちが、車でK35を出たころである。

 ミシェルは、クラウドの腕の中で目を覚ました。ベッドの中ではない。クラウドに抱えあげられて宙に浮いている。

 「……れ? クラウド??」

 自分はベッドで、クラウドと寝ていたはずだ。ミシェルは、自分の身体がクローゼットの中に押し込まれるのに気付いて、ようやく目が覚めた。めのまえには緊迫したクラウドの顔がある。

 

 ――ちょっと待って。なんであたし、クローゼットに入れられてるの?

 

 「ミシェル。いい? 俺がいいというまでここから出ちゃダメだ。息を殺して。じっとしているんだよ」

 (なんなの)

 ミシェルが頷かないうちに、クラウドはクローゼットを閉めた。ミシェルは、一気に目が覚め、急に鳴りだした心臓のところをぎゅっと押さえて蹲った。

 (なにが、どうしたの)

 

 クラウドは、急いで隣室へ向かった。ルナも、クローゼットに押し込むために。

 玄関の方からおかしな音がしたので、クラウドは目が覚めたが、アズラエルが帰ってきたのでもなさそうだ。だれかが、鍵を弄っている。クラウドはそう判断した。いったい何者だ。リビングに出た途端に、はっきりと玄関からガチャガチャいう音が聞こえた。そして、キーの暗証番号を探る機械の電子音。やはり、鍵を弄られているのだ。

 昨日、アズラエルと、ルナとミシェルの話をしたばかりだ。

クラウドが隣室へ駆け込むと、ルナがベッドの上にぽつんと座っていた。

 「クラウド?」

 「ルナちゃん、寝てなかったの」

 「う、うん……アズが心配で、」

 クラウドは人差し指を口に当て、静かにするよう促し、ルナに近づいた。

 「ルナちゃん、いいかい? クローゼットでじっと――、」

 

 クラウドには分かった。ルナやミシェルには聞き取れない小さな音だったが、ドアが開いた。足音を確かめる。三人、――ここにアズラエルがいれば。一般人ならともかく、もしも傭兵だったら、三人相手は、自分には厳しい。

 ルナを抱き上げ、クローゼットに押し込もうとしたが間に合わなかった。

 カチャリとアズラエルの寝室のドアが開く。

 

 「いたぜ」

 ルナが身を縮めるのが、クラウドにも分かった。クラウドはルナをベッドに下ろし、庇うように前に出た。

 「だれだ」

 「俺たちか? そんなこたァどうでもいいことだ。俺たちはおまえに用がある」

 「――俺?」

 青天の霹靂だ。クラウドはさすがに顔をしかめた。ルナではなく、自分だと?

 「心理作戦部B班の、クラウド・A・ヴァンスハイト軍曹だな?」

 「俺に用があるのか」

 「そうだ。一緒に来てもらう」

 「――俺が行けば、この子には手を出さないか」

 「ああ。そっちには用はねえ」

 ルナが、ベッドの上でガタガタ震えている。

 「ルナちゃん、大丈夫だから」

 ターゲットはルナでも、ミシェルでもない。それがわかっただけでも、クラウドはほっとした。

「分かった」

 クラウドが一歩踏み出した目線の先に、見覚えのある人影を見つけた。三人の傭兵の後ろにだ。

 「素直についてくるなら、危害はくわえねえ――」

 ドスッという鈍い音がして、一人が沈む。慌てた傭兵たちは、反撃が遅れた。クラウドもすきをついて一人に飛び掛かったが、反撃された。傭兵の後ろから足音もなく忍び寄り、ひとりを沈めた人物が、二人目を片付けた。そして、クラウドを殴りつけて逃げようとした傭兵のみぞおちに一撃。

 手早かった。クラウドは彼が二人目を片付けたときに見せた体技を見て、あれは傭兵クラスで習う体技のひとつであることを思い出した。彼は、軍事惑星の学校を出た傭兵だ。

 ルナが、ベッドの上でぽかんと口を開けてこっちを見ているのにウィンクしながら、彼はクラウドと一緒に傭兵たちを後ろ手に縛り、隅へ引きずった。

 「そんな綺麗な顔に傷つけたら、ばちが当たるな」

 予想外の助っ人は、クラウドの切れた口の端を見ながら、いつも通りの明るい笑みを見せた。