アズラエルがセルゲイと一緒に部屋へ駆けつけると、ドアがわずかに開いていた。さすがに何かあったのかとアズラエルも青くなり、「ルナ!!」と慌てて室内へ駆け込んだ。 リビングは明るかった。そこには、ミシェルとルナが寄り添って温かい飲み物を飲んでいて、クラウドが口の端を怪我して、ものすごいしかめっ面で突っ立っている。そして――。 「や。こんばんは。お邪魔してます」 「――アントニオ? おまえ、なんでここにいる」 アントニオが、ソファに座ってコーヒーを飲んでいた。彼が何か言う前に、クラウドが切れた口を痛そうにゆがめながら、言った。 「そっちこそ。なんでセルゲイが一緒なの」 言われて、セルゲイは決まり悪そうに頭を掻いた。ルナが不思議そうにこっちを見ている。 「こいつが、ルナが危ないっていきなり飛び出したんだよ」 「ルナが?」 ミシェルとルナが顔を見合わせた。ますますセルゲイは、居心地が悪そうになった。ルナは無事だ。クラウドは切れた口にコーヒーがしみるのか、苛ただしげに吐き捨てた。 「襲われたのは俺」 「は?」 「心配しないで。襲われたのはルナちゃんじゃない。ミシェルでもない。……なんだかよくわからないけど、俺なんだ」 「……おまえだって、言ったのか? 奴らが?」 縛られて隅に転がされた傭兵たちは、さきほどグレンを襲った傭兵同様、中央役所からパトカーが来て連行されていった。カザマが明日ルナとミシェルの様子を見に来ると、パトカーに乗ってきた役員のおじさんは告げ、アズラエルというコワモテの傭兵がいることを確認して、警備は必要ないと判断し、そのまま去った。 セルゲイの当ては外れたとも言い難い。ルナに危険があったことは確かだったからだ。 彼らがこの部屋から消え失せて、やっとルナもミシェルも落ち着いたのか、大きく息をつく。やっとふたりは離れた。ミシェルはクラウドの傍へ行き、ルナはアズラエルとセルゲイのほうへ寄り添った。ルナは、ソファのアズラエルとセルゲイの間に収まったまま、二人の腕を掴んで動こうとしなかった。 「ああ。俺だってね。ターゲットは俺だとはっきり言った。ターゲットは心理作戦部B班の、クラウド・A・ヴァンスハイト軍曹だとね」 「どうして、クラウドが狙われるの。なにか悪いことしたの」 ミシェルのその質問には、アズラエルもクラウドもうまく答えられない。悪いことをしてきたかと言えば、答えはイエス。心理作戦部の仕事はまっとうな仕事ではない。 だが、今回のこのパターンでは、恨みなどの筋より、別の目的があると考える方が妥当だ。 「……あいつら、どこの傭兵グループだ」 クラウドを襲った傭兵たちは、ヘルズ・ゲイトではなかった。 「無名だよ。傭兵グループに入っていない傭兵だ。おそらく、ヘルズ・ゲイトの連中が宇宙船に入った時点で、仲間に引き入れた。傭兵グループに入っていない奴らなら、足がつきにくいからね。相当、カネをばらまいたんだろ」 アントニオの説明に、アズラエルはくたびれたように聞いた。 「なぜそれが分かる」 「このことはチャンさんも知ってる。彼は、グレンさんが宇宙船に乗った時からずっと眼鏡を光らせていたからな。チャンさんは、グレンさんを襲うのは、傭兵だと踏んでいた。今回は軍事惑星からの乗船者は多い。紛れ込むのも簡単だ。宇宙船に入った傭兵グループではヘルズ・ゲイトの四人に目星をつけてた。彼らが飲み屋で流しの傭兵三人――さっきの彼らと接触していたのは、周知のことだ」 「俺は知らなかった」 「バーガスさんは知ってたけどな」 アントニオのセリフに、アズラエルは肩を竦めた。アズラエルの任務ではないのだから、知らなくてもいいと言えばいいのだが。 それにしても、グレンが襲われたのと同じ日に、クラウドまで襲われる――。 アズラエルは、顎に手を当てて考えた。 「グレンは囮か……?」 ユージィンの本当の目的は、クラウド? それとも、クラウドが囮でグレンが本命? ユージィンは、わざわざグレンに電話して知らせた。おまえを何が何でも宇宙船から降ろすぞと、事前に宣告したのだ。だが、グレンの誘拐事件そのものがユージィンの仕組んだ罠だとしたら。本当の彼の狙いはクラウドで、グレンの誘拐劇そのものが、クラウドから目をそらす茶番劇だった、とか――だが、どうして彼がクラウドを狙うのかが分からない。 ユージィンは、グレン同様、クラウドも傷つける気はない。傭兵たちは、クラウドもグレンのように麻酔で眠らせるつもりだったが、クラウドが起きてしまったので、ルナたちに危害を加えないと約束して、そのかわり黙ってクラウドについて来いと言った。 部屋を出て、クラウドが一人になったら、おそらく眠らせるか気絶させるかして運び出す――手口は、グレンの時と同じ。 目的は、暗殺ではない。 クラウドは、護身術はある程度身に着けているが、グレンほど強くはない。もしセルゲイがルナの危機と勘違いして飛び出さなかったら。もしアントニオが駆けつけなかったら、クラウドは今頃、あっさり沈められて誘拐されていたか、一緒に宇宙船を降りていたかもしれない。 「クラウド、お前の所属してたB班から、なにか匂うようなことはなかったか」 「ないな」 クラウドはため息をついて言った。 「ない。……相変わらず俺とエーリヒとの交流は一方的だ。エーリヒが俺の報告書をユージィンにも読ませているとは考えにくい。もし、報告書の件でなにかあるとすれば――」 クラウドは、自分のカーディガンをミシェルの肩にかけた。 「俺がマリアンヌと接触したことを、エーリヒへの報告書に書いた。それかな」 「アントニオ」 アズラエルが凄んだが、アントニオにアズラエルの脅しは聞かない。 「なあに」 「おまえはなんで、ここに現れた。どうして、クラウドを助けに来た」 アントニオは、Tシャツとジーンズにリズンの茶色いエプロン、のいつも通りの恰好で、大げさなジェスチャーをした。大きく手を振って、やがて胸の前で両手を合わせ、拝むふりをした。そして、厳かにこうのたまった。 「真砂名の神のたまもの」 「足踏むぞ」 「やめて筋肉マッチョ!!」 アントニオは青ざめて足を避けたが、「本当だよ。冗談じゃない。ちなみに、俺はクラウドを助けに来たんじゃなくて、いたいけな女の子たちを助けに来たの!」 「おまえは傭兵なのか神官なのかどっちかにしておけ」 「俺はリズンの店長だよ! しがないカフェの店長! 俺もまさか、こんなとこで傭兵の資格が役に立つなんて思わなかったよ。でも、ほんとうに冗談は言ってない。真砂名の神が知らせてくれた。――彼女らの危機を」 言って、アントニオはルナとミシェルにバチコン★とウィンクした。確かに、傭兵三人を仕留めた手ぎわは、見事だった。 「アントニオ、かっこよかったよ!」 ミシェルとルナが口を揃えて言うのに、アントニオはだらしなく顔がヤニ下がり、アズラエルとクラウドは舌打ちした。 |