『おう、アズラエル。セルゲイさんはだいじょうぶか』 「だいじょうぶだ。セルゲイも、ルナもな。ところで、予定が変わった。明日、グレンの病室へ俺も行く。チャンとかいう役員も来るんだろ」 『ああ。……なんだ突然。どうかしたか』 「今な、クラウドが寝込みを襲われた。グレンと同じパターンだ」 『なんだってえ!? ミシェルちゃんは無事なのかい!?』 レオナが後ろで吠えている。 「ああ、無事だ」 俺の心配はだれもしてくんないの、とクラウドが不満げな顔をしている。この腕時計での会話は、周りにも聞こえるのだ。 『どういうこった。……なんでクラウドまで?』 「それは明日説明する。みんな揃って話をした方がまとまりやすい。だから明日行く」 『分かった。クラウドが襲われたとなりゃ、バグムントも顔出すだろうな。俺から連絡しておく。……グレンの今日の襲撃と、クラウドの件は関係してるとみていいのか』 「ああ。俺もそう思ってる」 『あしたはうさこちゃんもミシェルちゃんも連れておいで、一緒のほうが安全だろ』 レオナの言葉に、いつになくアズラエルは素直に頷いた。 「ああ、そうする」 おやすみと言って、通信を切る。 「ルゥ。ミシェル、もう寝ろ。明日、九時にはグレンの見舞いに行く」 「――グレンって? グレンどうかしたの」 アズラエルは、ルナに仕事の内容を聞かせていなかったことを思い出した。 「明日、行く途中に車ン中で話すよ。いい子だから今日は寝るぞ」 「セルゲイさんは、俺が送っていくよ」 アントニオが、車のキーを持って立ちあがった。 「すみません」セルゲイも、ルナを膝から降ろして立つ。 「セルゲイ」 ルナがセルゲイのパジャマの裾を掴んで言った。 「ありがとう。助けに来てくれて」 「……」 実際、自分がここに駆け込んだところで、アントニオのような活躍は無理そうだったが。それでも、ルナの言葉にセルゲイは微笑んで、額に一度、キスをした。 「あっ!! ドサクサ紛れに何やってんだてめえ!!」 アズラエルが吠えたが、セルゲイはルナの髪を撫でると、「おやすみ」と言って部屋を出た。 アパートの階下に停めてある軽乗用車の助手席に、セルゲイは乗った。 「ごめんね、狭くて」 「いいえ。……迷惑をかけて申し訳ない」 軽乗用車のため、かなり車内は狭くて、セルゲイは長身を縮めて収まる羽目になった。 まったく、いきなりルナが危ないと飛び出した挙句、車のキーがなくて暴れるわ、しかも寝巻のままでこんなところまで。よほど危ない人間だと思われたに違いない。セルゲイは、穴があったら隠れたかった。だが、明日グレンの見舞いに行かないわけにもいかないだろう。それに、カレンやエレナたちにはどう説明するか。正直に全部話したほうがいいだろうが。 カレンは――どんな反応を示すだろうか。 カレンは、グレンがドーソンの嫡男だということで最初は嫌悪していた。だが、この宇宙船内で交流するうちに、グレンもかけがえのない友人だと思うようになった。そのグレンが――「あの」ユージィンに、……。 「そんな他人行儀なこと言わないで。このあいだ一緒に飲んだ仲じゃないですか」 考えにふけっているアタマに、急に他人の存在が現れて、セルゲイはそういえばアントニオが隣にいたのだと思い出した。 ははは、と明るく笑うアントニオの横顔をセルゲイは見た。彼がいると、周りがパッと明るくなる気がする。このあいだのバーベキューパーティーの時もそうだ。彼が音頭を取るだけで、沈んでいた空気が一気に陽が差したように、明るいものに変わった。 ――太陽みたいだな。 セルゲイは、自分とは正反対だと思った。 自分は、いるだけで人を明るい気持ちにさせるような性格ではない。 羨ましいとは思うが、不思議と彼に対して僻むとか、そんな気分ではないのだ。むしろ彼は、ひとのマイナスの感情――僻みやら嫉妬やら、そういったものすら吹き払ってしまう明るさがある。 そんなことを考えていると、アントニオが言った。 「貴方は、とても穏やかで、癒されます。――そう。毎日訪れる夜みたいにね。ひとは昼ばっかりだけでは生きていけませんから。安らかに眠らせてくれる夜も必要なんですよね」 自分の考えが読まれたかと思った。セルゲイが絶句していると、彼は微笑んだ。 「セルゲイさん、バーベキューパーティーのこと、覚えてます?」 セルゲイは、あいまいに、「え、ええ、……楽しかったですね」と答えた。 だが、正直言うと、――。 「あんまり、覚えてないでしょ」 またアントニオに図星を指され、セルゲイは言葉を失った。 全く覚えていないというわけではない。楽しかったのは事実だ。来てそうそう自分の担当役員に席に引きずり込まれたこと、それにデレクとラガーの店長の勝負や、ルナの作った焼きそばが美味しかったことだの、覚えていることは覚えている。片づけをして、リズンでアントニオたちとコーヒーを飲んだことも。 一部だけ、ぽっかり記憶が抜け落ちているのだ。 ……なんだか、トラブルがなかったか? 「バーベキューパーティーの後、熱を上げませんでした?」 「あ……上げました」 インフルエンザかと思うほどの高熱で、一週間倒れた。 それにしても、なぜ彼は、自分のことがこんなにもわかるのか。 アントニオはセルゲイの様子を伺うように、ちらりと目をやり、また視線を前に戻した。 「ぜんぶ、ルナちゃんセンサーのせいですよ」 「ルナちゃんセンサー?」 さっきも言っていたが、なんだそれは。 アントニオはだが、すぐ関係ないことに話を変えた。 「そう。ルナちゃんセンサー。――セルゲイさんは、K05を訪れたことはありますか?」 「え? いいえ」 「いいところですよ。今の時期は桜も咲いてるし。神社のそばの、河原沿いの桜並木が、それは見事なんです。K05に大きな神社がありましてね、真砂名神社と言いまして、」 「ジンジャ?」 「ええ。宗教的建築物です。軍事惑星やL5系ではあまりなじみがないですよね。L7系では見れますけど。地球時代に、アジア地方にあったものです。神殿、の一種と言えばいいでしょうか」 「ああ、神殿ですか」 それならわかる。神をまつる場所だ。遺跡などにも多い。 「一度、いらしてください。……そうだ、明後日あたり、花見でもしませんか。今、桜が一番いい時期なんですよ」 アントニオとは、バーベキューパーティーの時も親しく話したが、なんというか――ルナ同様、初めて会った気がしない。 ひどく、懐かしい思いがこみ上げるのだ。 それに、最近の自分ときたら熱はあげるわ、今日もこういったバカな振る舞いはするし、気がどうしても滅入りがちだった。ゆっくり花を愛でて、のんびりするのもいいかもしれない。 セルゲイは、一も二もなく承知した。 「ええ。あさってですね。いいですよ」 「じゃあ、真砂名神社でお待ちしてます。午後に」 ルナちゃんに用がなかったら、誘ってもいいかもしれないな。 セルゲイが家に着き、ベッドに倒れ込んだのは、もううっすらと外が明るくなるころだった。 |