軍事教練学校は、傭兵の認定資格のみの受講を受ける学校もあるし、半分が、よその星からきた軍人志望の人間を鍛え上げる軍事教習所だ。 よその星から来た人間でさえも、軍事惑星では区別される。L5系からL7系の人間は「軍部」に入ることができるが、辺境の惑星群、L4系、L8系の人間は傭兵にしかなれない。 むろん、軍事惑星で生まれた子供たちは、生まれた時から生まれた家で未来が決まる。 傭兵の子は傭兵。将校の子は将校。一平卒の家は一平卒。 一平卒でも、「軍人」と名がつくのはまだマシだ。傭兵は、人間以下の扱いしかされない。 それでも軍事惑星全体では、バブロスカ革命のおかげもあって、かなり傭兵の待遇が改善されてきた。傭兵の認定資格、というものができたのも、バブロスカ革命のたまものだ。 傭兵の認定資格が欲しければ、学校に入るのが一番だが、名が売れた傭兵グループの一員で、凄腕の傭兵だと噂されるくらいだと、勝手に軍から認定の資格を寄越される。 本人がそれを、蹴らなければだが。 傭兵が、認定の資格を得たあと、軍人になることもできる。それは階級をもらうということだ。二等兵からはじまり、一等兵、上等兵、軍曹、曹長、少尉と上がっていく。もっとも、階級は大尉どまりでそれ以上上にはいけない。実際、それはただの決まりごとで、傭兵から大尉になった者は、L18ではいなかった。 ロナウド家の力が大きいL19や、マッケランの力が強いL20では、ごくわずかだが傭兵出身の大尉はいたし、よその星から来た人間が大佐の位まで出世できることはあった。エルドリウスなど、そのいい例だ。 アズラエルの父、アダムは認定の傭兵だが、軍内を通れば、ドーソン一族には内緒でこっそり、敬礼する者がいる。それは中佐の位を持つものでも、だ。 過去、負け戦で死んだ大佐にかわって指揮をとり、百人以上を無事に星に帰還させたことがある。それが原因だ。将校でも、アダムに命を助けられた者はかなりいた。 だが、アダムがバラディア・S・ロナウド大佐の相談役までになれたのは、あの出世に対する意欲の皆無と、人徳だろう。 傭兵がそんな手柄を上げたら、大尉の称号を断るわけもない。みんな、傭兵と言うだけで受けてきた差別があるから、軍部の地位はのどから手が出るほど欲しいのだ。 L18は、名誉と官位。それがすべてだ。 アズラエルの父はそれを蹴ったし、アズラエルとは似ても似つかぬ愛嬌のある、でかいクマだ。こどもに懐かれる傭兵というのも、どれだけ珍しいものなのか。グレンも、あの愛嬌のあるクマ顔で「よっ! 少佐!」と挨拶されれば苦笑いせざるを得ない。 人望があるのだ。傭兵仲間からの嫉妬もあまり受けないのは、あの性格があるからだろう。 同じ傭兵仲間の、出世に対する嫉妬というのは激しいもので、仕事では傭兵仲間から潰しにあい、学校では傭兵だからということで、軍人の子たちから差別される。 そんな環境に、十三歳くらいのうちから入るのだ。入学は十歳からだが、大体十三歳くらいから、傭兵の子は仕事を始める。ちゃんとした傭兵グループに入っていなければ、下劣な仲間の潰しにあって、仕事ができない体にされる人間もいる。みんな、耐えきれないのだ。学校での差別だけでも耐えかねて、傭兵のみの軍事学校に転校する者もたくさんいる。 そう言う輩を、グレンはたくさん見てきた。 だがアズラエルは違った。 あの傭兵野郎どのは、たしかに傭兵一家の坊ちゃんだったが、親の名だけで売っている、甘やかされた坊主ではなかった。 事実、学校時代から知っている。愛嬌まみれの父親に反して、子供時分から、傭兵よりも陰惨な、殺し屋の目をしていた。暗い、底の見えない。だから、同級生はみな怖がっていた。 だれもそばにも寄れないほど。 アズラエルは浮いていた。 グレンが怖くなかったのは、おそらく自分の親戚連中が外道だったからだろう。亡者のような、餓鬼にも似た彼らの目に比べたら、まだアズラエルは誇りのある目をしていたからだ。 たとえ殺し屋とはいえ、人間の目をしていた。 それだけのことだが、だからといって、好きか嫌いかと言われたら嫌いだった。 兄妹二人も男顔負けの軍人だが、アズラエルはとくに長男だけあって、妹たちより油断ならない男だ。 グレンは学生時代を思い出して、苦笑した。 「普段から隙もなにもあったもんじゃねえし、喧嘩となりゃ容赦はねえ」 「そんなに怖いコだったのかい」 あのアズラエルを怖いコ呼ばわりできるセルゲイに、グレンは肩をすくめた。確かにセルゲイより年下だが、そんな可愛いヤツじゃない。 アズラエルに半殺しにされた人間が、何人いたことか。 大人相手にも同級相手にも、半殺しにするまで攻撃をやめないやつだった。コンバットナイフの接近戦では負けなしで、教官でも殺しかけたことがある。軍警察に、少年房に叩きこまれたのが何度あったか。 卒業する前に、L21の軍人専用の少年刑務所に叩きこまれるんじゃねえかと、みんな噂していたものだ。 そんな強面のアズラエルだが、容姿はあの美人の母親、エマル似だ。エキゾチックな顔立ちの美人だが、凄腕の傭兵。アズラエルの母親も学校では有名だった。なにせ、あの誰も近寄れない凶暴な男を、半殺しにできるただひとりの女だったからだ。 アズラエルが確か、はじめてコンバットナイフの教習で、教官をひとり病院送りにしたときだ。 軍警察がきて、アズラエルを引っ張ろうとしたが、アズラエルは「アイツが弱いのが悪い、」と抵抗した。大人の軍警察――ただの警察ではない、軍の警察部隊だ――が、五人がかりでも押さえつけられない猛獣を、そのとき呼ばれてかけつけたアズラエルのおふくろが何も言わずぶん殴った。二発、三発。四発目で足元がふらつき――。五発目の強烈なひざ蹴りがアズラエルの腹に叩きこまれ、やつは倒れた。 アズラエル似の凶暴な母親は、気絶した息子の髪の毛をガッと掴んであげさせ、 「猛獣用の麻酔銃でもケツにぶち込んでやろうかバカ息子っ!!」 と怒鳴った。アズラエルはまだ失神していなかった。血まみれの顔で、何か言ったが、今度は強烈な平手をお見舞いされ、今度こそ沈んだ。母親は警察にすみません、すみません、と頭を下げ続けていたが、警察はアズラエルより母親の方に怯えていた。 「怖いお母さんだね」セルゲイが笑う。その顔は実にのほほんとしていて、グレンはガックリきた。 あれからも何度かエマルが呼ばれていたが、アズラエルはそのたびに顔の形が変わるほど殴られて――。アズラエルも「クソババア!」だのなんだの抵抗して手を上げるが、アズラエルの、一発で教官でも沈める重い拳はことごとくかわされ、そして百倍にしてかえされるのだ。グレンも、あんな母親はゴメンだと本当に思った。 たしか、まだ現役のはずだ。 |