でもそんなアイツだからこそ、ルナに惹かれるのがちょっと意外な気がしたのも事実だ。

 さすがに今のアイツは、ヤバいやつではあるが思春期みたいなバカはしない。

ルナと一緒にいるアイツは、完全にヤニさがっている。マシンガンでもブっぱなしてやりたくなるほどだ。

ルナと並ぶと犯罪者にしか見えねえ。つうか、L18の同期に見せたらみんな腰抜かすぞ。

あのアズラエルが、こどもみてえな可愛い女にメロメロだってみんな知ったら。

でも、あれだな。

俺もきっと、ルナと一緒にいるときは、人のこと言えねえっていうか、あんな間抜け面なんだろうなと思うと、グレンはやり切れなくなった。

 

「そうか」

セルゲイは、あいまいな表現をした。「よくわかったよ。ありがとう」

 

これだけの説明で、何がわかったというのか。普通の人間がそんな言葉を吐いたなら、その軽さにグレンはイラっときただろうが、セルゲイの場合、そんな軽さよりも、得体のしれないなにかが奥にある気がして、苛立つより、まずいことを教えてしまったんじゃないかと困惑するほどだった。

 

「――ずいぶん、君はアズラエルのことを知ってるんだね」

「まァ……きっと、腐れ縁てヤツなんだろうな。いけすかないが、」

「認めるライバルってやつなのかな」

「そんな立派なモンじゃねえよ」

 

グレンは聞いてみたかった。自分がこれだけ話したのだから、セルゲイがルナをどう思っているのかくらい、聞いても構わないはずだ。

この男は、ルナを本当はどう思っているのか。

以前言った、「私は、ルナちゃんを一人占めしちゃいけないんだ」というセリフを、グレンは鵜呑みにしているわけではなかった。

自分だって、理性では、とうにルナを諦めかけている。

ルナはアズラエルを愛している、それが現実だ。

グレンは、諦めが早い方だ。昔から、いろいろ諦めねばならないことの方が多かった。だから、ルナのことだって、諦められると思った。

けれど、ルナに出会って、理性がままならない恋があるのを、初めて知った。

たまにアズラエルを殺してでも、ルナを手に入れたいという欲求に、困惑することすらある。

セルゲイはどうなのか。涼しい顔をしてはいるが、本当にルナを諦めているのか。

     

セルゲイの話の引き出し方のうまさに、グレンは舌打ちしたくなった。こんなに話すつもりはなかったのだ。そういえば、この男はカウンセラーとやらだった。道理で聞き上手だ。グレンはこれ以上アズラエルの話を続けたくなくて、さっさと断ち切った。

 

 「セルゲイ、あと三十分ほど撃ったら、俺は泳ぎに行く。おまえはどうする?」

 「そうだな。少し汗を流したからもういいよ。温泉にでも入りに行こうかな、確かこのビルにサウナつきであったよね」

 「そういやルナも温泉とか言ってたな。温泉ってなんだ?」

 「ああ――軍事惑星には温泉ないもんね。寒い惑星多いのに」

 セルゲイが一通り温泉の説明をすると、グレンはある特定の箇所にだけ食いついた。

 「――ようするに、部屋についてる貸切の温泉は、女連れて入ってもいいってことなんだな」

 「そうだね」

 「……ルナと入りてえ」

 「それは私も同意見」

 ふたりは俯いたまま、しばし沈黙すると、

「……今夜はどうする? エレナちゃんの夕食は食べれるの?」

とセルゲイが先に沈黙を破った。

 「いや、俺はルシアンだ。エレナにはメシはいらねえって言っといてくれ」

 「わかった」

 帰り道、気を付けるんだよと、セルゲイは微笑んで手を挙げ、先に出ていく。

 ルナなら気を付けなければならないだろうが、グレンに襲い掛かる怖いもの知らずがいると、セルゲイは思っているのだろうか。

 

 ……いや、いるな。

 

 今日、射撃場に来たのも、銃の腕が鈍っていないか確かめに来たのだ。

 この宇宙船に入ってからも、基礎体力は落とさないよう、ジムやプールには定期的に通っていたが、射撃場にはまだ一度も来ていなかった。

 学生時代に磨いた腕は健在だ、てごたえは悪くない。

 グレンはすでに、持ち込んだ銃をベッドわきに置いて寝ている。アレを使う日が、来ないことを祈るが。

 ユージィンが放った刺客とやらは、もうこの宇宙船の中にいるのだろうか。

 

グレンは、銃に込めた弾をすべて撃ちつくし、銃を置いた。

弾はすべて、標的のど真ん中に命中していた。

 

 

 さて、こちらはルナである。

あの楽しいバーベキューパーティーから、二週間も経った頃。

 

ルナは、エドワードとレイチェル、シナモンとジルベール、リサとミシェルと一緒に、宇宙船内のステーションにいた。

ナターシャとアルフレッドを、見送るためだ。

 

「寂しくなっちゃうわね」

レイチェルが、少し涙ぐんで言った。ナターシャは少しどころではない。化粧っ気のない顔は、滂沱の涙で汚れていた。

「レイチェル、身体に気を付けてね。おなかのこのためにも」

「ありがと。生まれたら、写真送るわ」

レイチェルの妊娠は、バーベキューパーティーの翌日、産婦人科で発覚した。レイチェルはサルディオネから告げられたあと、いてもたってもいられなくて次の日すぐ行ったのだ。

 

別れを惜しんでいたのは、なにも女子だけではない。

アルフレッドとエドワードも、まるで兄弟のように仲良くなっていた。サルディオネの言葉は嘘ではなかった。せっかく、兄弟のような彼に会ったのに、二週間で離ればなれだ。アルフレッドは、ほんとうに後ろ髪を引かれる思いだった。

「必ず、電話するよ」

エドワードも珍しく涙目で、アルフレッドと固く握手を交わした。

「元気で」

ジルベールも、アルフレッドの肩を励ますように叩く。

「達者でな。ケヴィンにもよろしく伝えてくれよ」

「落ち着いたら住所教えてね。写真とか――メールも送るわ」

リサとミシェルも、ナターシャと固く抱き合った。

「また、みんなでバーベキューパーティーできたらいいね」

 

バーベキューパーティーから二週間、結局、ナターシャは宇宙船を降ろされることになってしまった。サルディオネに無礼を働いた者たちとの、連座責任だった。

ナターシャは強制的に母星へ帰されることになったのだが、アルフレッドは、あのときのサルディオネのアドバイス通り、ナターシャと一緒に降りることに決めた。サルディオネは家族にも黙っていろと言ったが、それは難しい。一度は、ナターシャの実家に帰らなければならないのだから。だが、ナターシャとブレアの両親も、ブレアのことには心を痛めていた。すでに電話で話はすんでいる。ナターシャの両親は、ブレアに二人の居場所を知らせないと約束した。ナターシャの実家に顔をだしたあと、ふたりはケヴィンの住むL52へ旅立つ予定だそうだ。

 

「不公平だわ。どうしてブレアが問題を起こしたのに、ナターシャが降ろされるの」

シナモンは憤慨していた。言い分はもっともだった。

ナターシャは強制的に船を降ろされ、この宇宙船に乗る資格も永久に失ってしまった。彼女はもう二度と、地球行き宇宙船には乗れないのだ。それなのに、問題を起こした当事者であるブレア、そしてイマリは宇宙船に残ることになってしまったのだった。

ナターシャは、いった。

「いいの。あたしが決めたの。ブレアの代わりにあたしが降りるって。これは、あたしと役員さんと、それからサルディオネさんと話し合いした結果なの。あたしにも、ブレアを甘やかしてきた責任がある。あのブレアの行動を引き起こしたのは、あたしだわ。……でも、これが最後。あたしがブレアの尻拭いをするのは」

「でも――あのこがここに残ったって、何にもならないと思うわ」

レイチェルも不満気に言ったが、ナターシャはいいえと首を振った。

「そんなことないわ。この宇宙船は、奇跡の起こる場所。あたしも変われた。きっとブレアも変わる。サルディオネさんもそういっていた。あたしは、その言葉を信じてみようと思うの。あのこがここに残ることにも、何か意味があるんだと信じているわ」