ナターシャは、かつての誰にも聞こえないような声ではなく、誰にでも聞こえる、しっかりとした口調で話すようになっていた。言葉にも、力がある。シナモンは笑って、ナターシャの肩をたたいた。 「変わったね、あんた。でも、今のアンタのほうがあたし、好きよ」 ナターシャは微笑み返した。その微笑みも、まえとは違う、自信にあふれたものだった。 変わったのは、ナターシャだけではない。ブレアもまた変わった。それはナターシャたちにしかわからない、わずかな変化だった。 彼女は、自分が宇宙船に残れると知ったときに毒づいた。かつてのブレアであれば、どんなに毒づいても、ナターシャを追って一緒に降りたはずだ。彼女は、「あんたなんか二度と顔も見たくない」と言って、一緒に来なかった。無論、今日も見送りになど来ていない。 それは、ナターシャから見たらものすごい変化だった。 ブレアが、追ってこないというだけでも。 サルディオネに無礼を働いた仲間たちは、ブレアとイマリ以外全員、一週間前に船を降ろされている。 サルディオネはあのとき言った。ルナは忘れてはいなかった。 『宇宙船を降りるまでに、一週間の猶予を与えよう。あんたがたの魂魄がZOOカードに現れたならば、私がすべてを収めてあんたがたの降船処分をとりなそう。だが、現れなければ、あんたがたは宇宙船を降ろされる。――そのあいだ、よくお考えなさることだ』 ブレアとイマリが宇宙船に残されたということは、彼女らのZOOカードが、現れたということなのか。 「ルナ」 ナターシャは、ルナに向き直って言った。 「サルディオネさんから伝言があるの」 「え?」 サルディオネから? ルナは、どきりとした。 ナターシャは、困惑げに言った。 「あたし、さっぱり意味が分からなかったんだけど、サルディオネさんが、ルナにはわかるっていうの。だから言葉通り伝えるわね。ええと……」 ナターシャはポケットから紙を取り出した。メモしてきたようだ。 「ええとね、――『うさぎ・コンペで反抗的なうさぎを見つけたら、教えてほしい。何色だったかとか、特徴的なこと。おそらくそのウサギがイマリだ。それからまた遊園地の夢を見たら、黄色と茶のまだらネコ――ブレアだけど。彼女がどこにいるか、見つけてほしい。見つけたら、すぐ連絡が欲しい。アントニオ経由でも、直接でもいい。どうかよろしく』……だそうよ」 「……」 ルナは沈黙した。意味は分かる、なんとなく、意味は分かるが――。 聞いていたミシェルたちは、「……どういう意味?」と首をかしげていた。 ルナはとりあえず、メモをナターシャから受け取ると、「分かった。ありがと」と言った。 「あたし、あなたに会えたのが一番嬉しかった」 ナターシャは、ルナにギュッと抱きつき、ルナにしか聞こえない、まえのような小声で言った。 「ルナはどうか知らないけど、あたしは――ルナが、いちばんの親友だと思ってるの」 「うん。あたしも、ナターシャは親友」 ルナも抱き返した。ナターシャはそれを聞いて、また泣いた。 ナターシャがなかなかルナから離れないので、アルフレッドは苦笑しつつ、ナターシャをルナから離さなければならなかった。もう、出発の時間なのだ。彼らの担当役員は、すでに出航する宇宙船の中で待っている。 アナウンスが鳴った。 『L系惑星群L80いきのL355便、搭乗ゲートが開きました』 「元気でね。メールも、電話もするわ。手紙も書く」 ナターシャとアルフレッドは、何度も振り返りながら、手を振って通路を歩いて行った。ルナたちも、長いこと手を振っていた。手もつかれ、彼らの姿が通路の向こうで見えなくなると、ようやくみんな、手を振るのをやめた。 「……行っちゃったね」 エドワードが、ポツリとつぶやいた。 ジルベール夫妻とエドワード夫妻は用があって帰ったが、ルナとリサとミシェルは、久しぶりにリズンで、女子だけのお茶をすることにした。 なんだか、このまま帰る気にはなれなかった。ルナは、ひとりだけでもリズンでお茶をするつもりだったが、ミシェルもリサも、リズンに行きたいと言った。 今日は、旅立ちにはいい日だったかもしれない。 すっきりと晴れ渡った春の空。でも、彼らが乗るのは、真っ黒な宇宙が景色の、宇宙船だけれど。 「なんか、寂しいね。ともだちが降りちゃうのって」 ミシェルが言った。リサも、 「そうだね。なんか、しんみりしちゃうなあ……」 と言って、ココアを啜った。 ルナもそうだった。また、見送ってしまった。ケヴィンとここでお茶をして、ここから見送ったのが、まるで昨日のことのようだ。 リサが、両手を上にあげて背伸びをした。 「この宇宙船の中って楽しすぎて、時間があっという間に過ぎちゃうよね。てかさ、この三人で会うのも久々じゃない?」 「そうかも」 「ここにキラがいれば完璧なんだけどさ、」 そこで、ルナも思い出した。 「あっ! キラ!!」 「な、なによ。どした? ルナ」 キラは、どうしているだろう。結局バーベキューパーティーには来なかったし、電話もない。 「キラ、元気かなあ?」 ミシェルもリサも、顔を見合わせた。 「元気かって、ねえ……」 「うん……」 ふたりとも歯切れの悪い返事をするので、ルナは「なにか大変なの?」と思わず聞いた。 「や、大変とかしらないよ。だって、キラさ、さいきん遊びに誘っても「今日は行けない」って、そればっかりなんだもん」 ミシェルが困り顔で言った。リサも、 「あたしも一回電話したんだけどさ、少し話した後、「おばあちゃんたちと出かける時間だから」って、電話切られちゃって。なんか付き合い悪いって言うかさ、……ま、でも、あたしはあんまりキラにはよく思われてないからさ、仕方ないっちゃしかたないけど」 「リサ、知ってたんだ」 ミシェルが驚いて言う。リサはあははと笑った。 「まあねー、あたしもここ来たばっかのとき、あんたらに彼氏とか押し付けすぎたもんね。あれは失敗した。ウザがられるのは仕方ないって思ったし」 リサはあっけらかんと笑う。キラに疎まれていたのも、承知の上だったらしい。 「でも、あたしはともかく、あんたら二人とも会わないわけ? それはおかしいよね」 「ルナだって、このあいだのバーベキューのときも誘ったんでしょ?」 ミシェルの問いに、ルナも頷いた。 でも結局、ふたりは来なかった。 「付き合い悪いのって、キラだけじゃなくてロイドもだよ。ミシェル……て、うちの彼氏の方ね、今ちょっといろいろあって忙しくしてるもんだから余計だけど、ロイドとぜんぜん会ってないって」 「……どうなってんの? あのふたり。結婚するんでしょ?」 「ラブラブなのはわかるけどさ〜、バーベキューパーティーとか、みんなが集まる席にくらい来たっていいじゃない、ねえ」 「そうだよね。そんな付き合い悪いふたりじゃなかったはずだけどな。年末の、レイチェルたちの結婚パーティーにも来なかったでしょ?」
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