そのころ、ルナとリサの部屋で、朝っぱらから顔を突き合わせているアズラエルとクラウドだったが、クラウドはもう十杯目を数えるコーヒーを飲みほし、アズラエルは灰皿の上に、もう十何本目かを数えるたばこを押し付けた。たばこの山は崩れ、灰皿の外に押し出された。

アズラエルは窓を開けて換気をし、空気清浄器のスイッチを入れた。ルナはタバコの匂いにぶつくさ言わなかったが、それでも普段アズラエルはルナの前では吸わない。この部屋に充満しきった匂いを嗅いだら、さすがに文句を言われそうだった。

 

彼らは今日、カサンドラの言った、あの「予言」について話をしていたのだった。

互いに知っている情報はバラバラだ。だから、そのバラバラな情報を、ここでぜんぶまとめようと提案したのはアズラエルのほうだった。なにしろ、それらの予言はルナに関わるものだからだ。クラウドは、否とは言わなかった。

彼は朝からノートパソコンを持ってこの部屋を訪れ、自分でまとめたいままでの経緯を開示した。

そして、夕方。あっという間に時間は過ぎた。

 

「OK。アズ、ここでいったん総括しよう」

 クラウドが手を挙げた。

「要はさ、アズ。ルナちゃんになにかあったときのために、最大限の用意をしておきたい、そういうことなんだろ」

「そうだ」

「なぜか、ルナちゃんはL03の予言に関わっている。バグムントの話によると、ルナちゃんとミシェルの担当役員はカザマさん。彼女は特別派遣役員で、じつのとこ、ルナちゃんとミシェルは、極秘中の極秘、VIP船客だったと」

「そうだ」

「で、ルナちゃんは、L03の高等予言師の予言に記された人物、であるかもしれないと。それはまた、ミシェルにも当てはまるかもしれない」

「そ・う・だ」

朝から、何度となく続けてきた話に、アズラエルは痛むこめかみを押さえながら相槌をうった。

「アントニオも怪しい人物の一人だと――いうわけで。そうだな。まず、整理しよう」

「おまえ、今日何回整理した!?」

「俺は整理できてるけど、アズのためにやってるの。こんがらがってるのはアズでしょ」

クラウドが言うと、アズラエルは髪をかきむしって唸った。

 

まずは、ZOOカードと、それを生み出したサルディオネという人物のこと。

 

「……そこはいいだろ」

「アズは黙って聞く。……いいかい? 俺が調べたところによると、サルディオネというのは、L03の占い師の中で、新しい占いを生み出したものが授かる称号だそうだ」

クラウドはネットの画面を、アズラエルのほうへ向けた。

「ZOOカードを生み出したのはこの子、アンジェリカ・D・エルバ。時期サルーディーバの血縁関係で、妹らしい」

「ああ。俺は、もしかしたらガルダ砂漠でコイツを見たことがあるかもな」

「かもね、このあいだのバーベキューに来てたコだ。アズは話した?」

「いや……。グレンと何か話してたのは見たがな」

「俺もだ。聞きたいことはあったが、あの場で話せる内容じゃなかった」

 

そして、カサンドラの予言――。

 

カサンドラは、ルナ、「月を眺める子ウサギ」とサルーディーバを会わせてはならないと言った。彼らを逢わせれば、L系惑星群に大規模な戦争が起こると。

 

「だけど、ルナちゃんとサルーディーバは会ってしまった……」

クラウドは、新聞の切り抜きをスクラップしたファイルを持ち出した。これもさっきアズラエルはすべて目を通した。

「アズも知ってるだろうけど、最近、L4系の戦争が拡大化してきてる。L18の対応が全く間に合わないくらいだ」

「ああ」

「急にこういった記事が目立つようになってきたのは、ルナちゃんがK05に行った時期と一致する」

「なあクラウド」アズラエルは、またタバコに火をつけた。「ぜんぶ偶然てことは」

「これが偶然なら、俺たちの話してることはすべて無駄だ」

アズラエルは降参、というように手を挙げた。

「悪かった。つづけてくれ」

「ルナちゃんは、K05でサルーディーバだけでなく、サルディオネとアントニオにも会った。でも、ルナちゃんのカード、「月を眺める子ウサギ」をサルディオネは知っていながら、カサンドラと同じことは、ルナちゃんには言わなかった。ということは、その時点で、サルディオネはその予言を知らなかったということになる。サルディオネがその予言を知ったのは、カサンドラが亡くなってからだ。その予言の内容を書いた彼女の手紙を、ヴィアンカから渡されて」

「ああ」

「サルーディーバがこの宇宙船に乗ったのは、ルナちゃんが自分を助けてくれると予言を受けたからだそうだね。サルーディーバは、ルナちゃんに会いたくてこの宇宙船に乗った。だのに、カサンドラの予言では、二人が出会えば世界の破滅――まあおおげさに言えば――になるっていう。この二つの予言は別物なのか、それとも関わりがあるのか――分からないところだ」

「頭がパンクしそうだぜ……」

アズラエルは、イライラしてタバコを灰皿に押し付ける。

「だけど、ルナちゃんとサルーディーバの関わりだけじゃない。カサンドラの言葉によると、そこにおそらく、「孤高のトラ」のカードを持つ人物が関わってくる」

「孤高のトラ? ――ちょっと待てよ。見たぞそれ」

アズラエルは突然立って、部屋を出て行った。

そして、固いカバーの、分厚いノートを持ってきた。クラウドはそれがなんだかわかった。この宇宙船に乗った時、カレンダーと一緒に渡された日記帳だ。

 

「おい、内緒だぞ。ルナにバレたら、口きいてもらえなくなる」

ルナちゃんの日記帳かと尋ねると、アズラエルは決まり悪げに頷いた。

「……見たの?」

「……いや、その、……まァ……なんだ。アイツが熱心に書いてるから、ちょっと後ろから覗いたことあってよ……」

「わかった。ルナちゃんに内緒だね」

クラウドは約束し、ページをパラパラとめくった。

書いてあるのは、日常の些細なこと。クラウドはなるべく関係ない場所は読まないようにしながら、「孤高のトラ」という語句を探した。すると、あるページに突き当たった。そこには、ZOOカードの名称と、知人の名前が、きちんと整理して書かれている。

「俺が「真実をもたらすライオン」って、ルナちゃんも知ってたんだ……」

クラウドは思わず呟いた。

「あ? 何のライオンだって?」

「真実をもたらすライオン。俺のカードだよ」