「ただいま」

「あ、お帰りクラウド〜」

「びっくりした。いつきたの。お帰りなさい。……あれ? アズ?」

「おう」

アズラエルはリビングに一瞬顔をだし、それから自分の部屋へ向かった。

「遅かったね。夕ご飯食べたの?」

ミシェルがクラウドに聞くと、「や。……ずっとコーヒーばっか飲んでたんで胸やけがする。夕飯いらない」

「そお? ルナがさ、サラダ作ってくれたよ海鮮サラダ」

「ほんと? サラダなら食えそう。シャワー浴びてからそれ肴に飲もうかな。ルナちゃん、ありがと」

ずいぶん根を詰めた話だったのだろうか、クラウドの顔にもアズラエルの表情にも、疲れが見えていた。クラウドは上着を脱ぐと、ソファに放り投げて、

「シャワー浴びてくるね」と言って出て行った。

アズラエルが交代で顔を出す。勝手に冷蔵庫からビール缶を持ち出してきて、開けていた。

「ルゥ、運転頼んだぞ」

「任せといてー!」

ルナは、大喜びで手を挙げた。いつもアズラエルが、ルナの先回りをしてなんでもやってしまうので、たまにアズラエルに何かを任されるとルナは嬉しいのだ。

運転など、その最たるものである。アズラエルは、ルナに運転席を譲ったことはない。

 

「う〜ん」

アズラエルは、部屋を見渡して、呟いた。

「……そろそろ、マジで引っ越し考えるか」

ソファにどっかりと腰を下ろし、ビールを呷る。

「なあ、ミシェル。おまえクラウドとここで暮らすか? 俺はルナとK27で暮らそうと思うんだが。ここ引き払ってな」

「そうだよねえ……。あたしこっち住んでても、家賃は引かれてるんだから、もったいないよね」

ミシェルとキラの部屋は、ここしばらく二人が帰っていないこともあって、空き部屋同然だ。ミシェルは少し考え込むと、

「でもさ、あたし、どっちかというとK27で暮らしたいんだ。ここもけっこうひろくていいけど、あたしの部屋のほうがいいんだよね。あそこはルナの隣だし、レイチェルたちもいるし、リズンあるしマタドール・カフェ近いし」

ここ、周りに知り合いいなくて寂しいし、というと、

「なら、俺たちと一緒に部屋借りるか? 実はな、バーベキューのときアントニオと話したんだけどよ、今住んでるアパートの向かいにもうひと棟、あるだろ。あそこがこの部屋と同じくらい広いらしくってな。今日、クラウドと一緒に間取り見てきたら、実際ここより広かった。家賃はおまえらのアパートより少し高いが、ここよりは安い。どうだ?」

ルナは驚いた。そんな話、今日初めて聞く。ルナは頬をリスみたいにぱんぱんにして、アズラエルに食って掛かった。

「アズずるい! あたしそんな話はじめて聞いたよ! なんであたしに教えてくれないの!!」

アズラエルは困った顔で言った。

「……間取り見てから言おうと思ってたんだよ。だから、今夜話すつもりだったんだ」

「アズのばか! 勝手に決めて!」

「いや、もちろんお前の意見も聞くさ。こういう物件もあったから、どうだ? って話でだな、決定ってわけじゃあ……、」

拗ねたルナに、困り顔のアズラエルが、機嫌を取るように話しかけている。ミシェルは笑いたくなった。意外と、ルナってば、アズラエルを尻に敷いてる……?

 

「……シャワー浴びたら、すこしすっきりしたかな」

烏の行水とはこのことだ。クラウドはあっという間にシャワーを浴びて出てきた。パジャマを着て、濡れ髪を拭きながら。

「おうクラウド。今日ちょっと話したけどよ、引っ越しのこと。おまえどうする。ここで住むか?」

クラウドは、ビールを飲みながら、ミシェルに聞いた。

「ミシェルはどうしたい?」

「……あたしはK27のほうがいい、かな?」

「じゃあ、そうしよう」

あっさり、クラウドは言った。

「アズ、今日見に行った物件の話、したの?」

アズラエルは、ルナのご機嫌をうかがいながら、「ああ」と呟いた。

「あたし、そこでもいいよ」

ミシェルが言うと、クラウドは笑顔になった。

「じゃあ明日、四人で部屋見に行こうか」

ルナは、頬を膨らませていたが、クラウドのその言葉に少し機嫌を直した。

 

「じゃあ、今住んでる部屋は引き払わなきゃね。このK36の部屋も。それからルナちゃんたちが今住んでる部屋も」

「引き払わなきゃダメかな。リサたち、なんていうだろ?」

ルナが不安げに言うと、クラウドが「だいじょうぶだよ」と言った。

「リサちゃんは、なんだかんだ言って、今はミシェルとK37で暮らしてるんだ。ロイドはキラちゃんと、あのおばあちゃんたちと――K06だっけ? ――で暮らしてるんだし。彼らも承諾すると思うよ」

メンズ・ミシェルとロイドは、入船時はK31にいた。だが、K31は宇宙船の中でもかなり北部に位置し、(K03区の隣だ。)高速も通っていず、いろいろ不便だったため、すぐにK37に引っ越した。アズラエルとラガーで出会ったころは、すでにK37の住民だった。今は、メンズ・ミシェルはリサとK37で暮らしているし、ロイドたちはK06にいる。

 

「そうと決まれば話は早い。電話借りるぞ」

 

アズラエルが立って、電話をしに行く。どうしてこんなにL18の人間は行動が早いのだろう。ルナはまだ、いいともなんにも言ってないのに。文句を言うすきがなくてぼけっと見ていたが、いつの間にかクラウドが、海鮮サラダをテーブルに持ってきて、ドレッシングを回しかけていた。いつのまに。なんて素早いのだろう。

ルナがトロすぎるということもあるが。

 

「旨い。ルナちゃん、最高」

エビとホタテに火を通し、海藻とレタスとタマネギを切って混ぜただけである。ガーリックフレークをすこし乗せている以外は、味はドレッシングだ。

 

「リサはいいってよ」

五分と経たないうちに電話を戻し、アズラエルが戻ってくる。

「ほんとに?」

あまりに話が早く片付きすぎるもので、ミシェルが疑わしげに聞いた。

「ああ。一気には無理だけど、あさってから少しずつ荷物運ぶってよ。リサも、早く引き払いたかったみたいだぜ。おまえら、今日その話しなかったのか?」

ルナとミシェルは首を振った。

「そうか。でも、リサはOKだってよ。あとはキラだけか。――おい、旨そうなもん食ってンな。一口寄越せ」

アズラエルが、横からつまみ食いする。

「うまい」

「今日ってさ、その引越しの話してたの?」

ミシェルが聞くと、男二人は顔を見合わせ、

「まあ、それもある」とあいまいな返事をした。

「ミシェルの部屋のことは、俺が明日、キラちゃんに聞いてみるよ」

クラウドが、アズラエルにフォークを貸して言った。アズラエルが猛然と食べ始める。

「ちょ、アズ。少し残しといてよ!」

クラウドの抗議は正解だった。アズラエルが食べ始めたら、またたく間にサラダは半分に減っていた。