「……内容は、なんといいますか、子供のかく物語のような、……うまく言えないのですが、日記、とは違う気がしました。そうですね、童話ですね。――動物が出てくる童話ですよ」

 

心理作戦部の調査でL18に呼び寄せられた、そのシステム・エンジニアと五人の作業員は、それぞれ同じ返答をした。

「六人で分担作業したもんですからね、……あんまりいろんな話があって、内容などいちいち覚えてないです。L18? L18の話なんぞあったかなあ」

「ああ、あったよ。あった。ウサギさんのお話だ」

「ウサギさんって、でも、みんなウサギさんが主人公だったろ」

彼らの証言はみなバラバラで、とにかくウサギが主人公の、童話の羅列ということは分かった。

「――L18の予言? そんなものは書いてませんでしたがね……」

 

彼らが嘘をついているようには思えなかった。彼らは、聞かれるまま何でも素直に吐いた。覚えていないというのも無理もない。一年以上前のことであり、たしかに依頼自体は奇妙なものだったが、内容はうさぎがどうの、ライオンがどうのという童話だ。

 彼らは、山ほどそういう仕事をしているのだ。システム・エンジニアという肩書は持っているが、彼らの仕事はL31で書類の保管、古くなったディスクを新しいものに書き込んだり、ディスクを修復する作業ばかり。内容など片っ端から忘れていくし、ひとのプライバシーに関わることは、よけい早く忘れるようにしているのだ。

 

「――はい。そうです。IDだけでも中身は見れるようになっています。IDは、彼女の希望で、「『船大工の兄』、『船大工の弟』、『夜の神』、『月の女神』にしました。その通りです。順番に打ち込みます。四重のロックですね。パスワードは、『はじまりの神話』でしたが、パスワードは彼女でも簡単に変えられるようにセットしましたので、もしかしたら変えられていることもあります」

 

 彼らがディスクに施したマジック、それは。

 いま、心理作戦部A班を悩ませている、あの文章が流れる速度だ。

 IDを入れ、文章を読もうとすると、最初に警告音とともに画面が現れる。それは、このディスクを読むときの注意事項だ。

 「このディスクは、たった三回しか、停止ボタンは押せません。そして、読んだページはすぐ消えます」

 このディスクは、恐ろしい速度で文章が流れていくだけではない。再生されたページは、片っ端から消えていくのだ。消えれば、もう再生はできない。巻き戻しも、一時停止もできず、すさまじい速度で文章が流れていく。これでは、普通の人間は読めない。

 事実、さっき心理作戦部が流した部分は、すでに消えていた。

リカバリーも、ダビングも、複製も不可能。絶対に復元できないような作りにしたのも、彼女の依頼のひとつだった。

 

 これを読むことができるのは、この文字の流れるスピードについていける視力を持ち、速読できる力があり、しかも、読んだ傍から暗記できる人物だけだ。

 この、膨大な量を。

 

 「マリアンヌ様は、とても賢い方でした」

 シエハザールが言った。

 「確かに、L03にはコンピュータは普及していませんが、それでも、外部の星との通信手段のために最低限は設置されています。彼女はメルヴァの双子の姉であり、L03でも位の高い貴族出身ですので、彼女は長老会――軍事惑星で言えば政府の高官といったところでしょうか――の書記を務めていました。長老会の秘書室に入るにはコンピュータが扱えないといけません。ですから、マリアンヌ様はまったくコンピュータが素人というわけではありません」

 「そうだったのか」L31のシステム・エンジニアは納得したように頷いた。

 「L03のひとのわりに、けっこう知ってたからね」

 「それから、マリアンヌ様は下級予言師です。星に関する、大きな予言はできません」

 下級予言師というのは、明日の天気がわかるぐらいの予知力しかない、とシエハザールは言った。へえ、と興味深げに頷いているのはシステム・エンジニアの彼だけだった。

 

 「では、あの手紙の予言はどうなる」

 ユージィンは、シエハザールから銃口を外さず、聞いた。

 「あれは、あの女が予言したのだろう」

 「ですから、マリアンヌ様は、とても賢いお方と申し上げました」

 シエハザールは、腕を組んだ姿勢を、少しもぶらせてはいない。

 「彼女が見たのは、未来の予言ではない。――過去の、物語です」

 「過去の物語だと?」

 「そうです。……おそらく、その物語から、そして今の現状から推察した結果が、あの予言の中身だったのでしょう。あれは予言ではない。彼女の推察だ」

 「貴様はディスクを見ていないと言ったな。なぜそれが分かるのだ」

 「私は、読んではいません。しかしメルヴァ様は読みました。真砂名の神に、見せられたと言ったほうが正しい。彼がそう言っていた。――マリアンヌ様のあれは、正確には予言ではない、真砂名の神から教わった、過去の物語を知った上での推察だと」

 「あの手紙には、予言、と書いていたが」

 「予言、と言ったほうが長老会は信じると思ったからでしょう。逆に言えば、彼らは予言は信じるが、ひとの頭脳は信じない。何度も言ったように、彼女は予言はほとんどできない。だが――とても賢かった」

 シエハザールは言った。

 「われわれL03の予言師たちは、予知夢を見たり、神に祈って未来の予言を見る。だが、そんな予知力がなくても、鋭い洞察力と情報の咀嚼力に長けた人間は、まるで予知力のあるもののように先を見通せる――あなたがた軍人は、そういう方法で軍略を立てる。数々の歴史が証明してきたことではありませんか」

 ユージィンは、暗記するほど読んだあの文面を、思い返していた。

 

 

 ――長老会様、マリアンヌです。

しつこくお手紙を差し上げて申し訳ありません。ですが、どうかもう一度考え直していただきたいのです。マリアンヌの予言が信じられぬというならば、どうかサルーディーバさまに申し上げて、高位の予言師様たちに伺ってください。

あのサルーディーバ様を――私たちの若き姉であるサルーディーバ様を、地球行き宇宙船に乗せることは決してしないでください。あれだけお止めしたのに、皆さまはお姉さまを宇宙船に乗せておしまいになられました。

それは、メルーヴァの改革の、もう一つの道なのです。

サルーディーバ様がL03に残れば、三年後、とある若者がL03を訪れます。そうすれば、イシュメルが生誕し、革命はL03内で収束し、たった三年で終わるのです。たくさんの血が流れることもありません。

 

しかし、サルーディーバ様を宇宙船に乗せれば、もう一つの改革の道――L系惑星群が戦禍に巻き込まれることとなります。それはL4系から戦争の火種が発し、いずれ全土におよびます。L18でも異変が起こります。ドーソン一族は完全なる滅びを迎えるでしょう。L18を支配するドーソン一族の力がなくなるということは、L系惑星群の軍事惑星の要ともなるL18の体制が揺らぐことになります。多かれ少なかれ、そうなります。そうなれば、L4系の反乱を、抑えきれなくなる。それによって、L系惑星群に戦火が広がるのです。

L03とL18の異変は、同時に起こってはならぬのです。

どうかいま一度、お考え直しくださいませ。マリアンヌの言葉を、お聞きくださいませ。

サルーディーバ様を、宇宙船からL03に呼び戻してください。

どうか、マリアンヌを信じてください。

お願いします。

わたしは、L03のために、この小さな命を投げ出しましょう。わたしの不出来な弟のしでかした、たった一度の過ちを許してもらうためにも。

長老会様、どうか、すべての民の幸せをお守りください。

たくさんの血が、流されるようなことがあってはならぬのです。

どうか、どうか、このマリアンヌの祈りをお受け取りください――。

 

 

 ――過去の物語だと?

 

 このディスクには、いったい、何が書かれているのだ。

 いったい、どういった内容から、L18の滅びを、ドーソンの滅びを推察したというのだ。

 

 ユージィンは、軍人である。どちらかというと厳然とした現実主義者で、神や予言を信じる人間ではない。だがL03の予言は別だ。あれは当たる。シエハザールが言うように、いままでの歴史がそれを証明してきた。

さらに、マリアンヌのそれが、予言と言われるより、事実に基づく深い推察だと言われた方が、心に突き刺さった。

 現実味を増した。

 

 「童話だの、ウサギだの!」

 ユージィンは吐き捨て、銃口を下ろした。

 「私が必要なのはそんなものではない! ドーソンの運命だ!」

 「……」

 「拘束しろ! そこのエンジニアと――、そうだ! 六人ともだ! それから、マリアンヌが宿泊したという農家の主もL31に行って捕まえてこい!!」

 システム・エンジニアと、五人の代筆者は蒼白になった。

 「ま、待ってください! 知っていることはみんな喋りました! 私たちは、ディスクを作っただけで――!」

 「自分たちが作ったものなのに、どうにもできないのか? 死にたくなければ内容を思い出せ! それができんのなら普通に読めるようにディスクを書き直せ! それができるまでL18からは出さん!」

 「……そんな、無茶な、」

 マリアンヌが持ってきた日記の本体があれば、もう一度ディスクを作ることはできるが、あれは、マリアンヌに返してしまった。もう、日記の本体はない。

 「勘弁してください! 私たちは何も――!」

 

 哀れな六人のエンジニアたちは、心理作戦部の隊員たちに引きずられていく。シエハザールは、それを哀れなものを見る目で見送った。

 ユージィンが、シエハザールの視線を感じて、鼻を鳴らした。

 「ずいぶんと、同情的だな」

 「――彼らに、真砂名の神の救いがありますように」

 「あやつらに同情している余裕があったら、自分の心配をしろ。あれの中身が分かるまでは、貴様もこの星から出れんぞ」

 ユージィンが部下数名を引き連れ、コンピューター・ルームを出ていく。

 「その男も、拘束しておけ」

 ユージィンの言葉に、心理作戦部の隊員がシエハザールを囲んだが――。

シエハザールはまた深く軍帽を被った。次の瞬間には、隊員たちの前からこつぜんと、姿を消していた。