「よお、元気そうじゃねえか」

 バグムントが花束を掲げて病室へ入ってくる。続いてカザマとミシェルと、アズラエルが。グレンはアズラエルの顔を認めて嫌な顔をしたが、アズラエルもグレンと同じ顔をしていた。いつものことである。

 「本当に。呆れるほど元気ですよ。この人、今朝ひとが居眠りしてるのをいいことに、病室から抜け出してタバコ吸いに行ったんですよ?」

 チャンは、自分の座っていた椅子をカザマに勧めながら言った。グレンが、言うな、と顔でジェスチャーするが、遅かった。ルナが呆れた声を出す。

 「グレンてほんとにばか!!」

 「ほんとにバカですよ。……麻酔は致死量だったんですよ? 普通の人間なら死んでいてもおかしくない量だったんです。あなたは自分の頑丈な身体に感謝するべきです」

 「……俺は毒も麻酔もある程度耐性つけて――、」

 「そういう問題じゃないの! タバコはだめなの! グレンは病人!!」

 「……」

 チャンとルナに挟まれて、グレンは嫌な汗をかいた。昨夜不審者が部屋に侵入してきたときも、こんなに焦りはしなかった。なんだこの最強タッグは。

 アズラエルはこの最強タッグに挟まれた覚えがあったので、ほんの少し、わずかに、ちょびっとだけ、ほんの0.01ミリほど、グレンに同情した。

 

 

 「おはよう。……え? なに? 起きてる。信じられない。ゴキブリみたいな生命力だね」

 「……おまえそれ、見舞いに来て言うセリフじゃねえぞ」

 クラウドの、対グレンのセリフは相変わらず辛辣である。グレンがベッドに座っているのをいいことに、上から目線で登場したクラウドは、バーガスとレオナを背後に連れていた。

 

 「よう! ゴキブリ少佐! 殺しても死なねえってのはマジだったんだな」

 「何ピンピンしてんだい? 可愛げがないったらないねえ。虫の息だったら同情位してやるのにさ。それになんだい? こんな個室ゼイタクに。お坊ちゃんてのはこれだから……。あんたより病人はいっぱいいんだから、とっとと出たらどうだい」

 バーガスとレオナのセリフは、傭兵の標準レベルの会話である。決して、彼がドーソン一族だから皮肉ぶっているわけではない。決してない。

 

 グレンは、自分の身体の頑丈さをちょっとだけ恨んだ。一週間くらい昏睡状態になればよかった。心配してくれたのはルナだけである。

 

 「グレンさん、ほんとにだいじょうぶなの?」

 ルナだけではない、ミシェルも心配してくれる。グレンは、女の子たちの暖かい言葉にちょっと感動しながら、

 「ああ、平気だ。まだ麻酔残ってるみてえだから、頭ガンガンするけどな、」

 「彼女いないからって人の女の同情ひくのやめてくれる?」

 クラウドの零下273.15度の声が病室に響き渡る。

 

 「……ちくしょう。グレてやる」

 

 あとでエレナたちが見舞いに来るまで、グレンは本気で人間不信に陥った。

 

 それはさておき。

 

 「――さっき、中央役所から連絡が来ましたが」

 チャンが、携帯をパチン! といい音をさせて折りたたんだ。

 「ヘルズ・ゲイトの連中は四人とも、今日中に宇宙船を降ろされます。L18に強制送還ということですね。それから、クラウドさん宅に侵入した方々も、」

 「ったくよ。クラウドの巻き添えで、なんで俺がこんな目に」

 グレンも今朝チャンから、クラウドが襲われたことを聞いていた。

 「……何言ってんの。俺が君の巻き添えだろ」

 「狙いはてめえだって言うじゃねえか。俺は、何も言われなかったぜ」

 「君と俺の件は別件だろ」

 「そこ、喧嘩はいけません」

 カザマが、バーガスたちの手土産のリンゴを剥きながら、笑顔でグレンとクラウドの間の空気をシャットアウトする。なんだか包丁が凶器に見えて、二人は黙った。

 チャンが、嘆息して仕切りなおす。

 「グレンさん、今朝がた私にお話ししたように状況をもう一度ご説明願います」

 「は!? また喋るのか?」

 「情報は共有しませんと。何のために今日集まってもらったのですか」

 

 チャンに逆らうと、後で面倒だ。グレンは、しぶしぶ説明した。

 

 ――昨夜のことだ。

 グレンがベッドに入って微睡んだ頃、おかしな音がしたので目覚めた。枕の下の拳銃を持ち、そっとドアを開けて様子を伺った。次の瞬間だ。口を覆われて自分は倒れた。まだ意識はあったので、落とした銃を拾おうと手を動かしたらもう一度口を塞がれ、意識が混濁した――。

 

 

 「……それだけか」

 アズラエルのツッコミに、グレンは「それだけだ」と返した。

 「改まって昨日の状況、とかいうレベルじゃねえぞ」

 麻酔薬嗅がされて失神したって言えばいいだけじゃねえか、とアズラエルは言ったが、チャンに一蹴された。

 「お黙りなさい。……状況説明というのは正確を要するものです。どこに、どんな発見があるか分からないではありませんか。ちなみに付け足せば、」

 チャンは、愛用の電子手帳を見ながら言った。

 「グレンさんは合計五回は麻酔を嗅がされています。ほんの十分かそこらの間に。なかなかダウンしないので、彼らも手こずったようですね。まさにゴキブリ並みの生命力」

 「分かる分かる。ゴキブリって潰してもまだピクピク言って――、」

 「やめてよクラウド! 想像しちゃうじゃない!!」

 「お前ら、俺、本気で泣いちゃうぞ?」

 俺、そんな弄られキャラだったかな、とグレンは真剣に悩んだ。

 

「グレンさんのゴキブリっぷりは寄せておきまして――セルゲイさんはまだ来ておりませんので、では、バーガスさん、レオナさん、」

 「……俺たちもか?」

 「当然でしょう。……もとはといえばあなた方が発端です。あなたが、グレンさん襲撃が今日だと三十前に教えてくださらなければ、私たちだってあんな周到に用意はできませんでした」

 「……」

 「どんな手段で、グレンさん襲撃の日付と時刻を知ったのです?」

 レオナとバーガスは、困った顔で互いを見やった。

 昨夜もそうだった。アズラエルが聞いたが、ふたりは口を濁した。

 

 「よろしい」

 チャンは眼鏡を押し上げ、誓うように右手を挙げた。

 「――今ここで聞いたことは、どんなことがあっても白龍グループには流しません。あなたがたメフラー商社にも、それなりの情報調達手段があるのでしょう。私は白龍グループの出ですが、いまは宇宙船役員です。誓って白龍グループには……、」

 「あ、いや、そういうんじゃねえんだ」

 バーガスが慌てて言った。「――そういうんじゃねえんだが」

 「そういうんじゃないんだけどねえ……」

 レオナも、困ったように頭を掻いた。

 「そのう。……こういうのってね、言っても信じてもらえないかもしんないんだけど」