レオナとバーガスが話したことは、衝撃も衝撃だった。周りが信じる信じないというより、話しているバーガスとレオナでさえ、まだ半信半疑だったのだから。

 

 「メルーヴァ・S・デヌーヴが、現れたってえ!?」

 

 バグムントの呆れた――素っ頓狂な声に、真っ赤な顔をしたレオナが、バンッとバグムントの背中をたたいた。バグムントは口から胃が出るほどの衝撃を受けて、噎せこんだ。

 「だっ……から、言いたくなかったんだよ!!」

 「ちょっと待ってください。メルーヴァ――あのL03の革命家が、あなた方の前に現れたって言うんですか? なんのために?」

 「なんのためって――そりゃ、こいつのためだろうなあ。コイツの襲撃の時刻を教えてくれたんだからよ」

 バーガスが、グレンを指さして言った。グレンもまた、呆気にとられた顔でそれを聞いている。

 

 ――昨夜、零時を過ぎたころだろうか。

妊娠したレオナは、最近眠くて仕方がなかった。まえのように深夜過ぎまで起きていることができなくて、先にベッドに入った。それから間もなくである。自分を起こす声が聞こえた。バーガスかと思い、手を振り払おうとしたが、その腕をつかもうとしても、自分の腕がすっと抜けていく。驚いて飛び上がった。コンバットナイフを構えると、めのまえの侵入者は、口にそっと人差し指を当てた。

 『静かに』

彼は言った。白髪の長い髪を束ね、片頬にキズのある、L03の民族衣装を着た彼は。

 『……私をご存知ですか』

 レオナは首を振った。だが、振ったところで気づいた。この顔を見たことがある。ニュースで。

 『私は、メルーヴァ・S・デヌーヴ』

彼は律儀に名乗った。その名は、レオナの記憶と合致した。

 「何の用だい!?」

 宇宙船に乗っているなんて。指名手配中の革命家が。

 『ひとつお知らせを。グレン・J・ドーソンが今日、傭兵グループ、ヘルズ・ゲイトに拉致されます。彼らの襲撃は、これから一時間ほどあとでしょう。彼らは鍵を壊してグレンの部屋へ侵入します。グレンの襲撃に向かうのは三人、そして荷物集荷場に待機がひとり』

 メルーヴァはにっこりとほほ笑み、『お急ぎを』と言って消えた――。

 

 「びっくりしたよ。めのまえですーっと消えていったんだ! あたし、ほんと、ほんっと、心臓が縮んだよ! たいていのことじゃびっくりしないけどね、あれだけは――!」

 「女房が、『グレンが今日襲われる! あと一時間!!』ってリビングに駆け込んできたときは俺も縮み上がったけどな……」

 「タ○がだろ! 女房寝かせてエロ番組なんぞ見やがって!!」

 アズラエルとクラウドが、ルナとミシェルの耳を同時に塞いだが、間に合わなかった。

 

 「つうかよ。おまえらに言いにきたってことは、メルーヴァは、おまえら夫婦がグレンのボディガードで宇宙船に乗ったってことまで、知ってやがったのか」

 バグムントのセリフに、彼らは三人三様に叫んだ。

 「そうか!!」

 「うお怖っ!! 言われて気づいたぜ! なんでそんなことまで――!?」

 「……おまえら、俺のボディガードで宇宙船乗ってやがったのか!?」

 「静かに。ここは病院ですよ?」

 みんな、カザマの手から包丁が離れるまで騒がないことに決めた。

 

 「おい、俺のボディガードだと? 誰の依頼だ。俺はそんなの頼んでねえ――」

 「シンシアだ」

 アズラエルが静かに言った。ルナが、ぴょこんと頭を揺らすのに気づいて、それを撫でながら。

 「シンシア、だ?」

 急にグレンの顔も暗くなった。グレンが何か言う前に、アズラエルが畳み掛けるように言った。

 「俺がシンシアからチケットを預かってた。……自分が戻ってきたら、返してくれってな。……自分が戻らなかったら、このチケットでグレンを宇宙船に逃がしてくれって、そう言い残してだな、……結局、アイツは帰らなかったし、俺は俺でチケットはあったし、おまえもルーイに誘われてただろ? だから、バーガスとレオナが代わりに乗った。おまえをドーソン一族から守るために」

 「……アイツ――地球に行くつもりだったのか」

 「聞いてなかったのか」

 「――聞いてねえ」

 それきり、グレンは黙った。アズラエルもだ。だれもが口をはさめないほどタブー視された話題であることは、まるで関係ないミシェルにも、この重い空気でわかった。

重い空気を入れ替えるように、カザマが剥いたリンゴをテーブルに置いた。リンゴは、バーガスたちの見舞い品だ。

 「剥けましたよ。皆さんで召し上がりましょう」

 みんな黙って、しばらく、カザマの剥いたリンゴをかじった。

 やがて、沈黙を破ったのはグレンだった。

 

 「ボディガードの件はわかった。だがな……なんで、L03の革命家が俺を助ける?」

 グレンが、さっぱり訳が分からない、と言った顔で唸った。

 「俺と奴は、何の関係もねえぞ?」

 「それはどうだかな」

 アズラエルの否定に、みんなの視線が集まった。

 「おまえがガルダ砂漠で死にかけたとき、お前を助けた若い連中の中に、メルヴァはいた」

 「なんだってえ!?」

 「それは、どういうことです」

 

 チャンが説明を求めたので、アズラエルは大雑把に、ガルダ砂漠での出来事を説明した。砂漠のオアシスで、サルーディーバたちに助けられたこと。そのなかにはメルヴァと、サルディオネもいたこと。

 

 「だから、おまえはぶっ倒れたままだったんで分からねえかもしれねえが、メルヴァもサルーディーバも、お前の顔は知ってるんだ」

 

 ――わたしは、貴方がたの幸せを祈ります。グレンさんとサルーディーバさまの幸せも。むろん貴方のことも……! お元気で……! ――

 

 恐ろしいほど純粋な瞳だった。こちらが居心地悪くなるほど。

 アズラエルは、幼いメルヴァを思いだし、苦笑した。

 先日のニュースで見たメルヴァの目は、鋭さは増したものの、あのころとなんら変わっていないように見えた。

 

 「――メルヴァ様が、現れた?」

 疑問符つきで言葉を発したのは、カザマだった。

 「おかしいですね……。メルヴァ様が残像を送ったと。そういうことでしょうか」

 「残像を送った?」

 L03をはじめとする、辺境の惑星群の住民が持つ特殊能力は、ほかの惑星では馴染みがない。

 「ええ。レオナさんのお話からすると、メルヴァ様は「触れなかった」のですよね。彼はこの宇宙船には乗っていませんし、そうなると、自分の姿を遠く離れた惑星から、レオナさんの寝室まで現したことになります。……自分の姿を、遠く離れたところに現して、会話することができる能力があるんです」