「すげえな」

 バーガスが感嘆してため息をつく。

 「ですが、その能力はかなり高等な技術なのです。だれもができることではありません。今この宇宙船に乗ってらっしゃるサルーディーバ様はおできになりますが、L03でもそれができるのは十人にも満たない。――メルヴァ様は、できなかったはず」

 「できるようになったんじゃねえか?」

 「簡単に仰ってくれますね……」

 バグムントのセリフに、カザマもため息をつく。

 「しかし――実際、そうなのでしょうね。おそらく、メルヴァ様のお力は、日に日に増しているのかもしれない。予言通り、革命者メルヴァとして立ったその日から――」

 カザマの声は、どこか不安げだった。

 

 「それにしても、ヘルズ・ゲイトがグレンさん拉致のために動いていたのは、調査で検討がついていましたが、クラウドさんのほうは存じませんでした」

 チャンが話を変えた。

 「おそらくヘルズ・ゲイトのボスが隠していたのは、クラウドさん拉致の計画だったかもしれません。――結局、吐かせずじまいでしたが」

 「ああ。俺を襲った理由は、昨夜エーリヒがすごくおおざっぱに教えてくれたよ」

 今度は、クラウドが話す番だった。

 

 

 「――心理作戦部A班が、なにかを解読している。その解読に、クラウドさんの能力が必要だと」

 「ああ。俺にもさっぱり、訳が分からないけどね」

 速読法と記憶力。何かを読んで覚えろということなのだろうが――それだけでは意味が分からない。

 「そのパスワードとIDは言えませんか。……言えないでしょうね」

 「分かってるなら聞かないでよ」

 クラウドは嘆息し、ミシェルの頬を撫でた。無意識にそうして、ぺちん! と手を叩かれる。よかった。いつものミシェルだ。昨日の恐怖は、消えているようだ。

 「ユージィンにはもう傭兵を送り込む資金もないだろうし、しばらくは安全だと言っていた。エーリヒの言葉を鵜呑みにするわけにはいかないけどね」

 「ってこた、やっぱり、グレンかおまえか、どっちかが囮で、」

 「これだけ明確な目的があれば――おそらく、グレンさんのほうが囮でしょうね」

 「俺もそう思う」

 「まあ、グレンさんも拉致できれば儲けもの、程度のことで、本命はクラウドさんでしょう」

 チャンとクラウドの意見が一致したのだ。反論できる人間はこの場にいなかった。

 

 「グレンさんは、ユージィンには嫌われていましたし、傭兵差別反対派のグレンさんが戻ってきたら、ややこしい話になるだけです。たしかにドーソンは今人手不足でしょうし、グレンさんが身近にいれば監視はできるでしょうが、――それでも、今ただでさえごちゃごちゃしている時に、グレンさんは邪魔なだけでしょう。私だったらいりません。帰ってこられても迷惑です。グレンさんは、ドーソンの宿老には厄介者だ」

 「お前、本当に俺の味方なんだよな?」

 「しかし、ドーソン一族もここ一、二年だという話は本当かも知れません」

 チャンが、顎に手を当てて呟いた。

 「新聞をチェックしている限りでも、軍事惑星群は今や、ドーソン一族よりL19のロナウド家、L20のマッケラン家に指揮権があるようです。L55が正式に認めましたが、まだ軍事惑星群全体には広がってないようで。やはり、長年軍事惑星を支配してきたドーソンは強い。

先日、ロナウド家の跡取りのオトゥール中佐と、マッケラン家のミラ大佐が秘密裏に会合を開いたようです。これがずいぶんと重要機密だったらしく――ロナウド家は傭兵も巻き込んだ、ひと騒動を計画中のようですね。マッケランと協力して、軍事惑星群を改革に持っていきたいようですが、マッケラン家はロナウドほど傭兵好きというわけでもない。あとひとおし、というところですか。下手をすれば、バブロスカ革命に近いことが起きるのかもしれません。ですが、今度のは、L18内だけではなく、軍事惑星全土を巻き込みそうです」

 

 「ドーソンが、マジで倒れるのか……」

 

 それは、途方もない現実だった。バグムントも、バーガスの絶句も無理もない。

 三度のバブロスカ革命を経ても、傷一つつかなかったドーソンが、いま虫の息と言われても、現実味が湧かないのは無理もなかった。ドーソン一族を潰すことなどできない――そういう諦観は、傭兵であればだれもが持っているものだ。

 人類が地球よりL系惑星群に移住した時から――千年以上、軍事惑星を支配してきた一族である。

 神妙な顔をしているのは、グレン一人だ。彼は、オトゥールからの電話を思い出していた。まったく、ひとをどん底に突き落としてくれた「メリー・クリスマス!」だった。彼は、また連絡を取ると言いながら、あれきり電話はしてこない。

 

 「――巨木が倒れるときは、周りも巻き添えにする。軍事惑星も、無傷とはいえないでしょうが」

 チャンはグレンを気にしながら、言葉をつづけた。

 「早く軍事惑星群が混乱から立ち直らなければ、L4系の戦争を収めることができない。L系惑星群全土で戦争が起こってしまう。L55も苦渋の決断だったでしょう」

 「……こんなときでなきゃ、ドーソンから軍事惑星群の指揮権をほかに移すなんて、できなかっただろうな」

 「……」

 「グレンさん」

 「……なんだ」

 「お父上にご連絡しても、構いませんか」

 グレンは、ぐっとつまり、意外なことを言われた顔で、チャンを見た。

 「無事だったからよかったものの、貴方は襲われたのです。ドーソン一族のたくらみで。たとえ交流のないお父上と言えども、私は貴方の身内に報告する義務がある。……貴方がこの宇宙船に乗るときも、お父上の協力があったのは間違いない。できれば、貴方から連絡すべきだと私は思います」

 「勝手にしろ。俺は話さねえぞ」

 「――意固地ですね」

 「好きに言え。……そんなことより、俺はいつ退院できるんだ」

 「今日もう一度検査をして、医者から許可が出れば今日中にでも」

 「そうか。わかった」

 グレンは、窓の外を眺めた。チャンが、まだ何か言いたげにグレンを見ていたが、グレンは無視を決め込んだ。

 

 もう、思い出せない。

 父の顔が、分からない。

 十歳でルーイたちの家族とわかれ、L18に戻ってからこの年になるまで、父バクスターとは数回しか顔をあわせたことがない。

 

 ――お父さん!

 

 憧れの父親だった。グレンがルーイと離れて、L18の生家に戻ることを決心させたのも、優しく、かっこいい父のようになりたいと思ったからだった。そうだ。父は優しかった。グレンがルーイたちの家族に引き取られる前までは。母親が生きていたころは優しかった。そうだったか? 三歳のころだ。ほとんど覚えてなどいない。

 優しかった父は、肉親に会えなかった自分が作り出した幻だったのか。

 

 ――お父さん! ただいま!

 

 L18に帰ってきた十歳のグレンを出迎えたのは、父とは名ばかりの、冷たいグレーの瞳だった。彼はグレンを抱き上げることすらせず、拒絶した。声すらかけてもらえなかった。ユージィンのほうがまだ、あのころは暖かかった。ユージィンはバクスターの代わりにグレンを抱き上げ、笑顔で言った。

 

 ――お帰りグレン。おまえもこれから、ドーソンの名に恥じない、立派な軍人になるんだぞ!

 

 父の考えなど分からないが、彼がドーソンの宿老たちとは、まったく正反対の意見の持ち主であることは分かっている。そう、グレンと同じ、傭兵差別主義でもなく、むしろ傭兵擁護派であることは、彼の名が「バブロスカ―わが革命の血潮―」に出ていることからも分かる。

 ああ――そうではない。

 グレンは思った。

 傭兵援護とか、差別とか、バカらしいにもほどがある。彼らは、自分たちと同じく、飲んで食って、隣で一緒に笑っている同じ人間なのだ。グレンは、ただそう思っているだけだった。援護もクソもない。グレンはただ、仲の良い友達と、対等に笑っていたいだけだった。

 自分たち親子は、意見の対立もないのに、――むしろ、考え方は近いのだろう。それなのに、なぜこれほど冷えた親子関係なのか。

 グレンは、記憶の隅に封じ込められた父の顔を思い出そうとしたが、まるで叶わなかった。