「……長老会は、君を宇宙船に乗せた。それは、君を、俺の妻にするためだ。もともと、長老会は、たとえ予言されて生まれたサルーディーバと言えど、サルーディーバが女として生まれたことを許せず、いつまでたっても君を、サルーディーバとして認めなかった。現職のサルーディーバは、年も年だ。引退していてもいいのに、君がサルーディーバとして認められないために、現職を退けない。だが長老会は、君をサルーディーバとして認めるくらいなら、どっかから偽物を仕立てあげてサルーディーバにするほうがマシらしい。L03が築き上げてきた伝統までも破壊しようとした。そこまで腐ってるんだ、あの長老会は」 「アントニオ……、」 「あの下卑た連中は、君を犯せと堂々と書面に書いてきた。どうかサルーディーバを聖なる妻にしてくださいと美辞麗句で飾って、愚かなことを書き連ねて来たよ。処女でなくなれば、君はサルーディーバとしての体面すら保てなくなる。もとから、革命があろうがなかろうが、長老会は君をL03に戻す気はなかった。君を、男として育て上げておきながら、今度は女に戻せと平然と言う。しかも、抱くことで女にしろというんだ、腐ったといっても度が過ぎてるよ。君が後生大事に守ってきたL03の教えは、その腐った長老会が勝手に作った、理不尽な掟なんだ。そんなものはもう捨てなさい」 サルーディーバは顔を覆った。 私は――サルーディーバです。そう育ってきたのです。 サルーディーバでなくなったら、私の存在意義はどこにあるの? 私は、何者なの? 「俺は、長老会の手紙は無視する。だけど、現実は無視できない。君はもうL03から離れて、新しい人生を選ぶべきなんだ」 長老会の腐った連中は嫌いだが、その提案には乗る、とアントニオは続けた。 「イシュメルだのなんだの、もう君が考えることじゃない。グレンが愛する女が産むなら、グレンが愛する女が産むんだ。放っといてもグレンが誰かを好きになり、子を産ませればそれがイシュメルだ。君がグレンを好きなら、君がグレンの恋人にだって、妻にだってなっていいんだ」 「バカなことを仰いますな! グレンさんはルナを愛しているのです! ルナが、イシュメルを生むのです!」 「その頑なな思い込みが、すべてをおかしくしてるんだって、まだわからないのか」 「私はサルーディーバです! 誰の妻にもなれません! 私は生涯、清いままで……!」 「サルーディーバの名は捨てろと言っただろ」 「では、貴方がそれを取り上げてください!」 サルーディーバは涙声で叫んだ。 「私の名を、あなたが……!」 「――じゃあ、俺の妻になれ」 「……貴方は、今しがた言ったではありませんか。下卑たことを、と」 「俺は、下卑た気持ちで君を抱くつもりはない」 アントニオは、静かな声で言った。 「俺はねサルちゃん。妻になれ、と言ったんだ。君を理不尽に犯すつもりはさらっさらない。だけど、君を大切にする気持ちはある。守ってあげる、ずっと、君を妻として。大切にする。今までとなんら変わりなく」 「わ――私は、――私は、」 「君は、どう生きていくつもり? これから。いつまでも、サルーディーバはやっていられないんだよ? 誰も君をサルーディーバなんて認めていない。メルヴァの革命が成功したら、今後L03は近代化の道を歩むだろう。サルーディーバという無意味な象徴はきっとなくなる。君の居場所はどこにもない。君はサルーディーバとして持ち上げられて生きてきた、何もできない、ただの人間だ」 サルーディーバは絶句して、立ち尽くした。 「――君はなにもできない。子供以下だ。……L03の腐った教義に芯まで毒された、哀れな小娘にしか、俺には見えない」 「アントニオ! なんということを……!」 震えてよろけたサルーディーバを、慌ててカザマが支えた。 「ひどすぎます! もう少し――」 「俺の妻が嫌なら、グレンの妻になれ」 サルーディーバの身体が、揺れた。 「グレンさんが――私を愛すると、お思いですか――」 サルーディーバは呆然と呟いた。 ……あんな過去を見せられて。あんなに長く、あんなにも気も遠くなるほど長い月日、生まれ変わり、繰り返し繰り返し、グレンはルナを思い続けてきた。ふたりのあんなにも深い絆を見せつけられて、どうやって、そのあいだに自分が入れると思うだろう。 「安心して。グレンは、君みたいに恋に恋するような感性は持ち合わせてない。二番目に愛した女だって抱けるし、妻にもできる。事実、愛してない女だって抱けるし、妻にしようとしていた」 「アントニオ、それはひどすぎます」 カザマが抗議したが、アントニオはやめなかった。 「ひどくない。それが現実だ」 アントニオは淡々と告げる。 「君をグレンの妻にするなら、いくらだって方法はある。俺は、君の意志を尊重してるだけだ」 だから、君の意志を尋ねてる。何度も何度も。 「君が、自分はサルーディーバだと意固地に言い続けるなら、逆に意地でもグレンの妻になるべきだ。グレンに抱かれて、イシュメルを産めばいい。サルーディーバは、ひとびとの幸せのために生きるんだろ? 自分が愛されなくても」 サルーディーバは、人形のように佇んでいた。 「……君は、ほんとうにかわいそうな子だ」 アントニオは、哀れむようにサルーディーバを見た。 「だが、君のせいじゃない。君がそんなになったのは」 「アントニオ、どうか、」 カザマが、サルーディーバをかばうように抱きしめた。今は、これ以上はやめてくださいと目が訴えていた。アントニオは嘆息し、 「毒抜きが必要だ。君にも、アンジェにも」 毒抜きには苦しみが伴うものさ、とアントニオは穏やかに言った。 「俺の妻になるのは、そんなにいやか」 彼はもう、怒ってはいなかった。ただ、悲しげには見えた。 「グレンの妻になるのも嫌、」 サルーディーバはついにひとりでは立っていられず、カザマに身を預けた。 「――仕方ない。ミーちゃんに免じて、今日はやめる。君が俺の気持ちを下卑たものとしてしかとらえられないなら、俺は君を抱きもしないし妻にもしない。俺だって虚しいだけだしね」 「わ、わたしは、わたしは……、」
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