まさか、本当に真砂名の神とやらが自分の過去を浄化してくれたのか?

 だがアントニオは前世と言っていた気がする。暗闇を恐怖に感じるようになったのは、子供のころのトラウマだ。前世とは別だ。

 それとも――夜の神が、自分の中にいるからか?

 夜の神というくらいだから、暗闇が怖くてはやっていけないだろう。

 

 自問自答したが、はっきりした答えは見つからない。

 

 セルゲイは、明かりをつけずに布団に潜ってみたが、まったく怖くはない。手も震えださない、身体も大丈夫だ。

 自分の状態が、半ば信じられずに真っ暗闇の宙を見つめ続けていると――。

 

 甘い、果物の香り。――南国の?

 セルゲイはあたりを伺った。

 

 (兄様)

 

 「……――!!!!???」

 セルゲイは、思わずうわかけを跳ね上げ、尻ずさった。

 誰かいる。

 「ル――ルナちゃん!?」

 いつのまにか、自分の足元にいるのは可憐な少女だ。でも見知らぬ顔ではない、ルナだ。

「ル、ルナちゃん、……いつ来たの。びっくりするじゃないか」

紛うことなき、ルナだ。いつここへ? アズラエルと一緒か?

暗闇だというのに、よく目が見える。これも、夜の神の効能だろうか。

 でも。

 驚きすぎたのを越して正常な判断力が戻ってくると、彼女はルナによく似ていてもまるで別人なのがわかった。

 

 「――誰?」

 

 思わず、セルゲイは聞いた。目の前の少女に。

 ルナより少し大人びているし、背も少し高いだろう。そして何よりも、栗色ではなく黒い髪。……オリーヴ色と言ってもいい。その艶のある長い髪が映える、バター色の肌。

 おまけに、ルナには皆無なはずの色気が、一億倍くらいの濃度を増して彼女には備わっている。

 (あにさま)

 少女は――ルナにそっくりな彼女は、セルゲイの問いには答えない。

 

 ……まずい。あの栗色の髪のルナちゃんも可愛いけど、こっちは可愛いどころのレベルじゃない。

 

 セルゲイは、目が逸らせなくなった。さっき、ひと目で魂を奪われるような、と表現したが、そんなルナが、ここにいた。まさか。これはルナじゃない。だが、ルックスはどう見てもルナだ。あの癒し系の、ぽやぽやした雰囲気はどこにもないのに。

セルゲイは、いつもの余裕もかなぐり捨てて狼狽えた。

 透ける布地の、極めて扇情的な服だ。服ともいえない、一枚布を巻きつけただけのような。目の毒だ。毒過ぎる。小ぶりな、形のいい乳房に一瞬目が吸い付けられ、セルゲイは必死で目をそらしながら、

 「ルっ……ルナちゃん。……アズラエルはどうしたの」

 

 (兄様、だいすき)

 ふわりと、桃の香りが鼻腔を擽ったかと思うと、ルナの華奢な身体が腕の中にあった。ルナが、その細い腕をセルゲイの首に巻きつけて、抱きついてきたのだ。

 セルゲイは、ごくりと喉を鳴らした。

 髪の匂いを嗅いだとたんに、理性が陥落しそうになった。

なんだ、このフェロモン二百パーセントのルナは。

 ルナの柔らかな胸の感触。無遠慮に彼女は、セルゲイのはだけられた胸元にそれを押し付けてくる。冷たくて、でも肌と肌が触れ合えばじわりとひと肌を感じるそれは、生身の人間だ。幻ではない。たしかにルナは、腕の中にいる。

 セルゲイは、なけなしの理性を総動員して、最後通告した。

 「ルナちゃん、やめなさい。アズラエルに怒られても知らないよ?」

 セルゲイだって聖人君子ではない。ただ理性的なわけでもない。

 ルナが欲しくないわけではないのだ。

 だがルナは、いたずらっぽく微笑み、セルゲイの耳元に小さく息を吹きかけた。

 (あにさま、……可愛がって)

 セルゲイの頭のネジが、一本抜けた。ポン、と音を立てて。

 

 

 「……………」

 これは誰だ。……ルナだけど、ルナではない。

 

 セルゲイは、自分の胸の上で、荒い息を整えているルナの長い髪をすき、時折キスをしながら、ルナの震える睫毛を眺めた。上気した頬、満足げな口元。ルナは、まだ、事後の甘い余韻に浸っている。

 (……あにさまどうしたの)

 ルナが、不思議そうな顔をして、尋ねてくる。

 (あにさま、いつも優しいのに、今日はヘン)

 

 セルゲイは目を覆った。「いつも」など知らないが、ガッついてしまったのは確かだった。

 ルナが扇情的に誘うから、たまらなくなって押し倒した。ほんとうに頭のネジが抜けてしまったみたいに、強くルナを抱きすくめ、貪った。避妊のこともすっかり忘れて、ルナの中に注ぎつくしてしまった。なんという失態。

 ――ドーテイ喪失の時ですら、こんなに夢中にはならなかったような。

 

 (あにさまのばか)

 ルナは、口を尖らせた。この顔は、ルナが良くする顔だ。彼女がこの顔をすると、セルゲイが知っているルナに近い顔になる。セルゲイが思わず笑うと、ルナは怒った。

 (乱暴なあにさまなんてきらい)

 たしかに加減も考えず無我夢中で抱いたのだが、ルナは嫌がらなかったし、兄様好き好きと連呼していた。それに調子に乗って、ちょっと乱暴になってしまったかもしれない。

 でも、ルナも悦んでいたのに。

 

 「……嫌い?」

 素直じゃないコには、すこしイジワルしちゃおうかな。

 「あんなに大きな声上げてイッたのに?」

 (――あ)

 セルゲイが両腕で細い身体を拘束し、ルナの唇を啄むとルナが口を開けた。当然のように――深いキスをもらえると思って。それが分かったセルゲイは、舌先で、いたずらにルナの唇を舐めながら、ルナの足を開かせた。両足で、自分の腰を挟ませるように。

 「あにさま好きって、言ったじゃないか……何度も」

 (あにさまはわたしのこと、好きっていってくれないもの)

 セルゲイは、困った顔をした。彼女をなんて呼べばいいか、はかりかねているのだ。

 下手な呼び方をして、この可愛い子を傷つけたくない。

 

 この子はルナ? それとも――。

 

 (キスもして。あにさまからしてくれなきゃいや)

 ルナが駄々をこねる。目を閉じて、口を開けて、早くしてとねだる。本物のルナもこんな風にねだるだろうか。たぶんあのこは、こんな風にはできないだろう。

 「……そっちからして」

 (いや。あにさまから)

 譲らない。ルナは口を尖らせてセルゲイを誘う。

 「……可愛いね」

 ふつうならマヌケなだけの顔も、ルナだから可愛いと思ってしまう自分は、もはや末期かもしれない。

 

 (……ひゃう、ン!)

 セルゲイは、まだどろどろになっているルナの秘部へ、いきなり挿入した。ルナがびっくりして、セルゲイの胸を押しのけた。だが、強い力で拘束されているせいで離れられない。

 「……ふふっ」

 セルゲイは、ルナの素直な反応に思わず笑ってしまった。

 「びっくりした? ごめんね」

 こちらは、息をのむほど気持ちいい。ルナの熱くてうねるなかが、絡みついて勝手に刺激してくれる。