六十五話 青いにゃんこの大冒険




 

 ミシェルは、夢の中で、鬱蒼とした森に佇んでいた。

 真っ赤な絨毯を敷いたような一本道に、この暗い森、覚えがある。

 

 (――久しぶりに見たなあ)

 

 アリスの夢だ。

 いつも夢の中で、ミシェルはアリス。そして、クラウドがチェシャ猫。

 

 (そうかあ……)

 

 今までと違い、夢のなかだというのに、妙に冷静な自分がいる。

最近、自分の立ち位置が掴めていないというか、自分の天命はなんだろう、なんてけっこう大げさに考えていたから、この夢を見たのかな。

昔から、進路に悩んだときや、嫌なことやつらいことがあったときにこの夢を見た。

アリスの夢を。

だが今回は、アリスの恰好はしているが、どこか変だ。

 

(あれ?)

森が暗くて、よく見えないのだが、なんとなく手がもふもふしている気がする。

(あれ? あれ?)

てのひらにあるのは、言わずもがな肉球だ。慌てて顔も触ってみるが、やはりもふもふ。

 

「やあ、ハニー。似合うよ、その格好も」

 

聞き覚えのある声に顔を上げると、めのまえに自分の顔とおぼしきものがあった。だれかが、大きな鏡をミシェルの前に置いたのだ。ミシェルは「ニャー!!」とでも、絶叫したい気分に駆られた。

自分は猫だ。青い猫。アリスの恰好をした、青い猫。

鏡を持っているのは、大きなライオンだ。しかも、白ポロシャツを着、オシャレなダークカラーでストライプ模様の、サスペンダーつきパンツをはき、眼鏡なんか掛けている。

しかもこのライオンは、ライオンに美形というのもなんだが――とても美形に見えるのだった。たてがみが、とてもサラサラしていて、シャンプーのCMにでも出てきそうなキューティクルだ。キューティクルライオン。

でも、ミシェルには分かった。彼は、――このライオンはクラウドだ。

 

「ク、クラウド?」

恐る恐る聞いてみると、眼鏡をかけたライオンは、にっこりと笑った。

「ミシェル、俺は“真実をもたらすライオン”っていうんだよ」

 「へえ! なんかかっこいいじゃん」

 もしかして、ミシェルの「ガラスで遊ぶ子猫」みたいに、ZOOカードの名前だろうか。それ以外に思い当たらない。

いつも買い物に出かけるときのように、クラウドはミシェルと手をつないだ。

 「どこに行くの?」

 クラウド――ライオンは、微笑むだけで答えない。ミシェルは好奇心に負けて触ったが、クラウドの肉球はやっぱりプニプニしていた。

 

 ふたりで、赤い道をしばらく歩いただろうか。

 いつもならひとりで怖々歩く道も、今日はクラウドと一緒だから怖くない。

 見えない、真っ暗な森の奥から、たくさんの人の笑い声や、鳥の叫び声、だれかの歌い声や、おならみたいな変な音が聞こえるのだが、いつもびっくりして立ちすくんでしまうところでも、今日はクラウドが、

 「俺がいるからだいじょうぶ」

 と安心させてくれる。

 

 急に、道のど真ん中に、何かが壁のように立ちふさがった。

 「ここは通さないよ!」

 大きな孔雀だ。羽を広げて、通せんぼをする。ミシェルは思わず、「うわあ……綺麗」と零した。キラキラと玉虫色に輝く羽の一つ一つが、まるで芸術品のよう。

 なんてきれいな孔雀だろう。

 孔雀は精一杯羽を広げて通せんぼをしているのだが、ミシェルはそんなことも関係なく、羽の美しさに見とれた。

 「“羽ばたきたい孔雀”、ここを通してくれないか」

 クラウドが言うが、孔雀は首を振る。ミシェルは、首をかしげた。

 

 羽ばたきたい、孔雀?

 孔雀って、飛べたっけ?

 

 「八つ頭の龍のお気に入りは、あたしさ!」

 孔雀は叫んだ。「そんなネコに、あたしの一番の席は譲らないよ!」

 「八つ頭の龍にとって、いつでも大切なのは君だよ、孔雀さん」

 クラウドは説得するように言うが、孔雀は聞かない。

 ミシェルもまた、孔雀の言うことは全く耳にはいらないほど、孔雀に見惚れていた。なんて美しいんだろう。

 「参ったなあ」

 クラウドは腕を組んだ。「どうしても通さないっていうなら、強硬手段しかないね」

 

 クラウドの言葉と同時に、ぬっと、孔雀の背後に大きなライオンが立ったかと思うと、孔雀の羽をわしづかみにした。孔雀は痛がって泣きわめいた。

 「やめてよ! 乱暴しないで!」

 綺麗な羽が、台無しだ。

 ミシェルがそのライオンに向かって叫ぶ。そのライオンは、クラウドより大柄で、Tシャツにカーキのズボン、すごくワイルドな、ライオンらしいライオンだ。ミシェルは悟った。コイツはアズラエルだ。

 

 「アズラエル! 孔雀を苛めないで! 弱い者いじめだって、ルナに言いつけるわよ!」

 とたんにその野性的なライオンは、困った顔をして孔雀を離す。

 「俺はな、おまえたちを通してやろうとしただけでな、」

 「ねえミシェル」

 アズラエルライオンの後ろから、ピンク色のちっちゃなうさぎが、ぴょこっと顔を出した。ライオンの膝までしかない、ちっちゃな子うさぎ。もちろん、このミニうさぎはルナだ。

 「ミシェルったら、鏡を持ってるよ」

 ルナが指を指すので、ミシェルは自分が鏡を抱えているのに気付いた。さっき、クラウドが自分の姿を映してくれた、大きめの鏡。

ここまで持ってきていた? こんな重くて大きな鏡を?

 この鏡は、魔法の鏡かなにかかな。ミシェルはその鏡をえいやっ! とばかりに孔雀に向けた。

 

 「きゃああああああ」

 

 孔雀が、自分の顔を羽で覆った。「それをどこかにやって! あっちにやって!」

 「よおく見ろ」

 ライオン二匹が、恐ろしい声で言った。

 「おまえは孔雀だ。孔雀は飛べない。わかったか?」

 孔雀は悲鳴を上げて逃げ出した。

 「……あんなに綺麗なのに、自分の姿が嫌なのかな」

 ミシェルは呟いた。鏡は、この木の根元に置いておこうと思った。いつか、孔雀が戻ってきて、自分の姿をみることができるかもしれないと思って。

 

 ルナうさぎは、アズライオンのたてがみからぴょこんと顔を出して、ミシェルとクラウドにばいばいをした。

 「ルナは一緒に来ないの?」

 「うん。だってこれは、ミシェルの冒険だもの」