そのあと、親父たちの仕事の都合でL4――そうだ。L43に渡って、それからL52でしばらく暮らして――L18に戻ったのは、1399年、俺が十二歳のときだ。

 ばあちゃんの行方が分からなくなっちまったのは、俺たちがL52に移住してすぐだ。

 俺たちがL52に移住したとき、移住先をばあちゃんに電話しようとしたら、ばあちゃんちの電話は使えなくなってた。慌てておふくろは、L60のばあちゃんちにとんだ。そうしたら、家は人手に渡ってて、ばあちゃんもいなくなってた。一か月、おふくろはL60にいてばあちゃんを探し回ったが、もうどこへいったか分からなくなってた。

 おふくろが――泣き通してたのを見たのは――あれが最初で最後だな。

 自分がわがままばかりしたから、ついに見捨てられてしまったんだって。

 おふくろは、しばらく、仕事も手につかないほど泣いていた。

それ以来、機会があれば、ばあちゃんの行方を探していたが、一向に見つからないままだった――。

 

 

 「――ってことだ」

 

 アズラエルの長い話が終わり、三人は、それぞれ、思い思いのため息を吐いた。

 ルナはともかく、ミシェルは、バブロスカ革命のことを聞くのは初めてだ。軍事惑星の冷酷な現実に、言葉をなくしてしまっていた。

 ルナは、アズラエルが生きていてくれてよかったと心から思い、アズラエルの腕に抱きついて、目を閉じた。アズラエルが、またルナの頭を撫でてくれる。

 

 ――ツキヨおばあちゃん。

 

 ルナが生まれた時からずっと近所にいて、仲良くしてくれたおばあちゃん。そのおばあちゃんが、宇宙船で出会った、アズラエルの実の祖母。不思議な邂逅。

 クラウドですら、その奇跡に唖然としていた。

 

 「――どうして――おばあちゃんは、黙っていなくなっちゃったんだろう」

 ルナのつぶやきに、アズラエルは少し黙し、首を振った。

 「俺も分からねえよ。だけど、……ばあちゃんは、俺たち家族と一緒に行くとは言わなかった。俺たちも――スタークやオリーヴもばあちゃんが好きだったから、一緒に暮らしたかったし、おふくろが、一緒に暮らすことを何度もばあちゃんに提案してたが、ばあちゃんは、ユキトじいちゃんを殺したL18にはいたくないって、いつも交渉は決裂してた。親父は、ばあちゃんを連れてL18に戻るのは反対してた。危険だってな。……俺も、そう思ってた」

 

 そうだろう。おばあちゃんは傭兵じゃない。

 L18は、ドーソンのことがなくても、治安が悪い場所が多かったし、おばあちゃんには危険だと思う。

 それに、地球から大好きな人を追いかけて、L18まで来て、結婚してすぐ旦那様が革命で死んでしまったおばあちゃん。

 おばあちゃんにとって、L18は辛い思い出のほうが多いんじゃないだろうか。

 

 「……あ!」

 おばあちゃんに思いをはせているうち、ルナは、唐突に思い出した。

 「そうだ。おばあちゃんが、L77に来たのは、1395年だよ」

 「そうなの……!?」

 「そうなのか!?」

 クラウドとアズラエルが同時に言った。ミシェルも驚いて言った。

 「それって、あたしらが産まれた年じゃん!」

 「うん。そうなの。おばあちゃんね、ルナの年は忘れないよってよく言うの。ルナが生まれた年に、おばあちゃんL77に来たんだよって、いっつもそういってたから」

 「待てよ――じゃあ、」

 アズラエルが唸りながら言った。

 「1935年ってことは、ばあちゃんは、俺たちがばあちゃんの家を出てすぐ、L77に行ったってことか」

 「アズたちの家族がL52に移住したころは、とっくにいなかったんだね」

 

 みんな、アズラエルの話に夢中になっていて、コーヒーに口をつける者はいなかった。すっかり冷え切ったコーヒーを、乾いた口を湿そうと、やっとクラウドが啜ろうとした。

 「待ってクラウド」

 ミシェルが、冷めきったコーヒーを全員分、お盆に載せていた。

 「一息つこうよ。――あたし、コーヒー淹れなおしてくるね」

 席を立った。

 

 しばらく、誰も口を利かなかった。リビングと部屋続きになっているキッチンの、流しのほうから、コーヒーサーバーのコポコポいう音だけが聞こえる。

 

 「ねえ、アズ――話そうよ? おばあちゃんと」

 

 長い沈黙の後、ルナが言った。

「ばあちゃんと――?」

アズラエルは一瞬迷うようなそぶりを見せたが、クラウドも、それに賛成した。

 「その方がいい。実際に、顔つきあわせて話したほうがいい。――ルナちゃん、おばあちゃんの番号は?」

 「うん。あたしのパソコンに入ってるよ! テレビ電話がいいよね!」

 アズラエルは珍しく、ルナとクラウドがてきぱきと動くのを、ぼうっと眺めていた。

 

 果たして、ツキヨばあちゃんは、自分を覚えているのだろうか――。

 十年以上も、昔なのだ。

 それ以前に――怖いような気もした。

 ほんとうに、ツキヨおばあちゃんが、――長い間行方不明だった祖母がめのまえに現れたところで、どんな顔をしたらいい。

 なにを話せば、いいというのだ?

 

 アズラエルが戸惑っている間にも、めずらしくボケウサギでないルナが、パソコンを持ってきてテーブルの上にセットし、通信を始める。今は、アズラエルのほうがボケライオンだった。

ミシェルがちょうど、新しいコーヒーを持ってきたところだったが、クラウドはルナとアズラエルの分だけテーブルに置き、「ちょっと俺たちは席をはずそう」とミシェルを連れてキッチンへ移動した。

 

 ルナは、ドキドキしながら、ツキヨおばあちゃんのお店へ通信する。日中だから、おばあちゃんは、店を開けているはずだ。

 アズラエルは、困ったような、ほんとうに参ったような、変な顔で、すこしルナから離れて、ソファに座っていた。

 「アズ、そこじゃおばあちゃんに見えないよ!」

 そういってアズラエルのジーンズを引っ張っても、身動きしない。アズラエルはそっぽを向いたまま、困ったように唸っているだけだ。

 

 『はいはい、誰だい?』

 

 懐かしい、おばあちゃんの忙しない返事が聞こえた。声を聞いたアズラエルが、わずかに身じろいだのを、ルナは見逃さなかった。

おばあちゃんは店にいた。店はたぶんヒマだろう。でも、おばあちゃんはいつも忙しそうに走り回っている。掃除をしたり、花を店先に飾ったり。

 久しぶりのおばあちゃん――ルナはそれだけで思わず、泣きそうになった。

 

 「お、おばあちゃん!」

 テレビ電話の画像にルナの顔を見つけたツキヨおばあちゃんは、満面の笑顔になった。

 『……ルナかい!? 珍しいねえ……! 元気だったかい?』

 「う、うん!」

 『なんだい、変わってないねえ。あいかわらず子供っぽい格好だね。彼氏はできてないね、その様子じゃ。どうしたい、急にテレビ電話なんて。ばーちゃんの皺だらけの顔が恋しくなったのかい』

 カラカラ笑うおばあちゃんも、何も変わってない。

 金色に染めた髪をベリーショートにして、綺麗にお化粧したおばあちゃん。明るいおばあちゃん。ハリのある声も、両耳のピアスも、なにもかわっていない。