ルナ、お前の家族がいつL18を出たかは分からない。だが、空挺師団の事件が起こるしばらくまえから、親父たちは仕事に行かなくなっていたし、お前の家族にも会わなくなっていた。

リンファンさんは、妊娠してた。俺は、セルゲイ兄さんが、空挺師団のパレードに行って帰ってこないことを知った。このことが事件にされたのは、だいぶあとのことだ。そのころは、俺もまだほとんど意味が分かってなかった。

 

――今思えば、……その腹の子が、お前だったなんてな。

 

あの空挺師団の事件がなければ、俺はもしかしたら、L18でお前と出会ってたかもしれないんだな。

 

セルゲイ兄さんに会いたくて、親に駄々をこねていた日が続いて――。

ある日のことだ。夜になって、家族みんなでメシ食いに行って、うちは、ずっとボロアパートで地味に地味に暮らしてたから、高級レストランなんて生まれて初めて行った。そのあと、旅行だってんで、スタークも俺も、大はしゃぎだ。L25について、一週間もしてからだ。旅行じゃねえ、親父は長期旅行なんて言ったけどな。L18には、しばらく帰れないって分かったとき、スタークが泣いて暴れてよ。オリーヴは物心ついてねえ時期だったし、二歳だしな。まだよかったけど。おふくろが初めて、俺に謝った。俺は七つで、まだその理由が分からなかった。

でも、おふくろのせいで、家に帰れねえってわかったときは、おふくろを責めて、親父に殴られた。二メートルは吹っ飛んで、顔の形が変わったよ。おふくろにはしょっちゅうどつかれてたが、親父は、いままで俺を殴ったことはなかったから、これも初か。初めてづくしだな。よく考えたら。

 

ルナは、アズラエルの口調で思い出した。夢のなかで、ルナは同じ話を、十六くらいのアズラエルから聞いたのだ。まるでデジャビュだ。

 

――オコーネルっていう、ドーソンの爺が首相になって、バブロスカ革命の縁者狩り、をはじめたんだよ。バブロスカ革命の縁者は、適当な理由をつけて犯罪者にし、逮捕、投獄する。空挺師団の事件も、やつの縁者狩りのひとつだった。

俺たちが逃げるころってのは、かなり手遅れの時期だった。俺の親父の、――アダムの両親も、とっ捕まった。アダムの親は、実質バブロスカ革命には関係ない。それなのになぜつかまったと思う? アダムが、俺の親父が、おふくろと結婚したからだ。

……きっと死んだ。親父の両親は。あのときつかまったやつはみんな死んだはずだ。釈放されたという話は聞かない。俺たちが五年後にL18に戻ったときに、軍部に掛け合ったが、もう、親父の両親は死んだかどうかすらもわからないまま、L18の記録から消えていた――。

 

「……」

クラウドが、つらい顔をして俯く。アダムの両親には、クラウドも可愛がってもらった。彼らは、身に覚えのない罪で拘束されて、殺された。クラウドも、幼心に覚えがある、悪夢のようなひとつきだった。クラウドのうちにも、軍の調査が入った。クラウドも七つのころで、まだよくわからなかったが、親友のアズラエルが突然いなくなったことで、泣き明かした覚えがある。

 

ミシェルも、あまりの不条理に、口で手を覆って絶句していた。

「だって――なにも、悪いこと、してないんでしょ……?」

L77では、考えられない事態だ。縁者だというだけで殺され――死んだことすら、分からなくなっているなんて。そんな横暴が、まかり通るなんて。

ルナが、ぼそりと呟く。

「じゃあ――あたしのおじいちゃんやおばあちゃんは……」

「ドローレスさんとリンファンさんの親は、四人ともL64にいるのか?」

ルナは慌てて頷いた。アズラエルが、「そうか……」とルナの頭を撫でた。

「そりゃよかった。おまえたちのほうは、無事に逃げられたんだな」

 

――おふくろは、アダムの両親が殺されたことで自分を責めて、自分の愚かさを――ユキトの娘だと言いまわっていたことを――恐ろしく後悔した。おふくろは、ユキトの娘だということを、とても誇りに思っていた。それは今でも変わっていない。だが、自分のせいで、アダムの親が死んだ。おふくろは、親父と別れることを決意したが、親父がそれを許さなかった。

……メフラー爺や、クラウドの親父――ハーベストさんたちが、四方手を尽くして俺たち家族を逃がそうとしてくれたが、もう手遅れもいいところだった。俺たちは、ぎりぎりまでクラウドの親父の助けで、L18にいた最後の三日は、廃屋に隠れてた。メフラー商社は危ない。真っ先に調査が入ったからな。隠れるのも限界だった。せめて子供たち――俺たちだけでも、って親父が覚悟したところに、やっと救いの神が来た。

急に、親父がメシ食いに行くぞ、といって俺たちをレストランに連れてった。その後は、さっき話した通りだ。俺たちはL25のスペース・ステーションで、一夜を明かした。

一週間後の朝、親父が、ホテルに来た私服の男と何か話していた。親父は、大きなバッグを受け取って――多分、それは金だったんだな。逃亡資金だ。

俺たちのところに戻ってきて、親父は言った。「助かったんだ、逃げるぞ」

 

俺たちを助けてくれたのは、バクスター・T・ドーソン。

……グレンの、親父だ。

 

「グレンのお父さん!?」

ルナが、素っ頓狂な声を上げる。

 

――ああ。俺たちガキ三人は、その朝に初めて、俺たち家族はドーソン一族に殺されそうになって、逃げる途中だということを知った。

おふくろが、あの第三次バブロスカ革命のユキトの、娘だってこともな。

で、これは、俺がだいぶでかくなってから分かったことなんだが、あのとき、オトゥールの親父のバラディア大佐と――今は将軍か。彼と、エルドリウスさん、それからバクスター中佐が中心になって、バブロスカ革命の縁者を、星の外に逃がしていたそうなんだ。

バラディア大佐は親父と懇意にしていたから、逆に動けなくて、俺たちの家族は、バクスター大佐が引き受けてくれた。俺たちは、L18の外には出られなくなっていたから、バクスターさんが星の外へ出れる宇宙船のチケットを工面し、当面の逃亡資金をくれ、そのあとも、バラディア大佐につなぎを取ってくれたり、面倒を見てくれた。

俺たちはあのあと、いろんなとこを転々とした。五年の間。

L52には一番長くいたけど、L4系にもいた。行ったことねえのは、L7系くらいだ。俺は、家族と離れて、一年だけばあちゃんと暮らしてた時期もある。

 

 「ツキヨおばあちゃんと?」

 

 ――そうだ。

 

 親父とおふくろは、L25を出てすぐ、L60のばあちゃんを頼った。家出同然でいなくなった娘と、その家族を、ばあちゃんは文句も言わずに優しく迎え入れてくれた。

ばあちゃんは、傭兵をやめてこの家にいろと何度もおふくろに言ったんだが、おふくろは諦めなかった。自分はL18で、ユキト爺さんの名誉が回復されるまでは、傭兵はやめないってな。おふくろだけじゃない。親父もそうだった。親父もユキト爺さんを尊敬していたし、両親が殺されて、自分ばかりのうのうと平和な暮らしをする気はなかった。

だけど、おふくろは、俺たちこどものことに関しては別だった。俺たちがL18で差別受けて、暗いガキになってくのを見て、このままじゃいけないとは思ってたらしい。

 一か月ほど家族でばあちゃんのとこにいて、やっと親父が、バラディア大佐経由で、ひそかに仕事をもらってきた。その夜だ。親父とおふくろは、俺を置いて出て行った。

 ばあちゃんに話はついていた。おふくろは一年間だけ、ばあちゃんにこどもたちの面倒を見てもらうことにしたんだ。

 俺はばあちゃんと寝てて、スタークとオリーヴは親父とおふくろと寝てた。おふくろは三人ともおいていくはずだったんだが、スタークとオリーヴが――ガキってのは、なぜかそういうのは分かるもんなんだな。親父たちが夜中にこっそり出て行こうとしたら、目を覚まして泣き出しちまったから、仕方なく連れて行くことにした。朝までマヌケ面晒して寝てた俺だけが、置いて行かれたんだよ。

 泣いたぜ。俺は捨てられたんだって。一週間ぐらいな。

 だが、一年ほど経って、親父たちは迎えに来た。俺は、家族と一緒に行くことにした。ばあちゃんとはそれきりだ。