『電話くれて嬉しいよ。そっちはどうだい? 宇宙船の中は楽しいかい?』

 嬉しそうなおばあちゃんの声に、とたんにルナは、涙が出てきた。

 「うっ……うえ、おばあちゃ……、」

 

 大切なことを、これから山ほど言わなきゃいけないのに。

 ルナは、急に込み上げてきた嗚咽と、目から大洪水の涙に、うまく喋れなくなった。

 案の定、おばあちゃんは画面向こうでびっくり仰天して、優しい声でルナを気遣った。

 

 『なんだい、どうしたんだい、ルナ。おまえ、なにか宇宙船で辛いことでもあったのかい』

 「お、おばあちゃ……、」

 言葉にならない。一気に、色んな思いが溢れだして。ルナが次から次へと溢れてくる涙を拭っていると――急に、アズラエルが隣に座った。画面に、自分の姿が映る位置にだ。

 

 「……はじめまして」

 アズラエルは、すっとぼけた声で言った。

 「ルナの彼氏です」

 

 画面のツキヨおばあちゃんは、急に現れた男に目を剥いたが、

 『……ルナの彼氏かい!?』と叫び、

 「ええ」としらを切りとおすアズラエルに、鉄砲玉のように喋りだした。

 『いいオトコじゃないか! なんだい、彼氏できたんじゃないかい! ばーちゃんに知らせないとは水臭いねえ。……ちょいとルナ! いったいおまえ、何を泣いてるんだい。泣いてたんじゃ話がわからないじゃないか。そこのアンタ! ルナは何を泣いてるの! アンタがルナを泣かせたんじゃないだろうね!?』

 

 「――ばーちゃん」

 アズラエルは、さっきの、――困ったというか、言いようのない顔というか、情けないふうにも見える顔で、顎鬚をかきかき――ぼそっと、言った。

 「孫の顔、忘れたのか?」

 

 ツキヨおばあちゃんは、ぐすぐす泣いているルナを見、それから、ゆっくりとアズラエルに視線を戻した。

 

 「俺だよ――アズラエルだ、ばあちゃん」

 

 『へえっ!?』

 

 おばあちゃんは、変な声を上げると、急に画面から身を離し――それから、胸をおさえこむようにして蹲り、画面から見えなくなった。

 「おいっ! ばあちゃん!!」

 アズラエルが、パソコンに掴みかかる。ルナも、涙が引っ込んだ。

 「おばあちゃん!!」

 「どうしたの!?」

 クラウドとミシェルもキッチンから駆け付けた。

 「お、おばあちゃんが! おばあちゃんが!」

 「おいっ! 救急車呼べ! クラウド!」

 「落ち着いてアズ! ここで救急車呼んでも、おばあちゃんはL77だよ!?」

 アズラエルとルナが泡食っている間に、おばあちゃんは、画面に現れていた。胸を押さえながら。でも、苦しそうなわけではなかった。

 

 『おまえ――アズラエルかい』

 

 ツキヨおばあちゃんは、震える声で、そう言った。

 「お、おう……」

 アズラエルが頷くと、おばあちゃんは両手を伸ばしてきて――そこが、パソコン越しの画面だとようやく気付いて、手をひっこめた。

 

 『おまえ――よく、顔を見せておくれ』

 ルナは避けて、アズラエルだけが、画面に映った。おばあちゃんの顔が画面にドアップになる。なるべく近づきたいのだろう。傍の眼鏡を取り、眼鏡をかけたおばあちゃんの顔が、画面いっぱいにうつる。思わず、アズラエルも引くほど。

 

 『おまえ――ほんとにアズラエルかい』

 「アズラエルだよばあちゃん」

 『――こんなにむさくなっちまって! ちっちゃいころはお人形さんみたいに可愛かったもんだよ。あんた、アダムさんに似て、クマと変わらんようになっちまったねえ』

 「……」

 さっき、いい男だと言った割りに、おばあちゃんのセリフはひどかった。だがルナもそれは同意した。かつてのアズラエルの美少年ぶりは、すごかった。いまはこんなにむさくなってしまったが。

 

 『――エマルに、目がそっくりだねえ……』

 おばあちゃんの目が、涙に潤んだ。画面から離れて、ハンカチを持ってきて、目に当てる。

 『……なんてこったろう!』

 おばあちゃんは、叫んだ。

 『なんてこったろう……。その宇宙船が、不思議が起こるとこなのは、知ってたよ。でもねえ……なんてこったろう。――あたしの孫が……あたしの孫が……まさか、ルナの男かい? 宇宙船の中で、あたしの孫と、ルナが出会ったっていうのかい? ――信じられないよ、ばあちゃん、――まだ信じられない』

 ツキヨおばあちゃんは、何度も胸をさすり、息を整えているように見えた。

 「お、おばあちゃん、胸が苦しいの? だいじょうぶ?」

 ルナが聞くと、おばあちゃんは、目頭を押さえながら笑った。

 『ああ、そうじゃない。だいじょうぶ、だいじょうぶ。――びっくりしちまったんだよ。もうほんとにね。びっくりしたよ。ああ、びっくりした――。……心臓が悪いとか、そんなんじゃないから。安心おし。――おまえ、ほんとのほんとに、アズラエルなのかい?』

 おばあちゃんは、念を押すようにもう一度聞いた。

 アズラエルは苦笑し、「そうだって言ってんだろ。ばあちゃん。俺はアズラエルだ」と言った。

 

 おばあちゃんは涙ぐみ、そうかい、そうかい、疑ってごめんよと何度も言い、『……エマルは元気かい』と聞いた。

アズラエルが頷くと、『スタークは? オリーヴは?』と立て続けに聞いてきた。アズラエルが手短に家族の近況を告げると、おばあちゃんは、頷きながら聞いていて、やがて涙にむせんだ。耐えられなくなったのだ。

 

おばあちゃんの泣き声が、しばらく画面越しに、ルナたちの部屋に響いた。やがて、それが落ち着くと、おばあちゃんは椅子から立ってどこかへいった。店先のシャッターを閉める音がする。そうして、一度画面へ戻ってきて、『お茶を入れてくるから、すこし待っておくれでないか』と言った。

もちろん、ルナたちは待った。

そのあいだ、ルナも涙を拭き、四人で、ミシェルが淹れてくれたコーヒーを啜った。美味しいコーヒーだった。年に一回あるかないかの。

ミシェルとクラウドは、電話が終わるころになったら挨拶するから呼んで、とキッチンへ戻っていった。

十五分ほどしておばあちゃんが、お茶とせんべいを乗せたお盆を持って戻ってきた。

『店は、今日はもう閉めたからね』

画面の向こうには、いつものおばあちゃんが座っていた。

『ゆっくり、話をしようじゃないかね』