――ルナが宇宙船に乗って、アズラエルと出会ってから今までの話に、ツキヨおばあちゃんは大笑いし、また胸を押さえてびっくりし、ときにはアズラエルを怒り、説教し、それから、よかったねえ、よかったねえと何度も言って涙を流した。おばあちゃんの表情は、大忙しだった。泣いて、笑って、怒って、驚いて――。

 

『ほんとにバカ孫だよ! ルナに無理強いばかりして! あたしゃ、とびきりの男って神社の神様におねがいしたはずなのに、どうしてうちのバカ孫がルナに引っ付いたんだか』

「……ばあちゃん、バカバカっていうなよ」

「いいの! だって、アズもいっつもあたしのこと、ばかってゆうもん!」

「おい、ルゥ……!」

アズラエルとルナのやり取りを見ながら、おばあちゃんは、また笑いながら涙を拭った。

 

「――おばあちゃんは、知ってたんだね。あたしのおにいちゃんのことも、それから、うちのパパとママのことも……」

 

ツキヨおばあちゃんは頷いた。

『知ってたよ……。あのねえ、アズ。おまえの親は、傭兵をやめる気はさらさらなかったから、あちこち逃亡してたんだけど、バラディアさんが、バブロスカ革命の縁者のために用意してた逃亡先は、はなっからL77だったんだよ』

「……そうだったのか」

『突然いなくなっちまって、悪いことをしたとは思ってる』

おばあちゃんは、謝るように、俯いた。

『たぶん、あんたたちがあたしを探すだろうことは、分かってた。だけどね、ばあちゃん、今だから言えるけど、とっても疲れちまってた。もう、L18には正直関わりたくなかった』

「……」

アズラエルは何も言わなかった。ただ、黙って聞いていた。

 

『ユキト爺ちゃんが銃殺されて――何もわからないままに、エリックさんに「逃げろ!」とだけ言われて金持たされて、L60へ逃げてさ、……あのころは、今でも半分訳わからないくらい、怒涛の日々だった。ユキト爺ちゃんの資産だって言って、相当の額をあたしの口座に振り込んで、それからエリックさんは音沙汰がなくなっちまって――捕まったんだね。でも、そのおかげであたしは、エマルを何とか育てていけた。エマルを絶対、軍事惑星に近づけるつもりはなかった。あたしも近づきたくなかった。なのにあのこったら、家出していなくなっちまった。――あのこはもう帰ってこない。やっとそう、諦めかけたところに、孫を連れてあのこは帰ってきた。お尋ね者としてね……』

「おばあちゃん……」

『それでもよかった。無事で帰ってきてくれた。りっぱな旦那さんと結婚して、可愛い孫を三人も作ってさ。……ばあちゃんは、嬉しかったんだよ。あんたたちが来てくれたことは、ほんとうにうれしかった』

おばあちゃんは、また涙をハンカチで拭く。

 

『だけどねえ……。アダムさんのご両親が、ユキト爺ちゃんやエマルのせいで――あの人はそう言わなかったけども――殺されちまって。あたしは、顔向けができなかったよ。なのにあのふたりは、傭兵はやめないって言い張る。あたしは理解に苦しんだ。エマルは言わなかったけど、あのころのアズ、あんたら兄妹を見てたら分かる。――ひどい目に遭ってたんだろうに! なのに――あんたも、アズ、あんたもね、ばあちゃんと暮らすかいって聞いたら、家族とL18に戻りたいって言うんだよ。もうばあちゃんが、「好きにおし!」って泣いたら、おまえ、困った顔をしてねえ……』

「……そんなこと、あったか? 覚えてねえぞ」

アズラエルは、本気で覚えていないようだった。

 

『覚えてないだろうね、あんたは子供だったからね。……もう、あんたら家族は、あたしのところに帰ってこないなと、ばあちゃんは思った。だからね、L77に向かうことにしたんだよ』

「そうだったのか……」

『エリックさんの逮捕後に、――何年後だったろうか。あたしがエリックさんの援助でL60にいたのを、バラディアさんが知っていてね。エリックさんの跡を継ぐようにして、なにくれとあたしの面倒を見てくれていたんだ。一年に一度は、お金を送ってくれたりしたんだよ。ばあちゃんはそのころには、本屋で働いてたけどね。そんなに多くはなかったけど収入はあった。だけど、バラディアさんは遺族年金だと思って受け取れってね。それから、L60も悪くはないが、なるべく、L18からは離れた方がいいって言ってね。ドローレスさんたちの一家は、それでも念を押して、家族バラバラにL64とL77に別れたけれども。なるべく、会わないようにもしてね。あたしも、L60には長くいたけれど、もうエマルを待つのはやめようと思って、L77に連れてきてもらったのさ。――あたしはエマルを待ち続けるのにきっとくたびれた』

 

「ばあちゃんは、――やっぱり、俺たちと一緒に暮らすのは嫌だった?」

ツキヨおばあちゃんは、すこし寂しそうに微笑んで言った。

『嫌なもんかね! あたしはあんた達と一緒に暮らしたかったんだよ。だけど、L18には戻りたくなかった。エマルたちが傭兵を続けるっていうのも、認めたくなかった。ただそれだけ』

「……」

 

アズラエルが聞きたいことは、ルナも重々わかっていた。

アズラエルは、今はどうなのだ――? と、聞きたいのだ。

今は、どうなのだろう。

L18でなかったら、おばあちゃんは、アズの家族と一緒に暮らせるのだろうか。

だがアズラエルは、まだそれを口にしなかった。

 

『バラディアさんには、絶対にエマルたちには、あたしのいる場所を教えてくれるなって頼んだ。いくら話したって、互いに頑固で、平行線だったし――バラディアさんも、あたしが軍事惑星に戻ることは、賛成しなかった。おかげであたしは、今まで無事に生きてこれたってわけさ。……ドローレスさんたちはそのころにはもう、L77に落ち着いてて、あたしがあとから来た。ドローレスさんたちは、あたしのことももうバラディアさんから聞いていて、同じバブロスカ革命の縁者だし、あのふたりはエマルにとてもよくしてくれていた。だからじゃないかね? バラディアさんがあたしをL77に連れてきたがったのは』

 

ツキヨおばあちゃんの口から、バブロスカ革命、とかバラディアさん、なんて単語が出ていることを不思議に感じながら、ルナは、おばあちゃんの話を聞いていた。

 

 『ルナ、あんたが生まれた年にばあちゃんはL77に来たんだよ。ねえ?』

 嬉しそうに笑うおばあちゃんに、ルナは、「でしょ?」という風にアズラエルに目配せした。おばあちゃんは、よくそのことを口にする。

 「じゃあさ、おばあちゃん。……もし、アズの家族が傭兵を、やめてたら、あたしの近所に住んでいるかもしれなかったの……?」

 ルナのその言葉におばあちゃんは笑い、アズラエルは、「それだけはねえ」と言い切った。

 『そうかもしれないねえ。あたしらの近所に住んでいただろうねえ』

 

 ルナは、あり得るかもしれなかった、もう一つの可能性を想像してみた。

 ――アズラエルが近所のお兄ちゃんなんて、うまく想像できなかった。

 

 おばあちゃんの話は続いた。

 

『1409年にね、――ほら、ばあちゃん、しっかり覚えてる。――バブロスカ革命の裁判がひとつ終わって、バブロスカ監獄をみんな――軍人さんたちが破壊してるのを、ニュースで見たよ。ドローレスさんとリンファンさんと、一緒にね。次の年に、ユキトじいちゃんたちの星葬があったねえ。エリックさんも釈放されたんだって――あの時期は、L18のニュースばっかりだった。――ルナ、あんたは分からないかもしれないけどね。――あたしも、お前の親も何度も見たよ。一緒に見た。それを見て、ドローレスさんやリンファンさんも、あたしもね、やっと終わったのかって思ったもんだよ。リンファンさんなんか、わんわん泣いてね』

おばあちゃんは、お茶に、一滴の涙をこぼした。

ルナは、覚えていない。ほかの星のニュースなんて、ろくに見なかったし、興味もなかった。見たとしても、興味がないせいで、覚えていないのだ。

 

『もう、逃げ隠れしなくてもよくなったのかなって、みんなでそう思ったね。だけどねえ、ルナには、やっぱり内緒にしておこうと、みんなで話し合った。ルナは、軍事惑星のことは何も知らない、知らないままで育っていいんじゃないかってねえ。知らなくていい。……リンファンさんだって、もう、セルゲイ君のことは、話してもいいと思っていた。もうそのころにはね。だけど、あんな辛い話は、あたしたちのだれもが、ルナには聞かせたくなかった……』

ルナも一緒に、涙ぐんでいた。みんな、ルナのことを想って、何も教えなかったのだ。